027.ウィルテイクユゥ(4)
「な、何でアナタは脱ぎだすのよぉぉ!?」
手で顔を覆い隠しながら、お決まりごとかのように指の隙間から俺をガン見してくる綾さん。
ああ、間違いなくここは現実で、俺は日常に戻ろうとしているだけだ。
本当に冷静ならば、服を着ていた状況のままが正解なのだが、自分の部屋の中でパン一って普通だよな?
「そんなジロジロみないでください。えっと、桃、さんもごめんね」
未だに押し倒された時の姿のまま、片膝を立てて片腕で瞳を覆った状態でハァハァ、と息を荒げている桃へ声をかけておく。
そりゃ、いきなり押し倒されたらビックリするよな。全面的に俺が悪い、が。
「で、桃、さんはなんで俺の部屋に居るのかな?」
「ハァ、ハァ……あの、うちの鍵持って帰りましたよね?」
「ん……」
未だに指をちらちらと動かして俺を観察する綾さんを無視して、桃へと向き直る。
その片膝をあげていると、ミニスカートから下着が丸見えだぞという突っ込みはさておき、そういえばと脱いだズボンのポケットに手を入れると、昨日手に入れた合鍵が入ったままだった。
「あ、ああ。持って帰ってたようだな」
冷静を保ちつつ、俺はその合鍵をポケットに戻すと部屋の端へズボンを放り投げた。
「で、取り戻しに来たってことかな?」
「いいえ、ママが持ってても良いって言ってました。これからは全部視ているから何も問題ないって。それに、私達がいつでもここに来れるようにって合鍵を3本作ってもらいましたから」
おい、俺の家大丈夫か? 合鍵作られまくってるんだが、これって何かルールに反してたりしなかったか? おい、俺の脳内法律辞書、思い出せ、思い出すんだ!
「勿論、合法ですから。それは、そうとっ」
やっと身を起こした桃は、胸の前に握りしめた両腕を持ってくると、羨望の眼差しで綾さんを見ていた。このキラキラした瞳は、興味をもったときの瞳だと俺は知っている。
「あ、あの! 和田、綾乃さんですよね! わぁ、本物みるの初めて!」
「え、ええ。といっても、引退しちゃったからその名前は捨てたけどね……」
顔を隠すのをやめると、桃の方へ顔を向けつつ視線が俺に流れている綾さんがそう言ってのける。
ふぅむ。
和田綾乃さん。大物芸能人。うん、芸能界はわからん。
「綾さんってそんな芸名で活動してたんですね」
「芸名ってアンタねぇ……はぁ、知らないって幸せなのかしら? でも、それで私も救われたのだから、あなたはそのままで良い、と思うわ」
「はぁ……?」
「お兄ちゃん、和田綾乃さん知らないの?」
「芸能界とか、そっち方面は全然わからなくて……」
グイッと腕を引かれ、少し膝を折ってみせる。どうやら耳打ちで俺に何か情報をくれるらしい。
「司会とか、年末の歌番組とか、そこでよくでる女性の和田さんって知りませんか?」
「んー? ああ、日本人なら誰でも知っている知名度100%のビックマム」
「シッ、その呼ばれ方は好きじゃないらしいので、やめましょう」
「あ、ああ」
「あの和田さんの娘さんの芸名が和田綾乃っていう名前で活動していたんです、先月まで」
「へぇ……」
「本名は和田綾さんで、どっからどうみてもあの人がその人ですよ」
「へ……ぇ……」
耳打ちから始まった会話はヒソヒソ話となり、壁際にしゃがみ込み二人で会話を続けていると綾さんが文句を告げてくる。
「ねぇ、私を放置しないでよね? 私、これまで誰もかまってくれなくて寂しかったのよ? アナタだけは、普通に喋ってくれるし、接してくれるし、その、乱暴もしてくれる、し……」
「ちょっとまてぃ! 最後の理由は何だっ!」
「わぁ、お兄ちゃん凄いです……」
くいっ、と再びしゃがむように合図を送る桃に従い突っ込みだけ入れると元のポジションに戻る。
「お兄ちゃん、あの和田綾乃さんに対してそんな言葉使いで大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
「和田さんに手を出したら翌日には全て消されるって噂があるくらいですよ?」
「消される?」
「存在が、何もかもが無かったように消えちゃうんです。綾乃さんと付き合ってたっていう大物スポーツ選手の方が居たんですが、ここ数日で引退、その後彼の姿を見た人は誰も居ないそうです。ネット上のデータも全部、消えちゃったそうで……」
「つまり」
「世界から抹消されちゃいます」
おおう。何というリアルモンスター。
合法とか何とかいって、酔っ払い相手をあしらう手段として胸を掴んだり風呂に入らせたりしたが……。
俺、消えるのか?
「まぁ今が大丈夫ってことは、何も問題ないだろ」
「うっふふん、私といても何も問題ないって言ってくれるのは、アナタだけよ!」
「ちょっと、勝手に桃との会話に割り込まないでください」
「イタイ、イタイイタイタイタイ! そんなに強くつかまないでぇぇぇ」
「わぁ……」
と、そんな部屋の隅でのやり取りをしていると再び扉が開く音がする。
俺のプライベート、どこいった? いや、次は誰が来るんだよ一体……。
「大丈夫かね……と、流石の私もこのシチュエーションまでは読めなかったよ」
「し、師匠……」
「綾と、謎の幼女と一緒に壁際で何をしているのかな? 私が心配して戻ってきたというのに、一体全体」
「心配……?」
「ああ、君の周囲を金にものを言わせて調べる輩がうじゃうじゃいたんでね。様子を見に来たわけだよ。私としても調べられるのは癪だったが、別に隠すような事もなければ阻害して君に迷惑をかけるのも違う気がしたからね。だから私が直接助けに来た、つもりだったんだけどな……はて、この状況は何かな?」
ああ、師匠は俺を助けに来てくれたんだ。この、意味不明な日常から解放してくれるために!
「し、師匠!」
思わず涙を溢れさせながら師匠の胸へ飛び込んでいた。
「おいおい、君は何だかんだいってまだまだ子供だな。まぁ保護者として、少しは面倒をみてやるよ」
師匠は俺の頭を優しくなでてくれると、綾さんや桃にベッドに腰かけるように指示を出す。椅子に腰をかけた綾さんは、隣で何故か正座をさせられた俺の頭に手を置いて話し出す。
「まずは、そこの幼女。この状況を話したまえ、説明くらいはできるだろう?」
「……」
「香内桃さんだったかしらね? 小学四年生のくせして、なかなかに体の発育はいいじゃないか。確か父親はパイロットだったかしらね? あぁ、アイツ名前なんだったかしら」
「ちょっと、調べたんですか……」
「人聞きの悪い。調べられたから大元を辿っただけに過ぎないわよ? それに、アナタの父親は一応顔見知りだし……まぁ、それは良いわ。私はあなたの口から聞きたいの」
師匠は良く言う。データ上の情報は不純物が多すぎると、故に最終的には人の口から情報を得るのが大切だと。それも口だけの人間も多いので、やるならば直接あって心理から答えを見透かせという。
そうして、気づいた時には師匠の行った尋問は完了していた。




