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021.ミスティックナイト(7)

 第二層は広い道が四方に広がっている、そんな広大な空間のど真ん中に降り立っていた。


 その内の一つの道は完全なる暗闇が続いていた。

 その隣の道は薄暗い闇が広がっており、遠目に見てもどこまで道が続いているか全く予測がつかない。

 残る二つの道に関しては灯りがあり見通しのきく道だった。


 そんな灯りを背に受けつつ、薄暗い闇の中へと駆けた。


 まだこの薄暗闇に目が慣れていないまま突っ込んだ俺は、視界による情報よりも全神経を研ぎ澄まし感覚に頼って気配無き気配を辿った。


 刹那。


 背中から気配を感じとるも反応が出来なかった。ドンッ、と鈍い感覚に全身が包まれる。

 肺に溜め込んでいた酸素が一気に漏れ出て、かすれるような呻き声をあげてしまう。


「かはっ」


 片膝をつき、振り向くと同時にソレは俺に覆いかぶさってきた。


「くっ、やめろっ!」


 強めの口調で声を上げたが、ソレはお構いなしに両肩を強く掴むと俺を地面に押し倒した。

 それと同時に迫る敵の正体を目に、俺は一気に混乱に陥る。


 混乱するにはいくつもの要素があった。


 何故、こんなにも全身に痛みを伴うのか? 初めてヘルダンジョンに入った時にも、一度だけ似たような体験をしている。しかし、今回の痛みはその時の比にならない程の痛みと恐怖だった。


 そしてもう一つ。何故ゲーム内で押し倒された俺は本当に身動きがとれないでいるのだろうか? このデバイス空間は座って足を延ばす程度には広いが、俺が寝転がれるだけの広さは決して無い。


 これもVRならではの精神干渉なのだろうか?


 立っているにも関わらず、押し倒されていると錯覚するに十分な干渉状態なのだろうか。

 いろんな考察が脳内を駆け巡るが、結局俺が取れた行動はコレしかなかったのである。


「くっ、やめろっ、やめろーーー!」


 無様に叫び声をあげるだけしか出来なかった。

 結果、恐喝、恐怖状態に完全に陥っていた。


 目の前の敵はスケルトン。


 全身骨だけのソレは、カチカチカチと歯を鳴らしながら嗤い嘲る(わらいあざける)ように顔を迫らせていたのだった。


 もうダメだ、そう思った時だった。

 俺の聴力だけが正常に戻ってしまった。

 本当に最悪のタイミングでその声は聞こえてきてしまった。


「やだやだやだやだやだやだやだ、やめてよっ、いやぁぁぁぁぁぁ」


 悲鳴。


 俺は強く目を瞑ると、早くこの悪夢から解放されないかと強く祈っていた。

 

 そんな祈りが届いたのか、悲鳴をかき消すほどの声が闇の奥より響き渡った。


「この外道どもめっ、消え去るが良いっ! マジック、ディスホーリー!」


 ビリリッ、と何かが裂ける音と同時にスケルトンの全身が光に包まれた。

 途端、一秒もかからずその光は収束を始めるとスケルトンと共に淡い光となり消え去った。


「ぁ、ぁぁ……」


 呼吸が、声が、上手くだせない。

 思考がうまくまとまらない。

 ただ、これだけはわかる。


 助かったのだ、と。


 体の自由を手に入れ、生きている実感を手にした瞬間、立ち上がろうとした体は強張りグッとその場に座り込んでしまった。


「やれやれ、気になって戻ってみたら危ないとこだったじゃないの。そっちの子は意識を失ってる分、気が楽かしらね? さて、君については少々手荒にいくよ」


 声の主はそう言うと、かたくなっていた俺の体を抱きしめた。

 ふわり、と柔らかい感触に顔が包まれ、絶対的な安心感に全身こころが包まれた。


「ふぁ」


 どっちの声だっただろうか。そんな短いほっとしたような柔らかな声が漏れていた。

 しかし次第に呼吸が辛くなり、ついには体をジタバタとばたつかせて解放を求めた。


「ふぅ、動けるようになったようね? もぅ、何で男ってばこの方法でスグ復活するのかしらねぇ」


 やっと解放された俺は、声の主が誰だったのかやっと理解した。

 そこには先ほど別れたはずのラーシャさんが居たのだ。


 壁際に脱ぎ捨てていたのだろう、鎧を片手で持ち上げると内側に備え付けていたと思われる竹製だろう筒を取り出すと、中から水をバシャッと桜の顔に向かってふりかけていた。


 顔に水をぶちまけられた瞬間、桜は「ひっ」と小さな悲鳴と共に意識を取り戻したようだった。

 桜を襲っていたスケルトンは完全に消滅しなかったようで、桜に覆いかぶさるように崩れ落ちていた。


 そんなスケルトンに襲われた姿のままの桜は、あうあうと口をパクパクさせることしか出来ていなかった。

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