183.茶をしばく(2)
国際展示場駅へ向かう三人は、バス乗り場で痴話げんかをする男女に視線を移していた。
「あれって」
乙女が口に出し、控えめに指をさしたその先にはカタリナ・ホワイトとドクタータクトの姿があった。
カタリナは大型バスの目の前で座り込み、そんな彼女を立ち上がらせようと手を焼いているのがドクタータクトだった。
「どうしたんだろう……」
菜茶はわざわざ首を突っ込まなくて良いだろうとあえて目線を逸らしていたが、純粋に二人を心配する乙女の心に、声をかけるしかないかと胸中でため息をついていた。
一方、咲はレースゲーム界のNo1のカタリナとも仲良くなれたら良いなぁ、程度に視線を送っていた。
「しょうがないね、ちょっと声をかけましょうか」
「うんっ!」
菜茶の同意を得た乙女は余程気になっていたのだろう、小走りにタタタタッと二人の元へ駆け寄っていく。
何あの駆け寄り方、可愛い……げふん、話の続きを確認しよう。
「どうしたんですか、カタリナさん?」
背後から脅かさないように、優しく語り掛ける乙女の声に、顔をあげふりむくカタリナ。
その顔には一筋の涙の後があり、乙女もこれは声をかけるべき場面じゃなかったか、と顔を真っ青にしてみせた。
「ん、君は確かHotGirlsの……名前を教えてもらってもいいかしら?」
「あの、私は」
「カタリナ、彼女はとろろ昆布さんじゃないか、まだ頭に入れてなかったのか!? 彼女の動きは是非中距離に置いて相手を惑わす為の」
「シャラッップ! あんたに聞いちゃないわよ!」
「これだからアメリカ人は、威圧だけで場を制しようとする! もっと冷静かつ効率良くだな」
「この効率厨がっ、お前も同類だろうがっ」
「おっ、そういやそうだったな」
カタリナよりも高いハスキーボイスでドクタータクトは笑って見せると、乙女に喋って良いよと目線で伝えてくる。
「あの、私は姫川乙女で、とろろ昆布の名前で通ってます」
「乙女ね、オーケー、覚えたわ。恥ずかしいところ見せちゃったわね」
「いえ……いえ、何かあったんですか?」
待ってましたとばかりに立ち上がったカタリナは、乙女と同じ視線でジッと目をみて語り出す。
「聞いてよ乙女、この駐車場にバッテリーチャージャーがないのよっ! 私の愛車、電動なのにっ。日本って遅れてない? 普通どこにだって自動車充電場所くらいあるでしょう!?」
「えっ、えーっと、車ってガソリンで」
「私の愛車はガソリンを使わないの。電動のスバラシイところはね、圧倒的パワーなの! このマッハフルゴーはその圧倒的力で、空も海も自由自在なのにっ」
「カタリナ君、何度も言うが仮に充電が出来てもここ日本ではソイツは走らせないからな? 何度も言うが、何度でも言うが、それは走らせちゃダメだからな!?」
「この愛車の素晴らしさがわからないアンタの感性が私には信じられないわよっ!」
再び目に涙を浮かべ、そう訴えかけるカタリナ。
どうやら愛車の素晴らしさと、走らせることが出来ない想いからの涙のようだ。
決して男女の痴情の縺れでは無かったようで、一安心といったところか。
「なかなか凝ってる車ね、ジェットパーツに5千万に水上走行パーツに2千万、でそのサイズからして軽く億は超えてるわよね」
吟味するように考察する菜茶の言葉に、カタリナの表情が輝きを取り戻す。
「流石、マイティ! わかるかしら、この私の全財産をつぎ込んでる愛車、マッハフルゴーの素晴らしさが! 他にもね」
「はいはい、カタリナ、ここで語ってたら日が完全に落ちるわよ? これからお寿司を食べに行くんだけど、貴女達もどうかしら、どうせだし私がおススメのお店に連れてってあげるわよ」
「おお、そりゃ助かる。カタリナに無理やりドライブにつきあえと引っ張られてきたのに、この通りガス欠の車にしがみついて離れなくて困っていたんだ。私は知り合いがほとんどいなかったし、途方にくれるとこだったよ」
「……わかったわよ、決してお寿司に心ひかれた訳じゃないからね」
「よし決まりだ、それじゃ行こうか」
おー、と声をあげ駅へと向かいだす四人に、カタリナは吠えた。
「電車ですって!? くっ、この私が電車に乗る日が来るとは……いいわ、電車だって乗り物、運転して見せるわよ!」
「あー、電車は運転手さんが運転するから、カタリナさんは大人しくしときましょうねぇ」
咲がそんな突っ込みを入れると、誰!? と目線を下げやっと先の存在を認識したカタリナは、何この子可愛いと心奪われるのであった。
そして一向は大井町を経由し蒲田駅へ。
「かぁまたたたたーっ駅」
拳を何度も繰り出すフリをして、テンションアゲアゲな先にカタリナもタクトも「アタタタァ!」とテンションをあげて駅を降り立った。
「恥ずかしいから、やめようよぉ」
乙女は顔を真っ赤にしながら、そんな三人を説得しようと必死だった。
「ほら、あそこに見えるお寿司屋さんに行くわよ」
そんな四人を先導する菜茶は、駅前から徒歩一分程度の距離にある寿司屋を指さす。
店の上には巨大な看板で『中トロ60円!』『大トロ60円!』など、でかでかとネタをアピールしていた。その外見からは胡散臭さしか感じ取れず、まず初見では入ろうと思わない、そんな店構えだった。
「あの、菜茶さん、あそこに入るんですか?」
「ええ、そうよ?」
「わぁ、何か胡散臭そうー」
「日本の観光まだしてなかったし、お寿司初見なのよねぇ」
「カタリナ君、君は寿司を食べた事無いのかね? あれは良いものだ」
と、それぞれ思い思いの会話をしながらあっという間に店前まで到着した。