072.世界最強之挑戦(8)
自宅までの道のりは割愛させてもらうよ?
そういう訳で、自分で言うのも何だが一人暮らしにしては大きすぎる一軒家を前にやっと帰ってきた、と久方ぶりの気持ちを抱く。
「出張が多かったしそんなものか……」
キィ、と格子状の門を開け庭を抜けると、玄関で鍵を出すことも無く半球体の出っ張りに手を当てた。
指紋認証に血脈認証が瞬時に行われ扉は上下に開かれた。
「くふふ、いつ帰ってきても私の心を揺さぶってくれるわ」
そんな事を想いながら靴を脱ぎ綺麗に並べると、一階にある第二ホールへと足を運ぶ。
昼食も外食ですませているし、トイレもこっそりと済ませてある。
つまるところ、準備は万端。
デバイスもレディ状態である。
「まずはヘルダンジョン、味見といきますか。没入」
マイルームに自身のキャラが生成されると同時に、私がそのキャラクター自身になりきっていた。
手をグーパーすれば全くの誤差無しにキャラクターが手をグーパーしてみせる。
アクロバットな動きは腰に繋がれたロープ状のデバイスがある為出来ないが、そのロープを頼っての行動は可能なのでプラマイゼロといったところだろうか。
「空中八段蹴りっ」
技名を叫びながら、補助デバイスであるサークル状のパイプを両手で持つと体を宙に浮かせ、そのまま足をダダダダダダダダッとバタ足のように動かして見せる。
当然、キャラは宙に浮いたままバタ足をするという、奇妙な行動をしてみせていた。
没入感は間違いなく以前よりもあがっているようで、こんな変な動きをしても尚、徐々にこのRLの世界での行動に違和感を覚えなくなってきている。
ちなみに、プロゲーマーだからといって体術を会得している訳は無く、蹴りといってみたもののバタ足になるのは仕方がない事で。
「ゲームのようには動けないな……む」
仮想空間に声が響き渡る。
これは私自身の声だ、それが何故かハッキリと部屋の中を反響して鼓膜に届いた。
「リアルの独り言、ではないよなぁ。チャットを打ち込んでいるわけでもなし、これは凄いな」
気が付かないまま没入しているのか、現実なのか区別がつかなくなっている私は自身の美声に酔いしれる。
「まぁまずは味見なのだから、サクッと進めてみるか」
運営の発想力はよくわからないが、通常ダンジョンへ行く扉の横にある滑り台を進む。
ヒュゥゥゥゥ、とどんどん加速していく体は次第に溶けてゆき、そして再構成が始まる。
私の最初之挑戦が始まった。




