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008.レディ(7)

 ふぁ、と伸びをした俺はドロップ品に目を通す。

 短剣に革の鎧、矢筒と矢を八本。他にめぼしい物は手に入れていないが、弓本体を手に入れれば遠距離が扱える現状はそこそこ熱いといって過言ではない。

 遠距離さえあれば、と何度悔しい思いをした場面があっただろうか。


 暇を持て余し、再びソロで潜って三時間。

 俺は二階層に降りる前に装備品のチェックを行っていた。が、ふいに没入感が薄れる現象に襲われる。


『ピンポーン、ピピピピピンポーン』


 ゲームのくせに、ドアホンと連携して来客をご丁寧に教えてくれる音が鳴り響いているのである。

 一人暮らしなので、来客に気づかないままという訳にもいかず、俺はやっと整理が終わったドロップ品を泣く泣く手放しログアウトする。


 その場に放置してパパッと用事をすませて戻る事も可能は可能だが、放置中にキャラが死んでいたり、戻っても没入感が薄れてしまい楽しめないのだ。


 だが、俺は一つ重要な要素を忘れていた。

 上の階層へ、つまりマイルームまで戻ればアイテムを持ち帰る事が出来る事を。

 未だに自室には持ち帰ったアイテムが無いが、それもおいおい増やしていけば良いかとそんな感じなので全く悔しくはなかったよ、本当だよ。


「はいはーい」


 ゴーグルとグローブを外し、腰に固定していたロープのフックを外すと玄関まで向かって誰かな、とドアスコープを覗き込む。


 そこには、ガラの悪そうな女性がインターホンをしつこく小刻みに何度か鳴らしていた。


 誰だ、と頭を悩ませながら鍵をあけたところで自分の姿に気が付く。


「あっ……」


 しかし、鍵の音に反応した瞬間にドアノブはひねられガチャリという音と共に扉は開かれた。


「あ、あはは……」


 思わず頭をかいて困り顔をしてみせる俺。

 いきなりパン一で玄関に登場してしまったら、どうしていいかわからないだろう? なぁ。


「ニャンタネェ! いーまぁ、なんじだとおもっぇってんのよぅ……うぇ、気持ち悪くなってきた」

「ええっと、ええっ!?」


 いきなり絡まれ、俺に有無を言わさず風呂場へ直行していった。


「って、いきなし人ん家に入らないでくださいよぉ!」


 思わず硬直してしまった俺だが、すぐさま風呂場に行った女を追いかけた。


「ぼぇぇぇ……」


 いきなり侵入してきたかと思えば、まさかの嘔吐をプレゼントしてくれやがりましたよ。


「ケホッ、ケホッ、ぅぇえん、何でぇ、何でぇ」

「ちょ、ちょっと……大丈夫ですか?」


 かける声に悩みながら、結局心配してやることにした俺は間違っているのだろうか。


「しんぱぃ、してくれるのぉ? そうよねぇ、私みたいな美人をほっとく男なんかいないわよねぇぇぇ?」


 外向けの服だろうか。高そうな服(女物ものの服の価値感なんて全然わからないが)をビタビタに汚している女は目に涙を浮かべながら、そう訴えてきた。


「ソ、ソウデスネェ」


 どうして良いのかわからず、テンパってしまう俺は師匠に今すぐ相談しようと回れ右をするも、背後からガバっと抱き着かれ思わず嫌悪の声をあげてしまう。


「うぁぁ……」


 普通なら背後からお姉さんに抱き着かれて、色々とラッキーと幸福感に包まれても可笑しくないシチュエーションだが、俺の背中に直接嘔吐物(ソレ)が付着して悲鳴にならない悲鳴をあげてしまっていた。


「ひっく、でぇアンタァ! 今何時だとオモッテンノヨォォ!?」

「えぇぇ、そこに戻るんですか……今は14時ですよ。めっちゃお昼時ですよ」

「そうよねぇ、そうだよねぇ……私がやけ酒してる時間帯よねぇ?」

「知りませんよっ!」

「知らないですむなら、知らないですむなら警察はいらないわよっ!」

「ちょ、それより離してくれませんか」

「何でよぅ?」

「その、汚れてますし? そもそも誰ですか……」


 そう、誰だよ?


「あなたねぇ……下の階のあやちゃんよぉ。忘れちゃったのぉ?」


 綾さん……そういえば、俺の住む下の階と隣に引っ越してきた当日に蕎麦を配った、その時に一度だけ顔をみたような、そんな気がする。


「すみません、覚えてません」


 記憶があいまいすぎて、そう答えておく。


「そんなぁ、男はみーんなっ、みーんなっ、私と遊ぶだけ遊んで捨てちゃうんだわっ」

「いやいやいやいや」

「ほら、ちゃんとこっちみて喋って!」


 ぐるん、と反転させられると目をジッとみつめてくる綾、さん。


「あの、その……そんなに見つめられると照れます」


 流石に酒臭いとは言えず、顔をサッと逸らしながらそんな返答をするとやっと両手に込められた力が和らぐ。


「ふふ、あなたぁわぁ、純粋なのねぇ……うぇぇん」


 どうしてこうなった。背中に付着したアレをはやく拭いたいが、綾さんもこのままにしておけない(臭い)ので提案を出すことにした。


「あ、やさん。よければ服脱いでください。男物の石鹸しかない……(女物があるか知らないが)……ので、嫌かもしれませんが一度体を綺麗にしましょう?」

「うぅ、わたしぃ、綺麗?」

「は、はいっ」


 目の前で脱ぎ出そうとするので、ザッとバックステップで風呂場から離脱するとガランッと戸を閉めた。戸越しに綾さんの脱衣シーンがモザイク状に視界に入ったため、スグにリビングへと移動した。


