旧第2話
「リョウ、お前を我々のパーティー『栄光の旅路』から追放する。理由はわかっているな?」
目の前に立っているのは、俺が所属する冒険者パーティ『栄光の旅路』のリーダーであるエリカ。近接戦闘も得意な上に「白魔法」も使える「聖騎士」という「上級職」に就いている。その巨乳は白銀の全身鎧に隠されていて見えないが、兜の面を上げて現した整った顔は美少女と呼ぶのにふさわしい。その切れ長の目の中央に位置する深い海のような青さを持つ美しい瞳は鋭く俺を見据えている。
「……俺の召喚獣がスライムだったからか?」
一応疑問系で問い返してはみたが、それが理由だということはハッキリしていた。俺が「転職」――冒険者が魔法や、戦闘に役立つ特殊技能である「技能」をおぼえたり、武器や防具を装備できるようになる「職業」を変えることだ――をしたばかりの上級職「召喚士」が召喚可能な召喚獣の種類はひとつしかない。何を召喚できるかは、転職してみないとわからないんだ。俺みたいに最低最弱のモンスターであるスライムなんて外れを引いてしまう場合もある。
「そうだ。我々が『栄光の旅路』を結成した目的はおぼえているだろう? 『誰よりも早く栄光にたどりつくこと』だ。具体的には最速でAランクに登ること。そのためには『使えない召喚士』などは邪魔でしかない。わかるな?」
「だが、スライムだって鍛えれば強くなることは……」
かつて、スライムをレベル99まで鍛え上げた召喚士がいた。そのスライムはドラゴンすら葬ったという。そう反論しようとした俺の言葉をエリカは無情にさえぎった。
「それは知っている。だが『鍛えれば』だ。そんな無駄な時間は我々には無い」
「くっ」
そう、最低最弱のスライムであっても強力な召喚獣に育てることは決して不可能ではないが、時間がかかる。『栄光の旅路』の目的が一刻も早い最高ランクへの昇格である以上、そんな時間のかかる方法が許されるはずもない。それがわかっている俺は、何も言い返すことができずに唇を噛んだ。
そんな俺に、エリカはきっぱりと引導を渡した。
「今までの貢献には感謝しているが、お前の居場所はもう我々『栄光の旅路』には無い。さらばだ」
そう言い捨てると、踵を返して立ち去っていく。少し離れて俺たちの様子を眺めていた仲間たちも……いや、元の仲間たちも、ある者はすまなそうな顔をして会釈をしながら、またある者は侮蔑の視線を俺に投げて、エリカについて去って行った。
残された俺は、ただ屈辱に身を震わせながら、それを見送るしかなかった。
俺は何で召喚士なんかに転職してしまったんだろう――そんな後悔がこみ上げてくる。だが、転職前はこれが最善手に思えたんだ。それまで俺が就いていた「魔法戦士」は、下級職としては優秀な能力があり、冒険者になりたての初心者の中ではエリート職と言える。近接戦闘もできれば、攻撃系の魔法が多い「黒魔法」も、回復系の魔法が多い「白魔法」も使える万能職だからだ。スタートダッシュのためには役に立つ職業だと言える。
だから、俺は二年前に十五歳の「成人の儀式」――初めて職業に就くことができる儀式だ――が終わるとすぐに『栄光の旅路』を結成した初期メンバーの中では、最初の頃は一番活躍できていた。だが、魔法戦士はスタートダッシュには良いが、ある程度強くなると、今度は能力が中途半端になってくる。本職の「戦士」や「剣士」ほどには近接戦闘が強くないし、「魔法使い」のように強力な黒魔法はおぼえられず、白魔法の効果も「僧侶」ほど高くはない。いつの間にか、俺の仕事はメインになる戦闘メンバーの補助になっていた。
このままでは俺の居場所は無くなる。そう思った俺は上級職への転職を考えた。上級職なら、近接戦闘と魔法の両方に強い職がある。だが、既にエリカが「聖騎士」への転職を果たしており、近接戦闘と黒魔法の両方とも強力な「魔剣士」――名前だけは魔法戦士に似ているが遥かに強力な上級職――に転職している仲間もいた。
転職を行うと、それまでよりも強力な魔法や技能を身に付けることができるが、一時的にレベルが1まで下がってしまう。レベルは低いほど上がりやすいので、高レベルのパーティーメンバーと一緒に魔獣と戦っていれば、すぐに追いつくことはできる。だが、一時的にせよレベルが下がってしまうことから、仲間と同じ役割の職業に転職した場合は、レベルがある程度上がるまでは、それまでと同じように補助役しかできないだろう。それでは、俺のパーティー内での存在価値は下がるばかりだ。
