033.ウィルテイクユゥ(10)
ウィン、と自動で開かれた扉の向こう側には人4人が歩ける程度の廊下が続いていた。
左右に部屋は無く、どうやらどん詰まりの部屋にリスポーンしたらしい。
「何も言わずついてこい、見て覚えろ」
コクリ、と頷いて返事をするとヨシと言われたような気がした。俺の事を振り返ることなく、廊下の先付近まで移動するとノーテンの動きが止まる。
俺も動きを停止させると、先の空間が少し視野に入る。
広い。
ショッピングモールの中央エリアの中抜きステージとでも例えるべきか。
今いる階層は3階で、中央ステージで戦闘音が聞こえてくる。残念ながら声による音声はないため、どんな人物が戦闘しているかまでは不明である。
「パーティ募集。こちら手練れ二人」
いきなりノーテンの頭上に吹き出しが出ると、全体に届くログが表示されていた。
ちょっ、と声を出しそうになり押し留まる。今は指示により俺の声だしは厳禁なのである。
少しすると、戦闘音が鳴りやみ二人の男女がこちらに向かって歩いてくるのを目視した。
男はマントに槍と、装備は充実しているようだった。
キャラの作り込みは桜と比べたら数段劣るが、黒髪の勇者ならこんな感じじゃね? といった感じの体をしていた。
対して女はロングソード2本持ちという、やや物騒な装備をしていたが鎧の類はなく、こちらも美人キャラがいるならこんな感じじゃね? といった作り込み内容だった。
金髪ロングで平均よりも高めの身長に細身とか、まぁ人気どころだよな。
「始めまして、俺達と組むかい? 手練れのお二人さん」
「やっほー」
「突然で申し訳ないんだが、この先の部屋にレアドロップ持ちが居る」
「ほぅ」
「レアモン!?」
まて、この先の部屋は俺達がリスポーンした場所であって、めぼしいものは何もなかったぞ?
「俺達だけでは手に負えなくてな、レアをむざむざ逃したくないので誘った次第だ」
「いいねぇ、まだレア報告って少ないから腕がなるぜ」
「私のバスタードソードがうなるぜぃ!」
こいつ、中身はおっさんじゃないか? いや、リアルの詮索は碌なことが無いのでやめておこう。
ちなみに、それはただのロングソードだから! とは胸中で突っ込んでおいた。
「助かるぜ、一度どんな相手か確かめる為に様子をみてくるか? 俺達はコレ以上他の奴にレアを譲るつもりもないんで、ここで見張っておく。先に倒すのは無しだからな?」
「ふん、パーティを組むってのにそんな野暮なことはしないっての」
「ねー? それじゃ、確認しにいこっかアンズ」
「おう、ちょっくら拝見しますか」
ちなみに、男キャラの名前がアンズで女キャラの名前がココロである。
俺達を背に、何もないはずの部屋へと移動を開始した二人をみてノーテンの顔がぐにゃりと歪んだ。
思わず、背筋を震わせた。
俺の視線を確認してから、ニヤリと歯を見せ狂ったような歓喜の表情をみせていたのだから。
何故、笑う? そんなにもうれしそうに、何故笑う?
思考が間に合わなかった。師匠譲りの瞬断が、全く出来なかった。
「ひーとりっと」
男の背後に忍び寄ったノーテンは、背後からアンズの首を絞めつけると同時に足で体をホールドしていた。
「ぁ、ぐ、ぅ」
「な、どうしたのっ!?」
突然苦しみだした相棒の異変に、女は振り返った。
そう、男の体力がみるみるうちに減っていきあっという間に光の粒子となり消滅してしまう。
「ちょっ、あんたっ!」
「ひぃー!」
ひぃ、との歓喜の声はノーテンの台詞だ。ドロップ品に目もくれず手に持つ何かを投擲すると、女は思わず視界を両手でふさいでしまっていた。
「うっ、このやろ……ひっ」
あっという間だった。ノーテンは先ほどの部屋にあった『砂』をココロの顔めがけて投げていたのである。条件反射で顔にかかるそれを防ぐも、バッドステータスとして視界が一瞬滲んだのだろう。
ココロが視界を取り戻した時には、ノーテンが馬乗りに押し倒すようにココロへと襲い掛かっていた。
「ひぃー! いいねぇ、いいねぇ! ほーら、お股ひらきましょーねぇ!」
「やめっ、おいっ、やめろよっ」
「ざんねーん。両手はしっかり恋人つなぎしてあげてるからねぇ。ああ、ぞくぞくしてくるよぉぉぉ」
「なっ、おまえっ」
両手が絡むよう握られ、ピンアウトによるコンソール表示を封じられてしまっている。
俺はどうしたら良い、この下郎をぶち飛ばすか?
なおも押し倒されたココロと、押し倒しているノーテンの会話は続く。
「この太もも同士が擦れる感触、いいねぇいいねぇ? おらぁ、もっと開けよガキがぁ!」
「やだっ、やめてよっ」
「さっきまでの威勢はどうした、あん? この世界は程ほどにフィードバックがあるから良いよなぁ、でもなぁ」
ノーテンの顔は見えないが、きっとひどく歪んだ顔をしているだろう。
「実はお前さんのリアルで押し倒されてたとしたら、どうかなぁ? ほら、指が、足が動かないだろう? ゴーグル、お兄さんがはずしてやろうかぁぁぁ?」
「ひっ」
「今すぐこの狭い箱の中で誰にも助けられることなくヤッてヤッてヤリまくって、俺様のペットにしてやろう、ひぃー!」
ダメだ、ダメだダメだダメだ。やっと思考が戻りつつある、こんな光景見ているだけじゃダメだ。
一瞬、2層で起こったあの光景がフラッシュバックして体が硬直するも、あの時の心を振り払い俺は駆け寄ろうとする。
「おいっ、一度しか言わねぇって言ったよな? しっかり最後までみよけよガキがぁ!」
「お願い、します……許して、何でもするから……」
「あぁん? 何でもするって? じゃー住所と電話番号教えてくれるかな? 毎日遊びに行っちゃうから」
「ひっ」
「いい加減、そのリアクションにも飽きたよ。じゃあな小娘」
握りあっていた両手が解かれると、そのまま首に手を当てられたココロの体力はみるみるうちに減り消滅していた。
「かぁー、実際は箱の中で遊んでるだけなのによぉ、俺の股間はビンビンに反応してやがる、良い世界だなぁVRはよぉ!? もうちょっと工夫すればいくらでも***出来るぜひぃー!」
伏字になるようなセリフをはくノーテンは、その場に残された2つのドロップを手にとると、その一つを手に取って見せる。
「なぁイイさんよぉ、俺からしっかりお勉強できたかなぁ? それじゃあ、あばよ」
成すすべなく、俺は槍で一突きされるとあっという間に拠点まで戻っていた。
文句の一言でも言おうと、フレンドリストを開くもノーテンというキャラはデリートされ既に連絡手段は消え去っていた。
悪夢にも似たひとときを味わい、ログアウトするとベッドに倒れ込む。
「兄、様? 顔色悪い……」
「ああ、桃か……」
水着姿で迎えられ、先ほどの光景が思い出される。
タイミングが悪いことに、桃は俺の隣へ添い寝するように体を預けてくる。
「怖かったの? 私がよこにいてあげる」
無邪気な心遣いに、俺の邪な心が楔を解き放てと必要に語りかけてくる。
『俺は、あんな下郎じゃねぇっ』
そう言い聞かしながら、俺はふて寝を決め込んでいた。




