007.レディ(6)
俺はディスプレイ越しに、独自コミュニティの一つ『酒向』に接続していた。
キーボードで今朝方の出来事を書き込むと、送信ボタンを押した。
独自コミュニティかつ、メンバーも自分と師匠の二人だけなので気兼ねなくアリのままの出来事を書き込んでいた。
「おや、楽しそうなパートナーをみつけたじゃないか。こちらも中々に面白い奴をみつけたよ」
「そうなんですか」
「ああ、サクラ繋がりで偶然とは面白いものだがね。私はこのゲームはゆっくり攻略していくつもりだからね、地域募集の枠でパートナーを探したわけさ。するとな? サクラ探しています。IDはここですって書き込みがあったわけさ」
サクラ探してます? サクラって、まさか俺のパートナーの……いや、そんな偶然はある訳ないよな?
「そこからが傑作でさ。その募集していた人物が孤高のプロゲーマのAIなのさ」
「AIって、以前やってたゲームで俺たちがボコった相手じゃないですか」
「あれはボコったというか、私たちが完璧すぎただけだよ。一番長く生き残ったAI君は私が凄腕のプロゲーマに認定するね」
「はぁ、師匠が認める相手ってのは何か癪に障りますね」
「こらこら、私を独占したい気持ちはわかるがね? まぁ何より君を一番認めているから、そう言わないでおくれ」
「べ、別にっ」
チャットの速度は衰えることなく、進行を続ける。
「でさ。凄腕のプロゲーマことAIのもとにフレンド送信が大量に送られているようなんだけどね、サクラ本人じゃないと判断した瞬間に即ブロックするらしいんだよ」
「そりゃ、別人だったらそうしますよね」
「今度はサクラというキャラを作ったプレイヤーが大量に出てきて、AIに会いに行った訳よ」
「へぇ、それでどうなったんですか?」
「結果は無残に、今のところ全員ブロック行き。でさ、私も面白半分でフレンドを送ったわけ」
「意外ですね、師匠が人と組むのは」
プロゲーマのAIの事を孤高という割に、最強の称号を持つプロゲーマの師匠こそ孤高と呼ぶに相応しいのではないだろうか。技術力や反射神経もさることながら、『読み』がずば抜けて冴えていることから相方を務めようとしたプロゲーマが皆ついていけない、と白旗をあげてしまったような存在である。
ならば何故自分はこの『酒向』という独自コミュニティで師匠の元に居るのか。
理由は年下の男の子と遊びたかった、という何かガッカリするような意味で師弟関係を結ぶことになったのが始まりである。
確かに出会いはゲーム内で、KILL数を競い合うFPSゲームでえげつないスコアを叩き出してた人を皆して狙うという、31VS1という滅茶苦茶な展開になった時だった。
『******AHaaaaa』
と、何語かわからないボイスチャットの最後には必ずヤラレタ的な言葉が飛び交う中、日本人のプレイヤーは二人だけ。31人の中にいた自分と、師匠の1人だけだった。
数時間プレイした後、思わず話しかけていた自分が居た。
「どうしてそんなに強いんですか」
変な質問である。だが、同じゲームなのにここまでの差が出るなんて変だと、何が違うのかとどうしても知りたくなった。
「君は今も強くなっていっているよ。要するに積み重ねさ」
女性の声でそう返答がきて、一瞬ドキリとして体中が熱くなるような、そんな感覚に襲われたのを覚えている。
「ありがとう、ございます」
「ふふ、若い声だね。私相手にずっと粘っている日本人がいたし、少し気になっていたんだよ。どうだい? 今度お茶でもしないかね」
「えっ? お茶、ですか。良いですね」
ノリとしてはまたゲームで遊ぼうてきな意味合いで了承の意を告げたつもりだったのだが、本当に家まで遊びに来てお茶とケーキを食べて帰った師匠には驚いたな。
今でもたまに遊びに来るし、最強のプロゲーマはお金持ちのようだ。
「意外とは失礼な。私と組んだ相手が別のトコへ行っちゃうだけだよ。まぁ、そんな訳でサクラではないがイクラというキャラを作ってAIの元に乗り込んだわけだ」
「また適当なキャラネームで……」
「そこで私から尋ねたのさ。私イクラだけど、イイかしら? ってね」
ダメだろ、そりゃ。
「そしたらAIは溜息と共に、貴方プロゲーマ? って聞いてきたから応えてやったわ」
『ええ、最強のプロゲーマよ』
「ってね。そしたらオーケーわかった、これ以上時間の無駄は嫌だし組みましょうって」
まさかのプロゲーマー同士のドリームコンビの結成が成立していたようだ。
「事情を聴いたらね、サクラって子と組みたかったようだけど、連絡がとれなくなるわ、『俺・私と一緒にガチ攻略しようぜ』と男女問わずフレンド申請が大量にきていたようなのよ。泣く泣く、サクラって子を探すのは後回しにして私とプレイをすることに決まりましたとさ。ちゃんちゃん」
ちゃんちゃん、って今時聞かないよな。師匠の年代に流行ったの……。
「今何か失礼な事を考えたに違いない君。ある程度形になってきたら私とも今度潜りましょう」
「はいっ」
「そのハイは、失礼な事を考えているのを誤魔化すのに」
「あっ、ちょっと仮眠するのでこれにて!」
師匠の言葉を最後まで聞かず、俺はバタンッとノートPCを閉じる。
サクラ、か。プロゲーマのAIと何か関係あるのかな、俺のパートナーとは。
しかし師匠はブリーフィングという名のお茶会をしに近々俺の部屋に遊びに来るだろうから、そろそろ掃除もしておかないとな。
一人暮らしの1DK住まいだと、どうしても掃除が疎かになってしまう。
師匠が突然遊びに来た時なんか、いつ住所を知ったんですか! て思わず叫んでいたくらいだ。
部屋に入るなり師匠、笑いながら足でゴミをどかしながらズカズカと部屋の中に入ってくるものだから俺としてはたまったもんじゃなかった。
あれからかな。
俺の部屋は一人暮らしの男性陣の中では、確実にきれいだと言える程度には掃除を心がけるようになったのは。
仮眠をとった後、俺は朝のうちに洗濯物を全て洗濯機に投げ込み布団のシーツも浴槽を使って手洗いに励んだのだった。




