028.ウィルテイクユゥ(5)
ヘルダンジョンで起こった事を一から説明を終えると、その後に起きた体への異常。
そして、空腹で完全に動けなくなった桜を助けるべく行動を取った結果、桜の母親に探偵を派遣され俺の事を、周囲の関係を洗われたという流れを説明していた。
そして母親は俺について調べ終えると、将来有望ならば問題無いと本来なら警察沙汰になってもおかしくない今回の案件を流してくれたこと。俺が逃げるように帰ってしまったため、桃という幼女を使って俺がどこへも逃げれないよう派遣したとのことだった。
「桃は、お兄ちゃんと既成事実を作っても良いってママに言われたよ」
とは尋問の結果。
母親から授かったミッションをいとも簡単にゲロっていた。
桃さん、既成事実は小学生とは出来ないからね? 見た目中学生レベルなのが恐ろしいがモゴモゴ。
そして綾さんはというと、和田家が変に動かないよう実家に戻り直接説明してくると言うと、ウコンドリンクをあおりながら立ち去っていた。
どうも、放っておくと戦車が平気に家に突っ込んでくる可能性があるとか何とか。
それも、俺の家と桜の家と同時に。
何故、俺まで対象なんですかねぇ……。
そんな感じで、師匠は指示をどんどん出していく。
「綾も行ったし、そこの幼女はどうする? 母親の言を破れる程人間、心が強くはないよなぁ。ましてやまだ10歳にもならない身だ、私としてはしばらく置いてやっても良いと思うが」
「師匠がいうなら……」
不本意だが、夏休みだからこそ出来る事なんだろう。約一月程度、子供を養うくらい出来る、はずだ。
当の本人はベッドでスヤァとお昼寝タイムだ。大人の会話は暇だったのかうつらうつらとしていたので、師匠がもう寝てなさいと言ってやった結果であるが。
「さて、では弟子と二人きりの重要な会話に入ろうか」
「はい」
重要な会話。
「私の感でしかないのだが、このRLは相当キテるゲームみたいだね。ヘルダンジョンの性質はそれぞれ異なるようだけども、一度没入したヘルはクリアするまで同じダンジョンへ続いているようだよ。第一階層が広すぎて別物に見えても、性質は同じ。つまり、君が挑まなければならないのは『時間のダンジョン』という事になる」
膝の上に両の握りこぶしを置いたまま、師匠は続ける。
「ちなみに私は射撃のダンジョンと勝手に呼んでる場所のようだが、やはり第二階層は鬼門だね。この私ですらまだ突破口をみつけてないのだから。まぁ私の話は良いか」
師匠ですら第二階層の突破が出来ない、だと?
国内ではなく、正真正銘全世界でゲームのオールジャンル、ナンバーワンプレイヤーの師匠ですら突破出来ない事なんて、あり得るのか?
「おや、そんな顔して君は私が何でも一発で乗り越えれる超人か何かかと思っているのかな? まぁじきに私は突破してみせるよ。相方も有望だから私は暇なくらいだしね。それで」
ズィ、と椅子のキャスターを走らせるとベッドに腰かけていた(途中で移動した)俺の元まで近づく師匠は言い放つ。
「君の挑んでいるダンジョンは性質が悪いようだからね、私としてはそんな趣味の悪いダンジョンは早く軽く蹴散らしてほしいわけだよ。痛みのフィードバック、音声による再現、時間間隔の混乱、異常なまでの実体への負荷。どれをとってもこのゲームの規格外だし、趣味の悪さが半端ない。あんな世界で負の声を聞き続けていればそんじょそこらのホラーゲームよりホラーだわね」
「はい、恐怖感がやばかったです。心と体があんな状態でなければ、桜もあんな行動はとらなかったはずです……」
あんな行動、なんてあの晩限りの過ちだろう。
「まぁ君の行動力の高さは評価するよ。私も引退したらその行動力にぜひあやかりたいものだね?」
「ハハ、師匠なら歓迎ですよ」
「言ってくれる」
頬を赤く染める師匠、何やだプリティ。なんて思ったのもつかの間、表情が真剣なものとなる。
「今のままだと何度プレイしても同じ過ちを繰り返し、君の弱い心はやがて壊されゲーマーを引退する道しか私にはみえないのだよ。そこで師匠として弟子の強化が必要だと判断した訳だ。好きな心で遊んでいるゲーマーの鏡である君が、こんな場所で引退など私が許さないし、弟子としても許さない」
つまり?
