009.レディ(8)
先ほどまで臭かったのに、風呂に入っただけで良い匂いがするなんて……。
俺はアレからゲームに集中も出来ず、師匠に相談しても反応が返ってこず。
どうして良いのかわからず、他人を家の中に残したまま外出も出来ず……。
「うがぁ……」
結局、終始唸る事しか出来ずに居た。
全て忘れ去って寝転がるにも、ベッドは占領されてるわ本気で困っていたところ、俺の携帯が突如鳴り響く。
「もしもーし。いまひ」
ピッ、と通話を切るボタンを押す俺。ただでさえ混乱の真っただ中にいるのに、更にややこしい奴が電話をこのタイミングでかけてくるなんて全くけしからん。
ピピピ、ピピピと小刻みになる電子音に、しょうがないなといった感じで再び着信をとる。
「酷いね、一回10円かかるんだよ、10円! ねぇ、今暇? 暇でしょ? どうせゲームしてるんでしょ? だったら」
ピッ、と再び通話を切る。
同級生の女の子から電話とか、リア充爆発しろと言われるかもしれないが、これだけは言える。
電話の向こうの女は相当ヤバい。
何がヤバいって、頭が驚く程弱い。
学年最下位で高校一年を留年しそうになった、運命の日の直前に、アイツは勉強を教えてほしいと学年トップから順に声をかけて回った、そんな奴だ。
次々に上位陣に断られ、俺の元に辿り着くまでそう時間はかからなかった。
「ねぇ、勉強教えて!」
「嫌だ」
「何でもするからっ!」
「ん、何で……いや、嫌だ」
「もう、当てが無いの! 両手で数えれる範囲で知っているのは貴方が最後なのよっ!」
友達に教えてもらえよ、と突っ込みたかったがコイツの噂は友人の少ない俺ですら聞き及んでいた。
「いや、でも来年発売されるゲームの資金稼ぎをせねばならなくてな」
「金か! 金があればええんか!」
「急に変なしゃべり方をするなよ。と、まぁ最低でも五万は貯めるつもりだ」
バイトが夕方から入っている為、特に用もない教室でただぼんやりしていたところを捕まったのだが、テスト前なのにそんなので大丈夫かと思った諸君。
俺は効率とそこそこ頭が良いという自信があるわけで、全科目80点以上は今のままでかたいだろう。
よって、何も問題などないわけで今はバイトが最優先なのだ。
「じゃぁ、私が赤点とらないようにしてくれたら五万円約束するよ!」
「……家庭教師にでも雇うってか?」
「良いね! 良いねソレ、決まりだね!」
何て流れで知り合った訳だが。
「ぐおっ、ちょ、おまっ、やめっ!?」
「へへーん、このコマンドを繋げるとめちゃくちゃ気持ちいいね!」
格闘ゲームを開始してはや6時間。真夜中になるまで同い年の女とゲームをしていたわけだが、師匠と良い勝負が出来そうなほどにゲームの飲み込みが上手かった。
「くぅー、遊んだね! 私、眠いからそろそろ寝るね! おやすみ!」
そして、奴は留年した。
と、ここまでなら笑えもしない馬鹿な話なのだが。ゲームに自信を持ったアイツはまさかのプロゲーマへ転身。
暇を見つけては勉強を教えてと色んなタイトルのゲームへ誘ってくるようになった。
RLはやっているとは聞いていないが、師匠もアイツと別タイトルで対戦した時『私も引退時かねぇ?』なんて言わせる程のプレイをしていた。
ちなみに初戦で勝って以来、一度たりともアイツに勝った記憶がないので一緒にプレイするのはお断りしている。
「もしもーし、切らないでよー? もしもーし?」
「なぁ、もし突然自分の部屋の中に知らない異性が上がりこんでベッドで眠り出したらどうする?」
「……難しい問題を出してきたね、国語の問題かな!」
ピッ、っと今度は電源ごと携帯を落とした。
現状の相談するにはどうやら頭脳が足りなかったようである。まぁ、俺ですらどうして良いのかわからないのだが。
そんな茶番をはさみつつ、待つこと1時間と40分程だろうか。う゛う゛、と呻き声を上げながら起き上がる綾さん。
もう何時間もこの時が来るのを待ち続けていたような感覚に襲われながら、正座をして寝ぼけている綾さんの覚醒を待つ。が。
「……ひぅ、あれ、ここはどこ? あれ、ワンピース……あれ、あれ?」
どうやらまだ寝ぼけているらしい。大人しく自分に気づくまで待とう。
「……あれぇ、確か旅行から帰って……うぅん……」
記憶をたどりながら、やっと周囲に目を配った綾さんと目が合う。
「ひっ」
小さな悲鳴。
「な、誰ですか……私の部屋で何しているんですかっ」
途切れそうな程か細い声で、精一杯声を絞った発言がそれだった。
「なんでやねん!」
思わずベッドに向かって突っ込みをいれるとビクッ、と本気でビビる綾さんがいた。
「いや、ちょっと待って下さい。よーく周辺みてみ? ここ、どこ?」
「ココ……えっ、何処ここ? えっ、もしかして私って」
「みなまで言うな。てか、本当に覚えてないんですね」
「あの、あれぇ?」
「ここは俺の部屋で、綾さんの部屋の上の階にある部屋ですよ」
「……まさかっ、私を監禁しようと」
「言うなって! 違うし! 勘違い、ザ、綾さんの勘違い!」
「なっ。私の名前も知ってるなんて、もしかしてストーカーさん?」
「そろそろ人の話も聞こうか? オーケー?」
「ぉ、ぉーけぇ」
そんなに震えながらベッドの隅に逃げないでくださいよ。
「綾さんが俺の部屋に突然押し入って、彼氏さんの話をするだけして寝ちゃったんすよ。ヤケ酒だって言いながらね」
「……そう、言えば……」
「思い出しましたか?」
「……思い、出せない……」
「まぁ良いですよ、落ち着いたなら早く自分の家に戻ってください」
落ち着いてゲームも出来ないので、ここは早々に退散していただくようにお願いする。
「何か、ご迷惑をおかけしたようで。御免なさい」
「……どっちが本当なんだよ」
ボソリと、呟いてしまう。破天荒な先ほどまでとは違い、今の姿見や喋り方からは清楚系お姉さんという言葉がマッチするような、それ程までの差があった。
「あっ、今何時ですか!」
「ん、16時過ぎくらいだったような」
「わわわわ、仕事完全に遅刻すうひゃぁ」
ベッドから降りようとした瞬間、足元に置いてあった缶ビールに足を取られ俺に向かって飛びついてくる。交わすのは容易いが、そこはあえて甘んじて受け入れよう。
「「うぎゃ」」
胸に顔が押しつぶされ、これだよこれ、と苦しみの中やっとまともなイベントキタと拳をグッと握り締めていた。
「ご、御免なさい。怪我はないですか?」
「大丈夫、だから思いっきり握らないでください」
股間をわしづかみにされるという珍プレイに、思わず痛みに耐える為に拳がプルプルと震えていた。
「きゃ、本当に本当に御免なさい」
「それと、お仕事辞めたって聞きましたけど、今日はまだ仕事が……いや、旅行から帰って来たっていうくらいだし、何も予定ないですよね?」
「……あっ」
やっぱ無いんかい。
「すみません、今度改めてお詫びにきますぅぅぅ」
両手で顔を覆いながら、タタタタッと逃げるように部屋から出て行ってしまった。
まるで台風が過ぎ去ったかのようなイベントだったが、同じような奇跡は無いだろう。
ベッドにもぐりこむと、俯せにになったまましばらく気力を回復に努める俺であった。