旧第1話
赤銅色の巨体を誇る火竜がカッと口を開いた。その口腔の奥から不気味な赤黒い炎が見える。ブレスが来る!
地獄の炎もかくやというような強烈な熱と光の奔流。だが、それは俺には届かなかった。俺の目の前にいる、俺たちの「召喚獣」が防いでくれたから。
虹色に輝く巨体は、鋼鉄をも溶かすであろう高熱のブレスに平然と耐えていた。この世に存在する「地」「水」「火」「風」「光」「闇」「金」の七つの属性攻撃のすべてに耐性を持ち、物理打撃が一切通じない無敵の体を持つ、俺たちの召喚獣。その体色にちなんで「レインボゥ」と名付けた俺たちの頼もしい相棒。
さあ、今度はこっちの手番だ!
「行け、レインボゥ!」
俺の命令を受けて、レインボゥはその巨体を震わせると、火竜に向かって飛びかかった!
ふにょん、ふにょん……
……巨体の割に迫力が無いのはしょうがない。だって、いくらデカいとはいっても、こいつは「スライム」なんだから。
そう、スライムだ。最下級の雑魚魔獣として知られる、あのスライムだ。攻撃力は最低、防御力も最低。巨大種になると少しは手強くなるものの、通常サイズのスライムだったら、火のブレスみたいな属性攻撃を放てる「フレアスライム」のような変異種であっても大した脅威にはならない。一番ありふれているノーマルなスライムに至っては、人間に害を及ぼせないからペットとして飼っている人さえいる。そのスライムなんだ。
だが、だからといって舐めるなよ、火竜! 確かに、お前はスライムの対極に位置する最強のモンスター「竜」だ。いくら単属性の下位種で知能も低いとはいえ、普通ならスライムに負けるはずはないだろう。しかし、こいつの恐ろしさを、お前は今すぐに知ることになる。
レインボゥは火竜のブレスを受けながらも、何の影響も感じさせずにふにょんふにょんと前に進んでいく。それを見た火竜はブレスを止めて、今度はその鋭い牙が生えた口で噛みついてきた!
くにゃっ。
噛みつかれたレインボゥの一部がへこんだ。それだけだった。その、究極にやわらかい体は、噛みちぎることすらできない。ただ、無抵抗に攻撃を受け流す。
もちろん、レインボゥもスライム種であるからには、スライム種特有の弱点は持っている。体内にある「核」を破壊されたら、一発で倒されてしまう。通常の小さなスライムだったら、その透明な体を通して核の位置が一目でわかるので、簡単に攻撃できるんだ。実は、通常のスライムだって物理打撃を受け流せる体質は持っている。だけど、体が小さすぎて、受け流した攻撃がそのまま核に到達してしまうんだ。だから、通常の小さなスライムは弱い。大抵の攻撃が核まで通ってしまうからだ。
だが、巨大種のビッグスライムとなると核を攻撃するのは一苦労になる。その巨体ゆえに核まで攻撃が届きにくいからだ。だから、物理攻撃ではなく七属性どれかを使った魔法攻撃で倒すのが一般的だ。
じゃあ、その属性攻撃が全部通じない巨大種スライムがいたらどうなると思う?
その答えこそ、今、俺の目の前にいるレインボゥだ。
火竜のあらゆる攻撃を無視したレインボゥは、そのまま巨体をもって火竜にのしかかっていき、やわらかい体で火竜の頭部を包んだ。それと同時にレインボゥの体が青色に輝く!
バシィ!