上級職への転職には、自分の能力値が一定の数値を超えている必要がある。俺の能力値で転職できる上級職で、現在のパーティーメンバーと役割が重複していないものは、召喚士しか無かったんだ。
それに、召喚士の戦闘能力は、召喚できる魔獣によって決まる。もし、最強のモンスターであるドラゴンを召喚できれば、それだけでパーティーで一番の主戦力になることもできるんだ。そこまで行かなくても、グリフォンなら戦闘力が高いだけでなく偵察や高速輸送にも役立つし、ストーンゴーレムなら近接戦闘が強いだけでなく仲間を守る盾役をさせることもできる。
どんなモンスターを召喚できるか転職するまでは不明だから、賭博的な要素が強い。だが、俺はパーティー内での立場を一発逆転できるチャンスに賭けて、召喚士に転職してみたんだ。
……そして、その賭に完膚なきまでに敗れて今の有様ってワケだ。
半ば呆然とした状態で、俺は何となく自分の足元でふにょんふにょんとうごめいている無色透明のスライムを見やった。ついさっき召喚した際に「スーラ」という名前を付けた、俺の召喚獣。何の変哲もないノーマルスライムだ。HPや力などのステータスは最低。当然攻撃力も最低。こいつを育て上げるのには、相当な苦労が必要だろう。
とはいえ、俺はこいつを見捨てる気は無かった。昔、スライムをレベル99まで育てた召喚士の話を聞いたときには「何でそんな奇特なことを」と不思議に思ったものだったが、今ならその理由がわかる。召喚獣と召喚主の間には独特の「絆」が生まれるんだ。一見すると知能も何も無さそうなスライムだけど、今の俺にはこいつの気持ちがわかるし、こいつも俺の気持ちや感情を理解しているはずだ。だから、俺はこいつを捨てたりはしない。いずれ別の上級職に再転職するにしても、こいつの召喚はやめないし、絶対に強く育て上げてやる。
だが、こいつの弱さからすると、しばらくの間は俺がこいつを守りながら前面に立って戦闘をしてモンスターを倒しながら、こいつに経験値を積ませてレベルアップしていくしかない。
しかも、俺は召喚士に転職してレベル1に下がったばかり。能力値はすべて半減している。今の状態では、別の上級職に転職することもできない。魔法戦士だった頃におぼえた魔法やスキルは使えるから、駆け出しの新人冒険者よりは遥かにマシだろうが、今まで所属していた『栄光の旅路』のようなCランクの中堅冒険者パーティーに参加することは難しいだろう。最下級の駆け出し扱いのEランクパーティーまでは落ちなくても、未熟扱いのDランクのパーティーで欠員が出たところを探さないといけないかもしれない。
俺は自分ひとりで近接攻撃も魔法攻撃も回復魔法も使えるから、やろうと思えば単独で戦うこともできないわけじゃない。だが、それが通じるのはEランクパーティーでも戦えるような非常に弱いモンスターを相手にしたときだけだ。ある程度強いモンスターを相手にして経験値や金を稼ぐためには、やっぱりパーティーに参加する必要がある。
ここは「転職の神殿」の前だ。俺と同じように転職に来た冒険者が大勢いる。そして、転職したてで能力が下がったメンバーの分の戦力を補うために、新しい仲間を探しているパーティーもあるはずだ。特に二~三人まとめて転職したパーティーの戦闘力は結構下がっているはずだから、そういったパーティーを探して何とか仲間に潜り込もう。
そんな風に思って周囲を見回した俺の目に、非常に既視感をおぼえるシーンが飛び込んできた。
「アイナ、お前を俺たちのパーティー『最速の勝利者』から追放する。理由はわかっているよな?」
そうハンサムな魔剣士に告げられた赤毛の少女が、憤懣を押し殺しているような表情で答える。
「あたしの召喚獣がフレアスライムだったからよね?」
その足元には、鮮やかな赤透明のスライムがふにょんふにょんとうごめいていた。
『スライムしか召喚できないのでパーティーを追放されたけど同じ境遇の美少女たちと協力したら無敵スライムが生まれて一発逆転できた上にハーレム状態になっちゃったんですけど』
https://ncode.syosetu.com/n3239ff/
の試作版です。
エッセイで正規版と比較していただくための掲載ですので、感想、評価などは受け付けておりません。