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030.ウィルテイクユゥ(7)

 元々勉強だけの日々だった俺が、ゲームを知ったのは大規模PVEでただ一人、最後まであきらめず何時間も戦闘を続ける動画がきっかけだった。


 敵の行動パターンは一定で決まっているが、集中力が続かない程に綿密な行動パターンに次々に倒れていくプレイヤー達。それでもただ一人、初期装備にも等しい姿のプレイヤーはスキルを巧みに使い分けCTを完全管理をしていた。


 中肉中背、ほぼデフォルトの容姿をしたキャラはまるで躍っているかのように敵の攻撃をいなし、そして遂には撃破をしてしまったのだ。


 プレイヤーネーム、『ミウラ』。ファンタジー系のゲームにも関わらず、そんな名前をつけたそのキャラクターは、たった一晩で超人気プレイヤーとして昇華していた。


 何万ものプレイヤーが、全世界から集まったプレイヤーの中で輝くそのミウラというキャラは、俺にとって光となっていた。始まりなんて、こんなキッカケでも良いじゃないか。


 動き出すことが、動くことが、行動しなければ同じ日々の繰り返しである。

 日常という殻を打ち破る手段に、俺はこの人のような『強さ』を求めた。


 最初の行動は勉学の強化だった。中学では十分に上位陣にぬめり込み、一人暮らしを決行するとこまで辿り着いた。


 そしてパソコンを買い、ゲームをする環境を作り上げた俺は色んなジャンルのゲームをプレイする。

 その中の一つ、FPSゲームで野良参戦していたところで師匠と出会い、打倒と何十時間もの時間をかけて戦闘を挑んでいた。


 この頃からだろう、俺の日常が果てしなく遠い場所にある想い、強くなりたい、に向けて動き出したのは。


 まぁ、そんな想いも先日のプレイでブレそうになったが、俺は立ち止まらない。


 ピンポーン、と俺の意思を肯定するかのタイミングでチャイムが鳴る。

 しばらくすると、コンコンと控えめに扉をノックする音が聞こえた。


「誰だろ?」


 リクライニングで過去の自分の思いにふけっていた姿勢からクワッと体を起こすと、玄関まで向かう。


「はいはーい」


 ガチャ、とドアノブをひねり開けるとそこには白色ジャージ姿の男性がそこに居た。

 夏場だというのに、長袖とはコレいかに。


「あの、姉さんの弟子君ってことで良いのかな?」

「ま、まさか貴方様は!?」

「あなた様とか、よしてくれよ。三浦です、初めまして」


 ほ、本物がもうキマシタワー!

 身長は俺よりも更に低く、165cmくらいだろうか? パッと見だけだと同じ高校生だと勘違いしそうなほどに、その姿は『普通』だった。


「あの、初めまして。と、とりあえず中へどうぞ!」

「はいはーい、お邪魔しますよー」


 ミウラさんを部屋の中に案内すると、変な第一声を漏らしていた。


「うへぇ、何この構図は……姉さんに幼女に、部屋の一角を占領するダンボールに。何この天国」


 何か感想の最後が変だった気がするが、俺はお構いなしに師匠の肩を揺らす。


「師匠、師匠! ミウラさんが来ましたよ!」

「んぅ、あぁ、そうか。シャワー浴びたい、先に始めといてくれ」

「師匠ぉ!」


 眠気眼のまま、師匠は眠ったままの桃を抱きかかえるとシャワー室の方へと向かってしまった。


「相変わらず、自由な人ですね姉さんは」

「はい、全く……」

「まぁいいや、それで体内時計についての講座で良いんだよね?」

「えっと、はい」

「じゃあ、簡単なところから。このストップウォッチで1分になったら止めるスタート&ストップやってみようか?」


 ストップウォッチの画面を相手へ向け、スタートボタンを押して1分たったらストップボタンを押し込む、あれである。ささっと、演じて見せると59.95とカナリおしい。


「んー、ズレてるねぇ。誤差は小さければ小さいほど良いんだよなぁ、一応確認だけど時計、何個持ってる?」

「時計? えっと目覚まし時計と壁掛け時計と」

「いやいやいや、体内時計の話だよ? 例えば日本時間の時計とか、自分のパソコン時計の時間とか」


 はて? この人は一体何をおっしゃっているのだろうか。


「あの、体内時計って一つじゃないんでしょうか? その、おひるごはん時だー、とか感知する?」

「りょーかい。まだ一つも持ってないってわけか、それじゃ今から3つは持とうか時計を」


 ミウラさんは続ける。


「一つ、体内時計は自分自身の時計だね? さっき例に挙げたように、お腹がすいたと12時にアラートを上げてくれたりする、言葉通り体内時計だ。二つ、パソコン時計だ。パソコンに設定した時計を体内に落とし込んで。三つ、ネットワーク時計だ。ネットワーク上の時計を体内に落とし込もう」

