023.ミスティックナイト(9)
冷蔵庫の中に残っていた浅漬けを見つけると、パクリパクリと次々に口の中へと放り込む。ひんやりとシャキシャキした触感に、俺の胃袋に火が付く。
あっという間に数日分用意していた浅漬けを完食するも、未だに空腹感はおさまらず。
何か作るか、と立ち上がった時だった。
ヴヴヴ、とサイレントモードの携帯がメールの着信アピールをはじめた。こんな夜中に誰だよ、と思いつつも携帯をみると。
『助けて』
一言のメッセージに続いてまだ何かあるな、とスクロールを続ける。
『お腹すいた』
うん、お前もか桜。だが、お腹を空かした女子高生を満たすような力は俺には無いわけで。
じゃ、一緒にご飯しようか? と言える程現実は優しくない。
『冷蔵庫漁ってがんばれ』
とだけ返しといたが、一瞬で返信が返ってくる。
『本気で無理、動けない、助けに来て。鍵は****にあるから、暗礁番号は***********で、合鍵とれるから。急いで。私の部屋は階段上って右側だよ』
おい、他人に合鍵の場所教えるのはまずいだろう。いや、むしろこれは何か? 家、それも部屋まで食料を届けろということなのか?
『こんなに時間に男が部屋に行くのはまずいだろう?』
『イイしかまだ連絡先入ってないの。助けて、お願いします』
何だかガチの雰囲気を読みよって、最終確認をする。
『本当に、本当に良いんだな? 行く、ぞ?』
『待ってる』
交換した連絡先に入っていた住所を見直すと、タクシーで30分かからず行ける場所だとわかった。
俺は服を着ると、まだ暗い外へと旅立つ。
「まいどありがとうやっしゃー」
そして場面は変わってコンビニ。
普段は節約派の俺だが女子高生(の胃袋)を助け出せ、という高難易度ミッションを遂行すべくおにぎり、サンドイッチ、バナナ、後はヨーグルトに豆乳を買っておいた。
それらを二人分買うと、俺も未だに空腹感が収まらないのを我慢してタクシーに乗り込んだ。
「****までお願いします」
「はい」
そしてタクシーに揺られる事ジャスト30分。ついに桜の家前まで到着していた。
「4240円になりまります」
「くっ、五千円からで……」
何という出費だろうか。一人暮らしにも関わらず一晩で生活費をゴリゴリ消耗してしまった。
これで帰りも同額とか考えたら、眩暈すら覚える。
始発電車を待って、620円で帰りはすまそうとそんな事を思いつつ桜の家を眺めていた。
「デカイナァ……」
目の前には二階建ての一軒家がドーンと構えており、非常に大きい白色っぽい(暗くて正確な色は不明)門が俺の行きてを阻んでいた。
『着いた。門デカクネ?』
『そこは鍵ないから、入って良いよ。一階がお父さんとお母さんいるから、静かにね』
『お腹すいた』
何というプレッシャーだ。ナビをしつつ、お腹すいた(急げ)という連続メールに、俺は手にもつコンビニ袋を胸に抱いた。
コシュ、とこすれるビニール音もこうしておけば大分軽減されるだろう。
桜の指示通り、門をくぐり玄関のある場所まで到達すると一つの箱が出てきた。
暗証番号が12桁とか、外に合鍵おくのはセキュリティが高いのか低いのか。カチカチカチと入力を終えると、ロックが解け中から合鍵が出てくる。
『そういえば、防犯カメラがあるから早めに移動してね』
ちぃ!? 思わず周囲を警戒して、防犯カメラを正面から眺める形となってしまう。
いわゆる顔バレだ、が24時間監視されているタイプでなければログから俺をみつけるのは困難なはず。スグにその場を離れると、上下にある鍵にぞれぞれ合鍵を通す。
ガチャリ、ガチャ、と二回程鍵が開く音を鳴らすと、俺は意を決して玄関の中に入る。
そこで靴どうしたらいいんだよ、と気づきしょうがなく脱いだ靴を手にとった。
コシュカシュ、とコンビニの袋がこれでもかと擦れる音を放ち、胸に抱えて清音計画は完全に失敗していた。
