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うぇーい


「おはよー! 百花ちゃん」


 始業前に待ち合わせしていた校庭の花壇前。千歳としては急いできたつもりだが、すでに百花はやってきており、なおかつ花壇に水をやっているところだった。


「おはよう、千歳」

「早いねー」

「だって私はいつものことだもの」


 長い髪を耳にかけて俯き、花のお世話をする百花。その横顔は清楚で、品があって、やっぱりとっても可愛いと千歳は思っている。サラサラな黒髪も、雪のように白い肌も、ちょっと羨ましい。昨今の女子高生には珍しいクラシカルな喋り方も、お嬢様な彼女にはよく似合っていて、やっぱり可愛い。


百花は園芸部でもないけど、この花壇のお世話を勝手にやっていて、だからなのかとても綺麗な花が咲く。


 百花のほうがティアブルームの名前にふさわしいと思ったりもするけど、百花はそんなことないわよ、といつも言う。


「私もなにか手伝おっか?」

「もう終わりだからいいわ。座りましょうか」


 千歳は百花に促されて、花壇前のベンチに腰掛けた。百花が水筒に用意してくれている紅茶を飲むのは、こうして朝会うときの楽しみの一つだ。


「千歳、昨日はよく眠れたかしら?」

「えっ!? えーっと、……実は、あんまり」

「あら珍しいわね」


 くすくす、と笑う百花。


「むー……。なんで笑うのさ」

「だって」


 千歳はある理由で昨日よく眠れなかったが、その理由を百花に知られるのは恥ずかしい。でも多分お見通しなんだろうなぁ、と思うと顔が赤くなる。


「そ、そんなことよりさ! 昨日はびっくりしたね!」

「そうね。あの人、何者なのかしら」

「うんうん! 不思議だよねー」

「私も昨日は、あの人のことを考えてあまり眠れなかったわ」

「えっ」


 千歳はせっかくの美味しい紅茶を吹きそうになった。でもなんとこらえる。でもびっくりである。まさか百花も、自分と同じように昨日のあの人のことを。


「どうして魔法無しであんなに強いのかしら。それに目的もよくわからないわ。私なりに色々推測していたのだけれど、やっぱり答えはでなくて」


「あ、あー! それね! そうだね! うんうん。わたしも!」


 ふう、と千歳は内心で息をつく。自分が昨日眠れなかったのは、百花と同じ人物のせいだけど、百花のとはちょっと違う。そういうことを考えていたわけではなかった。


 でも、言われてみればたしかに百花の疑問ももっともだとも思う。


「そうでしょう? 千歳、なにか心当たりあるかしら?」


「んー。やっぱりわかんない。妖精の国の関係者ならポポルが知ってるはずだけど、ポポルも知らないって言ってたよ?」


「オンミョウジャーやラビットレディのように特別な能力を持っている人がたまたま通りかかっただけかとも思ったけれど、これも違うわね。あの人は私たちティアキュートのことを知っていたもの」


 百花の指摘はもっともだ、と千歳も思う。たしかに、この世界には自分たちのほかにも強い力を持って戦っている人たちがいるのは知っている。でも昨日の人は、そういうのとも違う感じがした。それに、自分のことをティアブルームと呼んで、助けてくれた。なにか目的があってのことだ思う。


「うーん。そういえばそうだね」


 百花の言うことはわかるし、それはたしかに不思議ではある。ただ、千歳としてはこんな風に思っていた。


「でも、良かったよね! 昨日危なかったし」

「それはたしかにそうね」


 あの巨大蜘蛛の妖魔は正直かなり気持ち悪かったし、モゥの人質作戦にも追い詰められた。でもあの人のおかげでなんとか切り抜けることが出来て、水木先輩を助けられた。それは本当に良かったと思う。自分たちがティアキュートになったのは、皆の夢と愛を守るため。その実現に一歩近づけたのは、素直に嬉しい。