「やべぇ、換気してっと……」


 泣く泣くタオルを手に取り、背中を拭いながら色んな葛藤に襲われる。


 男ならば、知らない女性が突然部屋に訪れ抱きしめてくれるというシチューエーションはロマンの一種ともいえる。俺だってそんな事があればテンションは間違いなくマックスまで上昇するだろう。


 だが、俺の知っている妄想のソレとは違い現実は無慈悲で。


「酒臭くなくて、性格がもうちょっと良ければ……」


 折角スタイルが良くて、見た目も美人そうなのに。酒を飲んでいるせいかボサボサの髪型やラフな服装から美人さんも台無しである。

 など、脳内ジャッジをしていると声をかけられた。


「ねーぇ、何か着るものー。ねーぇー」


 いけねぇ、裸体のまま出てこられたら流石に何が起こるかわからない。すぐさま出来るだけ綺麗であろうバスタオルと白シャツを手に取り風呂場前にセットして逃げかえった。


 しばらくすると、綾さんがまるで自分の部屋かのように自室へと侵入してきた。


「お待たせぇ。ん、ビールがないじゃない」

「ねぇよ! 未成年だよ!」


 突っ込むと、俺よりも少し背の高い綾さんはオヘソを出しながら腰に巻いたバスローブ姿で熟考を始めていた。


「そうよ、あなたぁ! 私の服綺麗にしときなさぁーい」


 指をさし部屋から出ていくとアノ姿のまま外へ出て行ってしまった。


 すぐに戻ってくる気配もなく、残された女性ものの下着と衣服を手洗いで洗うと俺の洗濯物の隣にそれらを干していく。


 その間約15分。洗う衣服が少なくても、こればかりは女性もののアレやコレを洗濯するという経験値不足故の時間と思ってほしい。


『ピピピピピピンポーン』


 間違いなく戻ってきた。そう思い、玄関をあけるとさきほど貸したバスタオルとシャツは既になく白のワンピース姿で現れた。それも酒瓶とパッケージに入ったままのロングカン6本入りを両手で握り締めて。


「おそいーぞー!」

「ぐぐぐ……ていっ」

「いたぁっ」


 思わず手を出してしまった。チョップで額を軽く叩いてやると、イタイと言いつつ人様の家の中に遠慮なく入り込んでくる。


 ハァ、とため息をつきながらも普段からある程度綺麗に部屋をしていてよかったと師匠に感謝する俺である。


「はいっ、座りなさい!」

「あーえー、はい……」


 何故かベッドに腰かけた綾さんに言われるがまま何となく正座をしてしまう。


「あなたねぇ、ドンドンドンドン煩いのよぅ。折角独り悲しくヤケ酒してたのに、何で邪魔するのよぉ」

「煩いって、はて?」


 そういわれて、先ほどまでプレイしていたRLローグライフを思い出す。でも、一週間もプレイしていて一度も怒鳴り込みはなかった訳で。いや、煩くても我慢してくれていた?


 思い当たる節があるだけに、強く言い返せない俺はRLデバイス(外見は電話ボックスのような段ボール)をマジマジと観察する。


「今朝がた、帰ってきたら上からドンドンドンドンって、あたしこそドンドンドンドンしたいわよぉぉぉ」


 あぁ、よくみると振動吸収マットひくの忘れているね。うん、完全に俺が悪! 悪即斬。


「すんませんでしたぁぁぁあ!」


 ようやく、綾さんが怒っている理由の一つに辿り着き、平謝りする俺。だが、そう簡単に現状は変わりそうになかった。


「そうよ、謝ってよ! 全力で謝ってぇぇ! それに、なんでわたしがこんなヤケ酒してるか聞きたいでしょう? 聞いてくれるのよね? ね?」

「うっ……」


 ゲームに戻りたいのに、ここは話を聞くという選択肢しか取れない訳で。だが、自称美人を名乗るだけあり、これはこれで悪くないのではと思う俺はもうダメかもしれない。


「私ね、八日前から彼氏と旅行してたのょぉ。幸せにしてやるって、大切にしてやるって、そう言われてたの」

「はぁ……」


 なんだ、彼氏持ちか。くそっ、何か急に追い出したくなってきたぞコイツ。

 この現状を作り出した俺の事はこのさい考慮しない。


「でね、もう働かなくて良いっていうから仕事も辞めて旅行にいって、なのに、なのにねぇ!

『綾、ごめん。君がそんな性格だったなんてしらなかったんだ、別れよう』

 とか言い出しやがるのょぉぉ、信じられる? ねぇ、ねぇ聞いてる?」


 まさかの破局後だった。


「部屋に戻ってヤケ酒してたら、あなたがドンドンドンドンって私に追い打ちかけるから、決心して乗り込んできたの」

「すんません……」


 事実、RLのプレイで発生する振動は煩いだろう。そこを言われると再び俺は縮こまってしまう。


「だから、あんた! 私の話を聞きな……サ、ィ」


 酒瓶を抱きしめながら俺のベッドでグゥとよだれを流しながら一瞬で寝てしまった。

 俺はふと、この酒癖が原因で振られたのではないかと頭を悩ませるのであった。


「ってか、人ん家で勝手に寝ないでくださいよ……」

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