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215.真ラストダンジョン(26)

 私達は今、第七階層の目標エリア【役所前】に到着している。

 通常のダンジョンと異なり、世界の中に街そのものがダンジョンとして扱われ、最終階層はその中心部にある役所の四階だという。さすがヘルダンジョンだというべきか、あきれてしまうべきか。

 ダンジョンというのは名ばかりで、ここ七階層に至っては完全にただの街の中。戦闘行為などは一切なく、まるで地球上で日常を過ごしているのでは無いだろうかと疑ってしまうレベルである。

 勿論、祈願者が叶えた世界故に疑うまでも無く非現実な世界なのだが。


『あーサボりてぇ、アイツに仕事全部おしつけてタバコでも行くか』『空気悪いし、アイツ早くどっか行かないかしら。むしろ死ね、消えろハゲ』『今日も可愛いなぁ、天使ちゃんだなぁ』『あの年増女、また色目使って仕事しろよ』『皆しなねーかなぁ』『今日は彼とデートだし、頑張ろう』『クレーマーが来ませんようにクレーマーが来ませんように……』『早く帰って続きをやるんだ』『上司アイツまじでつかえねぇ』『今日もとことん貢がせて私に尽くせばいいわ』『昨日まちがった書類、気づかれてないかなぁ。まぁいっか』『アイツをヤルアイツをヤルアイツをヤル』『今日もアイツの財布からパクってやろ、鈍い奴が多くてほんと簡単だわ』『キモイキモイキモイキモイキモイキモイ』


 役所前、つまり人との距離が一定以上縮まる事により相手の心の声が一気に流れ込んでくる。無差別に、おかまいなしに、体面的な言葉ではない心の声。抑える事を知らず、悪も正義も無い混沌の声。


 営業が始まる十分前に私達は入り口付近を占拠しているが、こんな感じで心の声が無差別で私達を襲ってきている最中である。


 そう、この声の主達は一般市民。役所という名の第八階層へ続く第一フロア。

 総勢百名の声はこれから悲鳴に変わるのだろう。


 こんな状況下では、いくらゲームの大会で、日常で数多くの野次を浴び続けた私達であろうと心が逃避してしまう。これは本当に時間との闘い。


 現実であり、それでも地球の運命を守るための殺人行動。

 効率を求め、いかに相手を瞬殺していけるかだけを考え、ミッションをクリアするために研ぎ澄まされていく集中力。大丈夫、私達は対人戦プレイ中は完全なるトランス状態となれる、なるしかない。


 そうでなければ、プロゲーマーにはなれなかったから。


 私は手を上げると、手首を返しGOの合図を送った。

 役所が開く五分前の事だった。


 完全攻略ミッションの開始である。




 ゴゥ、と音を立て道路をキュキュキュキュキュと想定外の摩擦が発生して空転するタイヤの音が鼓膜に届く。そして音が耳に届いた時には私達の布陣の中央を一機の戦闘機が加速を続け役所内へと突っ込んでいった。


『      』


 あまりの事態に役員たちは思考が一瞬停止したのだろう、心の声に静寂が訪れる。

 そしてその静寂は折り返す波の如く、怒涛の勢いで流れ出す。

 悲鳴、歓喜、混乱。自分だけが助かろうとする声、誰かを助けようとする声、祈りの声、客観的にみている声、自分は大丈夫だろうとスクープだとネタだと浮きだつ声。


 最初は数名、突っ込んだ戦闘機に轢かれ、吹き飛んだ壁や備品などで怪我をする者数名。だが、戦闘機は容赦なく突っ込んだ先でジェットエンジンを点火した状態で方向転換を始める。

 戦闘機の背後数十メートル範囲にあったものは生物、無機物かんけいなしに夏場のアイスのようにとろけきる前に焦げ散ってゆく。


 そこまできて客観的にみえていた役員達の心の声も同様に変わる。

 これは逃げなければいけない、と。

 近くに居る人を盾にすべく、襟をつかみ腕をつかみ、引っ張りながらも我先に離脱戦と走りだす。


 しかし。


 私は無情にも次のサインを送る。

 入口周辺は私達が同時に侵入できるほどのサイズとなった、ジェットエンジンで焼かれたガラスや鉄など散乱する中、私達は熱さを感じる訳でもなく、未だ燃え盛る炎の中へと体を進める。


