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206.真ラストダンジョン(17)

「ちょっと、はやすぎるネ!」

「インターバルの意味、無い」


 ジャンとジェがそれぞれ走りながら声を上げるが、答えてあげる余裕まではなさそうだ。


「おさきにぃ!」


 が、カタリナは無駄口を叩けるくらいには余裕があるようだ。口柄か、アピールするのが大好きだからリッピサービスを余裕が無いにも関わらず叩いてしまうのだろう。でもね、余裕がない時こそプロゲーマーは本気を出さなきゃいけないのよ?


「ジャン、ジェ、私たちに追いついて見せなさい!」


 スピードを落とさず、そのまま背走に切り替えると腕を組んでそう挑発してみせた。

 私はやり切ると、再び前方を向き走りだす。カタリナとの差が少し開いてしまったが、その差10cm程度か。相手がどれだけ強かろうが、リップサービスはもっと派手にやるべきよ。


 ジャンとジェが悔しそうな声を上げているが、その声もだんだんと遠ざかっていく。


「モンスターってのは存在したのね」

「貴女もまぁまぁ同類よ」


 曲がり角では弧を描きながら速度調整をしたり、ZST(ゼロスピンターン)技術による直角移動をしてみたり。あまつさえ、壁蹴りによる移動まで始めた私たちはもはや忍者も驚きのスピードでダンジョン内を駆けていた。


 すると、次は紅とEmmaの背ともう二組の後ろ姿が見えてきた。

 が、どうやら進む足は止まり戦闘中のようだ。この第三階層のもう一つの脅威。ドッペルゲンガーとの戦闘なのだろうけど、紅やAI君がいるにも関わらず足止めを食らっているという事は相手は上位陣の誰かがコピーでもされたのだろうか?


「勝負はここまで、ね」


 私はそう言って見せると、カタリナの前にグイッと体を出す。


「なっ、まだ加速するの!?」


 カタリナのそんな驚愕する声を背に受けつつ、私はフレームの刻み幅をより細かく意識して足を前へ前へと繰り出す。当然、カタリナが認識している最速よりも多く足を回す機会を得た私が前に出るのは道理である。


 轟く駆ける足音を認識すら出来ず、静かに加速したように見える私に驚いているようだが、ヘルダンジョン攻略者でもないカタリナがここまで張り合えたことは十分に誇って良いだろう。


 そんな事を思いながらも、私は紅に声をかけていた。


「苦戦してそうね?」

「もう来たの? 正直助かる、アレは強すぎる」


 AIが拳を振るい、とろろ昆布が中距離から銃之支配で生み出したハンドガン握った右手を左手首に乗せ、精密射撃の体勢をとっていた。しかし、ドッペルゲンガーはその全てがヌルイといわんばかりに片手でAIの拳をいなし、銃弾の射線上から身一つ分をずらし正確に避けきって見せていた。


「悔しいけど三人による一斉射撃もダメだった、私たちのAIMじゃあの敵一体ですら捉える事が出来ないわ」

「もう一体は後ろで佇んでいるだけ、と?」

「ええ、得体もしれないわ」


 まるで紅、とろろ昆布、AI、Emmaの四人同時相手が退屈しのぎにもならないとばかりに素手で対応してくる敵は、ピンク色のスカートを履いた女性。鎧もディティールが細かく、淡いピンクと白のいろどりは装飾品の為の物品かと見違えるほどの出来栄えだ。

 そしてその後ろに佇むもう一人の女性は黒いセーラー服を纏ったパッと見女子高生のような存在だった。透き通った瞳は酷く冷たく、全てを拒絶しているかのような視線に体温が一気に下がる錯覚に陥った。


「情報と違う、わね。でも、最悪以上の最悪パターンってのも存在しててもおかしくなかったか」


 私も息をのむ。

 皆、肥大化デバフ状態で動きが少し悪くなっている。かくいう私も、どうやら胸がくるしくなってきているので、影響は胸元に集中している事がわかる。まぁ、元々が……いや、それよりも。


『ハウル、あの二人は何者?』

『無、データベースに存在しない個体だ菜茶』


「AI、変わりな!」

「菜茶さん!? お願いしますっ」


 AIと入れ替わりざまに、私はフレームの隙間を縫うように移動すると敵の目の前でニッと笑顔をみせつけてやった。が、まだ敵さんは甘く見てくれているようだ。


 更に加速して見せた私は、その場にしゃがみ込むとどうやら敵さんも私が目の前から消えたような錯覚に陥ったらしい。その場から一歩後ずさろうとしたが、私は構わずその場から渾身のサマーソルトを放ってやった。


「ギィィィ!」


 レッグブレードが何かを抉る音がするが、決して金属鎧に接触したような音でもなく、感触でもなかった。


「ちっ、厄介ね」

「菜茶さん!?」


 私の目の前には薄皮一枚ほどの氷の壁が張り巡らせられ、私のレッグブレードはその氷の壁の表面を僅かに削った音だったことに気が付いた。


『瞬、背後の敵が魔力を使用した事を捉えた』


 丁寧にハウルが解説を入れてくれるも、問題は氷の壁の強度である。

 薄皮一枚程度の氷さえ貫通出来なかったことから、あの鎧を着た女の鎧強度もこれに比較にならない程硬いのだろうと推測出来た。


 つまり。


「今の私たちの装備じゃ太刀打ち出来ない! 技術云々以前よ」


 私の言葉に、紅が目を見開いて見せた。


「菜茶さん、貴女でも無理、なのですか!?」

「装備次第、ね。でも今は分が悪すぎる、私達の領域とは別次元の敵よ」

「そう、ですか。一度元来た道を戻りましょう」

「決断が速くて助かる」


 四人が認識を共有すると、来た道を戻る為に駆け出す。

 逆走する事なんか頭に入れてなかったから、道中を誤りそうになりつつも誰もはぐれることなく逆走をつづけた。途中、ジャンとジェがウゲェ、と声をあげながら回れ右をしていた。

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