「んん?」

「本当は後は回線速度の速度時計やら組んだPCの処理速度をしる処理時計やら色々追加したいんだけどね、最初は基本の三つからだね。そこからそれぞれに反射神経をリンクさえすれば、最低限の強さは手に入るよ。きっと」


 既に意味が解らないが、とりあえず体内時計とは反射速度をあげる為の仕組みを体内に落とし込め、みたいな? ああ、くそっ、最初から意味がわからない。


「とにかく、体内時計は12時にご飯、とかそんな感じで好きな時計で良いから一時間置きくらいにチェックしてみて。ネットワーク時間は、それのパソコン時計版。1時間パソコンさわったと思ったらパソコンの時計を確認して。ネットワーク時間は、Network Time Protocol、ntpdateコマンドで遊んでいるサーバの時刻を取得すること」


 はぁ、としか言えなかった。つまり本当に三つの時計を落とし込めとおっしゃってらっしゃるようだ。


「このストップウォッチでの訓練も、成功しないと食事抜きとか頑張ればそれなりに成果が出るよ。人間、ピンチ程強くなるってね?」

「三浦さんも、この方法で体内時計コレクトを極めたんですか?」

「おいおい、そんなルビ振りするなんてあの人に毒されすぎじゃないか? 体内時計は体内時計だよ。ちなみに、俺の場合はログイン戦争で鍛えた」


 ログイン戦争で鍛えたって、すみません意味がまるでわかりません。


「まぁ俺ばかり教えるのもアレだし、その箱で俺も遊んでみて良い? 良いかな!? 姉さんから聞いた情報だと、まるで脳内の電気信号を元にキャラが動くような、そんなフィールドがあるんだろう!? 憧れるよなぁ、思考だけでキャラクターが動かせたらめちゃくちゃ楽しそうじゃないか!」

「え、ええ、キャラクターの行動が超加速しているときって、そんな感じでの操作じゃないと説明がつかないので、思考が反映されているって推測しています」

「いやぁ! これどうやって使うのかな!」


 何故かミウラさんがRLの世界へ没入していきました。


 そして最初からヘルダンジョンに潜ると、第一階層の敵にぼっこぼこにされて僅か10分もたずに戻ってきました。


「ダメだ、体を動かして移動って無理だ、しねる、アウトォ」

「そ、そりゃ思考で動ける場面があるかもしれませんが、基本はVRゲームなんで体が資本ですよ!」

「くそぉ、現実はどこまでも厳しのか。キーボードとマウスで俺は良いわ……」


 何だろう、神とまで言われるこの人も、めちゃくちゃ普通の人にしか見えません。


「おー、やってるね諸君」

「誰ぇ?」


 湯気を体から放ちながら私服に着替えた師匠と桃は、俺達に視線を向けていた。


「可愛い子ですね、姉さん」

「だろう? っても、香内のとこの娘さんだけどな」

「はぁ?」

「アンタは知らなくて良いけど、手を出しちゃダメよロリコン」

「失礼だなぁ姉さんは。俺はネトゲがあれば別はいらないんですよ」


 すげぇ決意だ。俺もこれくらいの想いが必要なのか!?


「それで、体内時計の作り方は教えてあげたの?」

「まぁ、彼なら三つは持てると思いますよ」

「私なら?」

「姉さんはオンリーワンの一つですよ、俺からはそうとしか」

「はぁ、今度私を追い詰めようなら貴様の技術、私も盗ませてもらうからな」

「はいはい、別に俺は隠している訳じゃないんだけどねぇ。それにしても、このRLっての鬼畜ですね」


 ミウラの話をきくと、師匠が満面の笑みで応えた。


「アハハ、やっぱりアンタはキーボードとマウスが恋人だよ!」

「うるせぇ! ああ、もぅどうにでもなぁれ!」


 あっという間だった。この一瞬のためだけにミウラさんは来てくれたというのか?


「まぁ一日バイトで呼んだからね、彼も育成に忙しい中抜け出てきたから伝える事は全て伝えたんでしょう、君にね」

「はぁ。ってか今の意味不明の講座がバイトだったんですか?」

「あれだけで100万払ってるわよ……」


 吐きそう。何それ、お金のけた間違ってませんか?


「可愛い愛弟子の為だから、私もこんなとこでケチったりしないわ。さぁ、特訓開始よ」


 言われるがまま、師匠と桃のリアル妨害に怯えつつ、一時間という時間を刻んでいくのだった。


「ああ、次は三日後ね」


 そんな事をさらりと告げつつ、俺はRLに潜る事も出来ないまま日常を過ごしていく。

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