002.レディ(1)
矢で全身を貫かれた感覚が未だ拭えず、アップデートが始まるまでにもうワントライする予定だったのを切り上げ没入デバイスから抜け出した。
防音ダンボールに包まれたソレから出た瞬間、全身汗だくになっていた事に気が付く。
夏の真っただ中、冷房が止まり部屋の中は蒸し風呂のごとく熱気を溜め込んでいた。
「しまったな、タイマーつけたの忘れてたぜ」
ついついプレイにハマってしまい次こそは、次こそはとプレイを重ねる内に歯止めが効かなくなっていた。冷房のタイマーが切れたら暑くて遊びどころじゃなくなるだろうと安易に考えた自分の行動が恨めしい。
冷房をつけなおすと、机に向かいノートをめくる。足の裏が未だにVRデバイスの一つ、移動床の感触が抜けないままペンを握り意気込む。
「いざ」
宿題をこの26時間という制限時間で仕上げ、アップデート後のプレイに備える必要があるのだ。クイッと体重を預けた椅子を前に移動させようとするも、腰移動をしようとしてしまい体だけが無意味に前進する。
いけないな、と頭をボリボリかきながら思い返す。あの段ボールの中の移動床は全方向へ対応したキャタピラーのような床だ。材質は聞いたこともない物だったが、砂浜のような感触の床でゲーム内の地面とリンクしていて硬くなったり柔らかくなったり。冷たかったり熱くなったりと不思議な床である。
腰回りには輪があり、そこから伸びるロープで腹巻のようなデバイスと接続すると、体がその場に固定されたような体感になる。そこで、このロープに体重を預けて足を軽く動かして移動するテクニックが扱えたり、このロープを利用した腰移動が非常に重要になってくる。
専用デバイスのグローブを両手にはめ、瞳を覆うような眼鏡型のゴーグルを装着すると、VRRLG、RLの世界へと没入が完了する。
段ボールの内側に取り付けられたスピーカーから鳴り響く音響効果は、高級スピーカを買うよりよっぽど良いものといえる。それがたったの39,800円なのだから、人気が出て当然である。
「っぁぁ!?」
パンツ一丁のまま、軽食に用意していた菓子パンとぬるい麦茶を流し込むと既に30時間以上の時間が経過していた。そして、夏休みの課題も全てこなした俺は気合を入れ没入の準備にとりかかった。