 多少はダメージがあるかと思ったが、今の装備かつクーコが生成したスクロールにより熱耐性は完璧に完全、一切の支障なく前へ進むことが可能だった。


 私達がここ七階層で手に持つはハンドガンにショットガン。

 遠距離用のライフルはここでは不要だが、物好きな子はライフル片手に至近距離からのKILLを決めていく。


 誰一人として逃がすことなく、私達はその脳天にヘッドショットを叩きこんでいく。


 断末魔とは、こうも気分を悪くするのか。

 何がゲームで人型のNPCを殺すのは悪影響を及ぼすだ。


 どう考えたって現実と非現実では別物だというのに、私達にそんな自分の考えた世界観だけで出来るなんて決めつけないでくれ。私達の誰もが、心を蝕まれるのを止められない。


 それでも、一度見た地球崩壊のショックから免れるのならばと。

 正義のための悪行が許されるのかどうかなんて、誰もわからなくとも。


 私達は心を偽るしかない、誰一人として文句は言っていない。

 ただただ、今もゲームの大会中なのだと鍛え上げた精神力のみで突き進むしかない。


 時間にして僅か三分。

 三分あれば、この百名が働けるオフィスを占拠できてしまうのだ。

 秩序も、倫理も、道徳も何も無い、ただただ目的の為だけに。


 気が付けば幅数メートルはあろう、広めの階段をかけあがっていた。

 第八階層だ。


 第八階層に居座る十二人の役員達。

 私達の存在に気付いているだろうが、もう止められない。

 私達は貴方達とまともにやりあうつもりなんてさらさらない。話をすれば、会話をすれば今の私達は総崩れをする自信が私にはある。


 第八階層に入った瞬間、私達は何も考えずに一斉射撃を開始する。

 数の暴力、突発的な有無を言わせない弾丸の雨。

 相手も準備さえできれば、心を読み行動さえできれば私達を崩壊させることは出来ただろう。


 でも、私達は事前に知っていた。


 私達は行動出来るだけの理由を持っていた。


 何かのスクロールを手にしたまま息絶えた人だったモノを後に、私達は駆けあがる。



 第九階層。

 支配者二名がいるこの場面。


 流石に突発的ゲリラに出現した私達の射撃に、対応してみせた。

 その上で、声を発しようとしたところでフラッシュバンが炸裂して全ての音と視界を遮る。相手の心の声が、私達の心の声が交差する中、五感のうちの二つが失われている今。


 ラッキーファイアが決まれば良い、ただただ私達は乱射する。


 私達は今、第九階層でお互いの心の声が交差する状況。

 崩壊寸前。

 後数メートル進み、後一戦で全てが終わる。


 だから、それまで……。






 第十階層ラスト

 情報通り、自暴自棄になった少女は語る。

 イベント戦のように、先手を打って問答無用で倒すという事は叶わなかった。

 だが、語るだけ語り私を殺せばいいとだけ良い、想定外に遠距離無効だった祈願者に対して私は春一番を握りその首を一閃した。


『第十階層の禁止種ヘルダンジョンクリア者が誕生致しました。禁止種のクリアにより、地球という名の星は延命に成功しました、おめでとうございます』


 脳裏に響く電子系のボイスが、ただでなく不快な気分を更に不快にさせる。


 おめでとうございます、という言葉が終わるとその続きは特に何も無く。

 燃え盛る第七階層のフロアの火の手は既に下の階層まで迫ってきている。私達は無言で次々にログアウトをしていく。誰一人、会話をすることなく。




 ダンボール内の空調はキンキンになるほどの冷たさになっていた。にも関わらず、嫌な汗が体中にベットリとまとわりつく。まるで返り血でも浴びたかのような、ぬるりとした汗が。


 デバイスを外す手が震え、十分に時間をかけてそれらを外すと私は外へ出た。


「終わり、ましたね」


 綾君が涙を流しながら、私へそう言ってくれた。

 この涙は地球が救われたことに起因しているのだろうか、それとも未熟な思考なまま願い事を叶えてしまったあの子の居る世界に対してなのだろうか。


 ダメだ、思考力がとことんダメだ。

 気が付けば私は自宅まで戻り、ベッドでいつの間にか眠りこけていた。


 皆はどうしたのだろうか。

 私達を導いてくれた少年と少女はどこへ行ったのだろうか。

 考え事をしながらシャワーを浴び、私の最後の服へ袖を通す。


『菜茶、行くのか?』


 私はハウルデバイスを机の上に置くと、ああ、とだけ返し部屋を出た。


 差し押さえの札があらゆる場所に張られる我が家だった場所を見ながら、踵を返す。

 世界を救うために全財産を払い、全力を尽くした。

 本来の約束であれば、プロゲーマーの皆との対人戦に無制限で付き合う約束をしていたのだが。


「誰も、もう遊べやしないわよね」


 未知の感情。

 未知の体験。

 私達ゲーマーには荷が重すぎた世界の存亡をかけたプレイ。


 頭痛がする。

 これが二日酔いというやつなのだろうか。

 私は初めての酒に心を委ね、私は全てを失った。


 世界は救われた。

 私達は全てを失った。


 今も尚、ローグライフは稼働を続けている。

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