マジかよお前
現在、カナメたちは通っている月読高校近くの庭付き一軒家を借りている。これは何故かと言うと、単にペット付きで賃貸が可能なマンションが見つからなかったためである。
ぼくはペットじゃないぞ! とイーヌは主張していたが、地球人からみればペット以外の何物でもないので仕方がなかった。
さて、ティアキュートとの遭遇から一夜が明けて今日。日課としたジョギングと筋力トレーニングを終えたカナメは侵略基地である一軒家に帰ってきた。
「おかえりカナメ。毎朝、よくそんなに頑張れるね」
「体力筋力は兵士の基礎だ」
軽く汗を拭うカナメ、和室の座布団の上でくつろいでいるイーヌ。イーヌはニュース番組を観ながらアンマンを食べていた。お茶まで淹れている。イーヌはすっかり地球の生活に馴染んでいるようだった。
「このアナウンサーさんは美人だな!」
「……そんなことより、また事件が起きたのか。今度はなんだ」
カナメが視線を向けたテレビでは、昨日起きた事件について報道がされている。絶望妖魔とティアキュートの戦いの件ではない、あれは人知れず行われたことだ。
「わっふ。君ってつまらないヤツだな! ええと……、そうそうトコヨミ族がまた暴れたらしいぞ」
「ああ、あの妖怪とかいう迷信が実体化したような不気味なやつらか」
カナメは意図せず溜息をついた。この星は、いったいどうなっているのだろう。
降下からしばらく経ってわかってきたことだが、地球には帝国が把握していない組織や戦力、生物が複数存在している。
銀河帝国が把握している地球の情報は16年前、つまりカナメがこの星から連れ去られたときのものだということは承知していた。だが、いくらなんでもたかが16年程度でこれほど多くの事件が起きるものなのだろうか。
〈ご覧の映像の通り、現場に出動したオンミョウジャーによってトコヨミ族は撤退いたしました。それにしてもトコヨミ族、そしてオンミョウジャーの正体はいったい何者なのでしょうか〉
アナウンサーはそう問いかけてニュースを終えたが、それはカナメが聞きたいくらいだった。
平安時代よりの封印から復活したと名乗り、破壊行動を繰り返すトコヨミ族なるテロリスト。彼らは不可思議な技術によって影の中からモンスターを生み出す。
そんなトコヨミ族の行動を妨害するオンミョウジャーを名乗る五人組。彼らもまた紙切れから炎や吹雪を発生させる奇妙な戦力を保有している。
〈では次のニュースです。ドクター・デスを名乗る謎の人物により製造されたとされる巨大人型兵器、通称ビーストマシンが富士山麓に現れ……〉
また、トコヨミ族とは別に、謎の科学者による巨大兵器、謎の秘密結社による改造人間なども存在するらしいし、地球降下初日に現れた謎の巨大怪獣。
謎、謎、なぞ。謎多過ぎである。
よくこのような状態で地球人は社会生活が送れるものだとすこし感心してしまうほどだし、カナメの立場からするとこうした勢力・存在は明らかにしなければならない。だが今はそこまで手が回っていない状況であるのも事実だった。
目下の行動指針は、ティアキュートと絶望妖魔の調査及び、両者の争いへの介入。
そのため、今日もカナメにはやらねばならないミッションがある。
「おっとカナメ、そろそろ学校に行く時間だぞ! お小遣いを忘れるな!」
「……了解……」
カナメはシャワーを浴びて制服に着替えると、イーヌがキャッシングしてくれた現金を持って家を出た。
一つ目のミッション。それはすなわち通学、そして学生生活を送ることである。
原住民に疑いをもたれないためのカモフラージュ、調査対象たる千歳への接近、両方を満たすための措置だ。
高校までは長い坂道を行く。桜の舞い散るなか、同世代の地球人たちに交じり、目立たぬよう歩くカナメ。
ふと、同じ道を行く他の学生たちを見ると、彼らは友人となにやら話しながら、あるいは一人眠そうにダラダラと歩いている。何故無駄口を叩くのかもわからないし、何故たいした訓練も受けていない学生の分際で疲れているのかもわからない。
学校に通う理由は承知している。それにしても、とカナメは思う。
銀河帝国のエリート軍人であるこの俺が、何故こんな未開惑星の蛮族どもと同じ教育機関に通わなければならないのだ。そもそもあの低レベルな教育カリキュラムはいったいなんなのだ。この同級生たちはなんと呑気に毎日を過ごしているのか。
これが地球人なのか。この俺が生まれ、遺伝子を等しくするはずの星の住人たちは、正直に言えば降下前に若干の興味を持っていた自身と同種の人類は、何故このようなのか?