「きっとあの人、私たちの味方なんじゃないかな」

「どうしてそう思うのかしら?」

「助けてくれたじゃん!」

「それはそうだけれど」


「なんかね、すごくクールな声だったよ。『掴まれ』って。あ、あと『お前にためにやったわけじゃない』だって! なんだろ、恥ずかしがり屋さんなのかも?」


 声真似をしてみた。似てるかは不明。


「もしかしたら、私たちの味方なのかもしれないよ! また会えるかなぁ……」

「会えるといいわね」

「うん!」


 つい元気よく返事をしてしまった。百花はそんな自分をきょとんとした顔で見ている。そしてそのまま無言で紅茶を啜ると、今度は意地悪な瞳を向けてきた。


「お姫さま抱っこ」

「う」


 不意に百花が発した単語に、顔が熱くなる。色々思い出してしまったせいだ。あんなことされたのは初めてだったし、つらくて怖い戦いで百花以外の人に助けてもらったのも初めてだった。なんだかとっても女の子扱いされた気がする。それは千歳の普段の高校生活にはあまりないことだ。


彼のことを思い出すと、頭がフワフワする。そしてそれはきっと百花にはバレバレだとわかる。


「ふふ、ホントに千歳は可愛いわねー。意外と乙女なのよねー。よしよし」


 百花は余裕の態度で千歳の頭を撫でた。


「ううっ」

「また会えるといいわねー。カッコよかったんだもんねー?」

「そ、そういうのやめろよー!」


 と、こんな風に過ごす始業前。激闘と謎の人物との遭遇から一夜明けた朝。

そんななかで、絶望から世界を守る戦士がする会話としてはちょっと不適切な気もするけど、そこは千歳たちも女子高生なわけなので、案外こんなものである。


※※


 午前中の授業が始まった。教官、ではなく教師がやたらと原始的な数学の公式について説明している。教室内では、真面目に授業を聴く者、寝る者、漫画という情報媒体を読む者、それぞれだ。


 カナメは、といえば授業を片耳で聞きつつ隣席の千歳を観察していた。

 千歳は普段、わりと授業に集中している部類の生徒に入る。その割に学業成績は平均程度であるため、おそらく要領が悪いのだろう。だが、そんな千歳も今日は授業を聞いていないようだった。


 寝ているわけでも、なにか他のことをしているわけでもないが、頬に手を当てた彼女はどこか上の空の様子でぼーっとしている。


ふと、彼女の視線が左上を向いた。これは地球人が何かを思い出そうとする際の反応である。


 なにかを思い出した様子の千歳は、ほのかに頬を染めて、締まりのない表情でニンマリと笑い、その後正気に戻ったのか、恥ずかしそうにぶんぶんと手を振って授業に集中しようとする。しかしまたぼーっとする。これを繰り返している。意味不明の反応である。


 頬を染める、顔面を紅潮させるというのは健康に問題がない場合は情動の影響によるものだと推測されるが、彼女の情動になにがあったのだろうか。そういえば、登校中の彼女も上機嫌であったことを思い出す。


「千歳」

 声をかけてみる。


「……あ、え、なに?」

「なにか良いことでもあったのか」

「へへへ、そうなのかなー。まだよくわかんないけど、昨日、ちょっとね」

「なにがあったか話せ」

「な、内緒だよ! 直球だな君は!」


 千歳が驚きで体勢を崩し、椅子をガタつかせた。さらにやや大きな声でカナメの質問への黙秘を表明したため、教師の注意を引くこととなった。


「なんだー。一ノ瀬、うるさいぞ」

「ご、ごめんなさい!」

「よし、この問題、答えてみろ」


 数学教師は、ホワイトボードに書かれた式を叩いた。難関大学の過去問とやらを下敷きに教師が作成した問題だそうで、さきほど教師は解答を解説していた。


「あ、えーっと、そのー……んー」

「こんな問題もわからないのに、呑気にしてるとはなー。うちの高校もレベルが落ちたよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。えっと……」