「だが師匠直伝の瞬断だけでは君の挑む時間の世界を突破するのは困難のようだから、私が次に必要だと判断したスキルを身に着けてもらうよ」
「スキル、つまり新しい操作技術を覚える必要がある、と?」
ええ、と頷くと谷間に埋もれていた小型の携帯を操作するとどこかへ電話をかけていた。
「オンフックで話すけど、君は聞いているだけで良いわ」
「はい」
数コールすると、若い男性の声がピッチから響いてくる。
「もしもーし、珍しいですね姉さんから電話なんて」
「今暇でしょう? すぐ***駅まで来なさい」
「ちょっと、それ大阪じゃないですか? それも暇じゃないですよ!」
「どうせレベリングしかしてないんでしょう? 調子はどうなのよ」
「……予定では一年もあればカンストしそうな勢いですけど、てか今三体同時レイド中でしてっ」
「その割には余裕そうよね」
「……流石に電話しながらタイミング取るの大変なんですけど!」
何か返答に間があるが、僅かにキーボードをたたく音を拾っている為電話の相手は何かのゲームをプレイ中、というところだろう。しかし、姉さんって言うのはリアル弟さん? いや、純粋に姉御という名称で呼んでいるようなものだろうか。
「だー、もぉわかりました、ちょっと本気出して倒しちゃうんで5分後かけなおしますね!」
「しょうがない、余り待たせるなよ?」
通話を一度終えた師匠に俺は尋ねる。
「今のは誰なんですか?」
「今の奴から、君は体内時計の一旦でも良いので盗んでもらう」
「体内時計?」
「ええ。彼は私を除く三神の一人、三浦というネトゲ中毒者よ」
三神。それは師匠の認める三人のゲームの神様だったか? 実態はただのゲーマーで、プロゲーマですらないと言っていた記憶がある。
「ネトゲ中毒者って、響きが悪いですね……」
「そう? 好きなことを本気で出来るってことは、仕事にも応用出来る訳で……まぁいいわ。三浦は大手MMORPG、SSSのトップレベルプレイヤーよ」
SSSって、30年前にキーボードとマウスでプレイできるオンラインゲームとして超絶な人気を誇ったタイトルだ。リリースされ10年して、超大型アップデートが加わりそのゲームの正体が超マゾゲーへと変わった事でも有名である。
レベルのカンストが99だったのが、20年前9999レベルまで育成できるように変更。
経験値もボス級撃破をしなければ絶望的と言われ、その大量に追加されたレイドボスは1万のプレイヤーVS1ボスが成立したと言われる程の鬼畜度、らしい。
スキルを使えばどんな場面でも、どんな相手でも突破できるといわれるSSSは、針の隙間を縫うようにスキルを使い続ければこのレイドボスですら例外なく無傷で倒せるという仕様が、多くのプレイヤーを燃えさせていた。
そして四年前。一人のプレイヤーがSSSの世界へ降臨した。
運営自慢の新レイドボス戦にサーバ内の廃人たち2万もの軍勢で参加をするも、全パーティが全滅。
もうだめだと全参加者が諦めたその時、新米プレイヤーがただ一人、ボスの真正面で生き残り続けていた。
それから何時間もの時間をかけ、その新米プレイヤーはスキルを駆使してボスの全ての攻撃を無力化して斬撃、魔法、アイテムを駆使してやがて撃破してのけたのだ。
そう、彼の名は。
「現在SSSでトップレベルのプレイヤー『ミウラ』さんですか!? 俺も知ってますよ、そもそもゲームの道に入ったのもミウラさんのウルテクが凄くて」
「はいはい、師匠の前で他のプレイヤーをそんなに褒めないで」
「あっ、すいませんつい」
「素直で宜しい。それで、奴から体内時計のコツを盗みなさい。これは絶対よ? 時間装備とやらがあれば何も問題ないのかもしれないけど、君の時間感覚の補強は必要だと思ったの」
「でも、体内時計ってあれですよね? 今大体12時くらいー、とか?」
「……まぁそこは奴に直接教わりなさい」
まさか師匠が説明をしぶるとは。他に何かの要素があるのだろうか?
「それともう一人は三浦からのレクチャーが終わり次第、連戦って形にするから」
計っていたわけではないが、およそ五分がたったのだろう。師匠の胸元が小刻みに震えだす。
「姉さん、お待たせしました」
「時間ピッタリね、住所送っとくから出張よ出張、良いわね?」
「個人レッスンとか、本当に俺なんかがやっていいんですかね?」
「私も同席だから気にしないで」
「そっか。んじゃ、今から向かいます」
色々と突っ込みたいことがあるような、ないような。
「もしかして、ここまで来るんですか、神が!?」
「私が来ているのに、今更でしょう?」
「あっ、はい」
そもそも目の前にいるこの女性こそ、人類最強のゲーマーなのだ。
俺はそんな師匠の期待に応えるべく、立ち上がった。
「御飯、作りますね!」
師匠の腹から聞こえた可愛い音をかき消すがごとく、さっそうと行動を開始した俺であった。