「……はぁ……」
「あ、星乃くん。おっはよー!」
登校中に偶然出くわしたその人物が、朗らかな声量で声をかけてきたのと、カナメが溜息をついたのはほぼ同時だった。この数日で気が付いたことだが、その人物は他の学生と比較して『挨拶』という文化を重視しているようである。
千歳のハキハキとしたその声は、同世代ではやや特殊なものであるらしい。さらに今日はニコニコと微笑んでいる表情もあわせて、いつも以上に明るい印象を受ける。なにかいいことでもあったのだろうか。
「あ、ああ……」
カナメはモゴモゴと答えた。これはおそらく、自身が地球の文化である挨拶に慣れていないためだとカナメは推測している。別に、その人物、調査対象ティアブルームであり隣席のクラスメートである一ノ瀬千歳になんらかの感情を抱いているためではない。
「どうかしたの? なんだか、すごくおっきな溜息ついてたけど」
並んで歩きだした千歳が、カナメの顔を覗き込むように見上げた。カナメは横を向いて視線をそらす。
「特に問題はない」
「そ、そっか」
これもここ数日で分かったことだが、千歳はカナメのことを何かと気にかけている。イーヌが言うには、カナメが外国からやってきたばかりであり日本の常識をよく知らないという設定によるものらしいが、意図がわからない。
それはたんにチトセちゃんがすごくいい子で、親切にしてくれてるってだけだぞ!
というのがイーヌの意見だが、果たして。
ふと、カナメは探りを入れてみることを思いついた。昨日彼女は絶望妖魔と戦い、正体を隠したカナメと遭遇したわけだし、それについて何か引き出せるかもしれない。
「……ちと」
「あ! 私、今日は早く行かなきゃだった!」
千歳、と話しかけるつもりだったカナメの言葉は千歳の元気のよい声に遮られた。
「そ、そうか……」
「じゃあ星乃くん、またあとで!」
駆け出していく千歳。なにかいいことでもあったのか、やはりいつもより上機嫌なようで、駆けていく足取りも風のように軽い。
ふと、カナメは彼女のコードネームを思い出した。ティアキュートの一人、ティアブルーム。ブルームとは「花」ないし「花が開花すること」という意味だそうだ。
花とは、今歩くこの道の両側に植わっている桜という植物に咲いているようなものを指す。
変わったコードネームだとは思うが、不思議と彼女には適している様にも思えた。理由は不明である。
しかし、坂道をたたたっと駆けていく彼女の背中は、戦士とは思えないほどに華奢だ。
「あ……」
なんとなく、手を伸ばしてしまったカナメはそのまま虚空を掴み、ポケットに入れた。
まあいい、昨日の出来事で怪しまれている様子はなかった。ひとまず問題はないということでよしとする。
カナメがそう思い直すと、今度は背後から声をかけられた。
「おい星乃―!」
今度はなんだ。カナメが振り返ると、そこには見覚えのある男がいた。クラスメートの、たしか名前は山田だ。山田はなにかと騒がしくガサツで、学習成績が悪く、女子生徒にふざけて絡んでは毛嫌いされている人物だと認識している。
「なんだ」
「見てたぜー。お前、一ノ瀬に話しかけられてキョドってたな? そして頑張って会話しようとして失敗したな!?」
キョドる、という言葉の意味もカナメは知っている。学習済みだ。だが心外である。
「外国帰りのイケメンかと思ったら、意外にモテない系だな!? 仲間だな!!」
実に心外である。たしかにカナメは異性と接した経験は少ない。だがそれは銀河帝国に地球人のような人型タイプの惑星人が少ないせいであり、自身が軍人であるためだ。カナメ個人の能力に起因するものではない。また、千歳に対して動揺などしていない。なので山田にはこう答える。
「きょ、キョドってなどいない」
「キョドってるやつはみんなそう言うんだ」
「……」
「おいどーした? 遅刻するぜ」
山田はそう言い、立ち止まったカナメが隣にくるのを待った。どうやらこのまま一緒に登校するつもりらしい。
「しかし一ノ瀬かー。いいよなアイツ、ちょっと元気良すぎっつーか色気には欠けるとこあるけど、顔はいいし健康的なエロさがあるわ。ああいうのがタイプなん? 付き合いたいとか?」
頭の後ろで手を組み、問いかけてくる山田。なるほど、千歳は同種族の異性から見て性的な魅力があるということらしい。あえて現地の言語表現を使えば『可愛い』というヤツだ。
それは理解したが、果たして山田の問いにどう答えるべきか? 否定してもよいが、ごく一般的な男子高校生を演じることも必要かもしれない。
熟考のすえ、カナメは答えた。
「そうだな。可愛いと思う。付き合いたい」
これは別に本心ではない。ただそういうことにしておけば、千歳に執着する理由が合理的に説明可能になる。今後彼女の調査をする上での隠れ蓑になるであろうという判断だった。
「ブフォッ!! お前まったく照れずに直球だな。外国だとそれフツーなん?」
「なにか問題があるか?」
カナメと山田がそんな会話をしていると、背後から複数の嬌声が上がった。きゃー! である。
背後にクラスメートの女子生徒が二名いたことは察知していたカナメだが、彼女たちが突如奇声を上げた理由はわからない。
「あ、やば。ごめんね、星乃くん、聞くつもりはなかったんだけどー」
「大丈夫! うちたち口固いし、秘密にするし!」
「星乃くんイケメンだし、上手くいくって絶対!」
「あ、でもちょっと残念かもー」
「ウケる―」
二名の女子生徒は騒々しく一方的にそうまくし立て、またしてもキャー! と叫んで先を行ってしまった。取り残されたカナメは、状況の説明を求めるべく山田に視線を向ける。
「……なんか、わりぃ、星乃」
「いや、アイツら、多分バラすわ……下手したら本人にも……」
「問題ない。望むところだ」
「マジかよお前」