それでも誰かが起きてくる気配は無く、階段を登ると右側に部屋をみつける。
そっと扉を開けると、電気が消えた部屋の中ベッドで仰向けに倒れている桜を発見した。
何故か下着姿なのは、この際おいとこう。
「なぁ、桜、だよな?」
「あぁ、イイ! お腹すいたよぉ、うぅぅ」
本気で動けないらしく、両手をあげ起こしてのアピールをする桜を起き上がらせると、目に涙を浮かべた桜がありがと、と呟いていた。
「ほら、好きなの食べろよ」
「おにぎり、貰う」
そういって取り出したおにぎりを頬張る桜をみていると、自分も空腹だったことを思い出す。
「俺も、食べるわ」
「うん」
ベッドに二人して腰かけおにぎりを食べる図。それも女子高生の部屋で、下着姿の女の子とだ。
正直、おにぎりの味がわからなかった。
「助かったぁ! ん? 何みているの? ……あっ」
俺の視線に気が付いたのか、自分の姿を確認した桜はクローゼットまで移動するとケープを一枚はおっていた。胸は隠れるも、下が履いてないような見た目になり余計に目のやりどころに困る。
「へへ、ごめんね」
そう言うとベッドに腰かける桜は続けた。
「本当に、怖くて、お腹すいて動けないし、暗闇の中で心細かったの。イイが来てくれて、本当に感謝しているの。私って女子高だし、男の子とどう接して良いかよくわかんないけど、少しだけ良いかな……」
「何が良いンデスカ?」
「こうするの」
不意に抱き着けられ、俺の思考は完全にショートする。
「まだね、怖いの。ゲームだと思ってたのに痛いし、怖いし。お腹はペコペコで本当に死ぬかと思ったの、イイがいてくれて本当に良かった」
桜も例外なく、あの恐怖や痛みを味わっていたのか。
いよいよ、このRLというゲームがわからなくなってくる。
本当にただのゲームなのだろうか?
「ふぅ、ありがとう。落ち着いた」
「ああ、そりゃなによりで」
そんな曖昧な返答をしつつ、桜に抱きしめられて一つだけ理解したことがあった。
ラーシャさんも同じように、俺を抱きしめ心を落ち着かせてくれたんだという事に。
「それじゃ、俺は帰る」
「待って」
ガシッと腕を掴まれると、桜はとんでもない言葉を発していた。
「抱き枕」
「へっ?」
「一人じゃ寝れないから、居て」
ノゥゥゥ、誘ってやがる! 間違いなく誘ってやがるよ! しかし、しかし女子高生の実家で、夜中に突然男がやってきて同じベッドで抱き合って眠るとか、くそう、くそう。
「流石に、ダメだろ?」
「もう既にダメなこと一杯してるよ」
何て笑顔で返しやがる。それも既にいっぱいて。
「あー、でもな? 理性というか何というか、我慢にも限界というものがあって」
「抱き枕」
ポンポン、とベッドに戻って来いと催促され、俺の心は誘惑に打ち勝つことが出来ずベッドインしていた。
「おやすみ、イイ」
「ああ」
本当に、俺を抱きしめるとスヤァと寝息をたて始める桜。
くそ、これは何から始めて良いんだ!? いや、始めても良いのか!? くそ、くそくそくそ。
甘い香りに、俺の理性はすぐに飛んで行った。
「おはよう、イイ」
「ああ、おはよう桜」
既に日が昇り、カーテンの隙間から朝日が差し込む。
これがうわさに聞く朝チュンというやつなのだろうか、俺も偶然から始まった出会いからよくもまぁここまで一気に駆け抜けたものだ。
「昨日の、凄かったね」
……何だこの笑顔は。いや、そんな顔でみられたら第二ラウンドが……始まることは無かった。
『コンコン、ガチャ』
俺の心は完全にフリーズしたね。脱ぎ散らかした服が散乱する部屋の扉が開け放たれたのだから。
「おねーちゃん、起きて……ルゥ!?」
裸同士の俺達の姿を捉えた女の子は顔を強張らせ、ぎこちない動きでソッと扉をしめようとする。
「待ちなさい」
ビクンと肩を震わせる女の子は、桜に手招きされ部屋の中へと入ってくる。
俺達に背を向けてくれている間に、服を着た俺は正座で部屋の真ん中あたりで待機するのだった。