 千歳はしどろもどろになっている。


「親後さんに悪いと思わないのかねぇ、最近の子は。ほら、お前のせいで授業が中断してるんだぞ? みんなの時間を奪っているんだ」


この教師は陰湿なことで生徒人気が低いという情報を収集していたが、それは正しい情報であったようだ。クラスメートたちがうんざりしているのがわかる。何故さきほど説明した解答を再度学生に答えさせるのか、合理的な理由がない。それこそ時間の無駄だ。


「すいません! わかりません……」


 千歳は謝ったが、それでも教師の舌鋒は止まらなかった。


「一ノ瀬だけじゃないぞー? 今からそんなことじゃロクな大人になれんぞ。大体だなぁ、教師についての敬意というものが……」

 

 ネチネチ、ダラダラとやかましい男だ。なおこの間も千歳は起立させたままだ。

カナメは挙手をした。


俺の調査を妨害するな。


「ん? どうした星乃、なにか意見があるのか?」

「いえ、さきほどの問題ですが。きょうか……先生の解法には無駄があります」

「はぁ? 何を言ってるんだお前は」


 カナメは無言で立ち上がり、ホワイトボードまで歩くと式を書き始めた。不必要なことなので指摘は控えようと思っていたが、さきほど教師が出した解答には誤りがあることにカナメは気付いていた。解は同じになるが、無駄に式が長い。


「星乃、お前……なにを」


 教師の問いかけには答えず、猛烈な勢いでマーカーを走らせる。しんと静まり返った教室に、カナメの筆記音だけが響く。


「以上です」


 式を書き終え、着席するカナメ。教師はカナメの式を検算し、そして黙った。自身の過ちに気が付いたらしい。数学を教える人間であれば理解するくらいのことは出来るというわけだ。


「ま、まあこれでもいいな……。でも、先生の解き方が基本としては……そうだな、もちろんわかってはいたが」


 教師が尻下がりに言葉を濁し始めたと同時に授業終了を伝えるチャイムがなった。


「今日はここまでな。しっかり復習しておくように……!」


 授業終了の際にはいつも起立と礼を強要し、満足がいかなかった場合はやりなおさせる彼は、今日は出ていくのが速い。


 一瞬ののち、クラス中から歓声が上がった。まばらな拍手もだ。


「おおー! やるな星乃!!」

「ただの変なヤツじゃなかったのか!!」

「須賀先生、逃げちゃったよー。なんかスッとしたー」


 思わず注目を集めてしまったカナメは少し考えた。まさか喝采をうけるとは思っていなかった。しかしこういう無意味な歓声が上がっているときに同調するためのコミュニケーション方法はすでに学習済みなので問題ない。


一度で済ますため、効果的に告げる必要がある。冷静な口調で、歓声が途切れたときを狙って、こう言うのだ。


「うぇーい」


 今度はクラス中が一瞬静かになった。そして直後爆笑が起こる。


「なんだよそれ!! そんな淡々としたの聞いたことないわ!!」

「うぇーい!!」

「やっぱ変なヤツだぞコイツ!!!」


 これはどちらかというと笑われている気がする。うぇーいは難しい。

自信があったコミュニケーション手段だったため、カナメは内心ショックを受けた。だが傷心を悟られてはならない。速やかに着席だ。


 座ったカナメに、隣席の千歳が声をかけた。彼女は微笑んでいて、これは他のクラスメートたちとは少し違う笑顔に見える。


「ありがと! 星乃くんって、頭いいんだね!」

「べ、別にお前を助けたわけじゃない」

「へへへ。でも、ありがと」


 大きく丸い瞳で見つめられ、その目が細くなり、くしゃっと緩む。そんな千歳の横にいるのがなんだか居心地が悪くなったので、カナメはさきほどの教師と同じようにそそくさと教室を後にした。



※もう少ししたら非表示にしますが、削除するわけではないのでこのまま読めますし連載も続きます。


※連載を始めてみてから読んでくださる方のご感想や需要を参考に、長編にするか中編にするか決めようと思っていたのですが、中編にすることにしました。本1冊分くらいになる予定です。今で3分の1くらいです


読んでいただいてありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。

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