左耳に聞こえる衝撃音と同時に火竜の頭部に光が舞い、火竜の体に数字が表示される。あれは火竜の頭部にレインボゥの攻撃が当たったことを示しているんだ。数字は敵に与えた打撃の値だ。
これは、もちろん実際に音や光や数字が出ているわけじゃない。俺の左目から左耳にかけて装備された魔法道具「密偵の片眼鏡」を通して聞こえる音や見える光と数字なんだ。攻撃が当たったことを感覚的にわかりやすくするための機能で、「ダメージエフェクト」って名前が付いている。
そのダメージエフェクトが表示されると同時に、火竜の横に表示されていた、火竜の体力を示す「HP」の数値が急減する。敵の残HPを視覚的にわかりやすくするために数値の上に表示されている「HPバー」という棒グラフの長さが一気に三分の一くらい減る。
この密偵の片眼鏡は常時「鑑定」の魔法が発動していて、見た相手の体力=HPや当たった攻撃の威力などを数値化して見ることができる魔法道具なんだ。俺たちみたいにモンスターを倒す仕事をしている「冒険者」には必須の道具だ。
それにしても、一気に体力の三分の一を奪うとは。半ば予想はしていたがレインボゥの攻撃は火竜に対して非常に有効のようだ。レインボゥは七属性すべての攻撃ができる。つまり、火属性の火竜の弱点である水属性の攻撃ができるんだ。さっきは、手火竜の頭部を包んで、そのまま水属性の冷凍ブレスを吹き付けたんだろう。包んでいる中に放つんだから、全ブレスが敵に有効なダメージを与えられるんだ。
火竜はレインボゥをふりほどこうと必死になってもがいているが、レインボゥにはまったく効いていない。そりゃそうだ、物理打撃は一切無効で、火竜の得意技である火のブレスも無効。どんな攻撃をしたって、レインボゥにはダメージを与えられない。密偵の片眼鏡には火竜の攻撃時にも数値が示されるけど、ゼロ以外の数値は出てこない。
そうこうしているうちにレインボゥが次のブレスを放つ準備が終わったようで、その体が青色に輝くと同時に再度ダメージエフェクトが表示された。
バシバシバシィ!!
先ほどよりも、派手な攻撃音と光が表示される。火竜の体に表示されるダメージの値が赤い。同時に、その上に「Critical」=「致命的な」とか「決定的な」という意味の古代語が表示された。敵に対して特に強力かつ有効な打撃を与えた場合の表示だ。こういう特に強力な攻撃は「クリティカルヒット」と呼ばれる。
火竜のHPバーがぐんぐんと減っていき、そのまま消えてしまう。HPの数値もゼロになっている。やった、火竜を倒したんだ!
それと同時に、俺は自分の体に新たな力がわいてきたことを感じていた。「位階上昇」だ。モンスターに限らず「敵」と戦って倒した場合は、その敵が持っていた「力」の一部を奪うことができる。それが積み重なると、一気に自分の力が上がることがあり、それを冒険者界ではレベルアップと呼んでいるんだ。この「位階」っていうのは強さの段階を数値化したもので、最低が1、最高が99になっている。
このとき、敵は自分で直接倒さなくてもいい。一緒に戦っている仲間が倒した場合でも、近くにいた者にその恩恵は平等に分け与えられる。ましてや、今回みたいに召喚獣が倒した場合は、その召喚主にも奪った「力」――戦闘経験によって得られるものなので「経験値」と呼ばれる――は召喚獣と同じだけ与えられるんだ。
俺が振り返ると、一緒に戦っていた七人の仲間たち――と言っても、戦闘は全部レインボゥ任せだったんだけど――もレベルアップしたみたいだった。密偵の片眼鏡に表示される「能力値」――「体力」や「魔力」、「力」、「素早さ」、「知能」、「心能」といった基礎的な身体能力や知的能力を数値で明示したもので、敵の数値は見えないが味方の場合は表示される――が軒並み上昇している。
当然だろう。レインボゥは俺たち全員の召喚獣なんだから。
その仲間のひとり、燃えるような赤い髪とルビーのように輝く紅の瞳を持つ美少女アイナが俺に向かって叫んだ。
「やったねリョウ、Bランクだよ! これで、あたしたちを見捨てたあいつらを見返してやれる!!」
そうだ、これで俺たち『スライムサモナーズ』の冒険者部隊としての「階級」が、腕利きとして認められるBに上がる。俺たちを見捨ててパーティーから追放した連中を見返してやれるんだ!
俺は、思わずあの屈辱の日のことを思い出していた。
『スライムしか召喚できないのでパーティーを追放されたけど同じ境遇の美少女たちと協力したら無敵スライムが生まれて一発逆転できた上にハーレム状態になっちゃったんですけど』
https://ncode.syosetu.com/n3239ff/
の試作版です。
エッセイで正規版と比較していただくための掲載ですので、感想、評価などは受け付けておりません。