182.茶をしばく(1)
カランコロン、と氷がグラスの中で音色を立てる音を聞きながら冷静に状況を分析していく。
「なぁ、どうも三日間ほど暇になるらしいぜ?」
筋肉質な男がそう言い伸びをすると、その上司だろう男が言い返す。
「馬鹿言え、俺達はこの依頼が終わるまで無休だ馬鹿野郎」
「いやいやいや、本気っすか? 地球が滅亡するなんて、にわかに信じられないんすけど」
「ちっ、信じられないなら仕事と割り切れ。やり切れば特別手当が出る事を目標にやりきれ」
「へいへい。しかし暑いっすね、この部屋32度あるんですけどー?」
「空調の効きは確かに悪いが、冷たいジュース飲みながらなんだし文句言うなよ」
「それもそうっすね。毎年どんどん暑くなってるけど、この調子だと十年後には四十度超えるんじゃないっすか? そうなりゃ、本当に暑さで人類は滅亡するかもしれませんね! ハハッ」
「そんな訳無いだろう! ったく、口ばっか動かさないでどんどん登録していけ! 俺にはお前と違って守るべき家族がいるんだ、守れる可能性があるのなら俺は何だってしてやる。あんな映像みせられたら、何とかしたくなるだろうに」
「あんな米粒程にも見えない星が見えたくらいで、皆考えすぎだと思うっすけどねぇ」
人間は不思議な生き物だ。
目の前の脅威に対して、何故ここまで無防備な思考がとれるのだろうか?
個の築き上げた体感と考察が、データという最も信頼のおける情報を蔑ろにするのだ。
「おっ、またエラーだ、何だかさっきから重複データエラー多くない?」
「適当にやってんじゃないだろうな? まぁ重複でも良い、どんどん登録して学習させろ!」
そんなバックヤードでのやり取りがなされている中、プレイヤー達はそれぞれ自由な一時を過ごしていた。
「君は移動しないのかい?」
「マ、マイティ! さん、えっと私はその……」
椅子からスッと立ち上がると、阿賀沙汰菜茶の身長を凌駕するとろろ昆布こと、姫川乙女が世界最強を見下ろす形となった。
「ほぅ、姫川は思いのほかスタイルが良いのだな」
綺麗な顔立ちに、ストレートの黒髪が日本人女子として非常に好ポイントである。
和の心が好きな菜茶にとって、同性として好みのタイプだった。
「そ、そんな事ない、です。マイティさんには全然劣りますとも!」
「むっ、そんなに言わなくても良いのだがね? それと、私の事は菜茶と気軽に呼んでくれて構わないよ」
「そ、そんなっ」
姫川が手をぶんぶん振ってとんでもない、とアピールしているところに別の声が乱入した。
「ねぇ、私も混ぜて? いざ何処か行こうと思っても、思いつかなかったらマイティとお話している乙女がいるんだもん、いつの間に仲良くなったのよもぅ」
「LiLyさん、で良かったかしら?」
絡みはまだほとんどなく、宇宙の彼方で指示を受け、それに応えた程度の間柄である二人だが、現実で改めて名を呼ばれ嬉しそうな、嬉しくなさそうな複雑な表情をしてみせるLiLy。
「えっと、その、はい。本名は植村咲っていいます。その……」
「咲ちゃんね、気軽に菜茶と呼んでくれて構わないよ」
「はいっ! でも、ちゃんづけはちょっと……」
姫川、阿賀沙汰、植村の順で背が高いのだが、植村咲は人一番小柄だった。
「これでも乙女より年上なんですからっ!」
「ほほぅ?」
「二十歳ですよ二十歳! お酒デビュー出来る年齢なんですよっ!」
「わ、私だってもうすぐ二十歳になる!」
「二人とも若いわね、若さに嫉妬するなんて私も叔母さんかしらね?」
そんな菜茶の発言に、ぶんぶんと首を大きく振ってみせる二人。
「そ、そんな事ありません! 菜茶さんは私たちの憧れですし、美人でカッコいいし」
「そうよね。ゲームがめちゃくちゃ上手いし、その反射神経が私も欲しいっ」
「ふふ、ありがと二人とも。姫川さんの陽動力は誰にもできる事じゃないし、植村さんの超近距離最大火力をプレイスタイルに取り入れる変態プレイは、私も大好物よ?」
プレイスタイルまで把握してくれている事に、一瞬驚く二人だが姫川は照れてうつむき、植村は無い胸を主張するが如くどうだ、凄いだろうといったポーズをとってみせていた。
「それで、二人とも予定は無いのかしら?」
再び本題に戻る。
プロゲーマー達は既に最終目的地へと向け、それぞれの宇宙船の宙路へと舵を切って終わっていた。
後は目的地へつくまで、しばらく待機となっている。
「私は実家が遠いですし、彼氏も居ませんし……」
「おーおー、乙女には私が居るじゃないか!」
「さっき儚夢さんやリーダー達とJOJO庵行こうとしてたじゃんか」
「いや、だって乙女食欲が無いって言うからさぁ? いや、私だってわかるよ? あんな経験の後だもん、正直めちゃくちゃ混乱したし、めちゃくちゃ混乱したし!」
「咲ちゃん、二回言ってるよ?」
「大切な事なので二回言いましたっ! てか、乙女までちゃんづけすんなよっ!」
「へへ、ごめんごめん」
「ちなみに、私は焼肉よりも菜茶さんとお話したいですおすし!」
菜茶はふふ、とそんな二人のやりとりを眺めながら微笑むと良しっ、と手をうって見せる。
「わかったわ、お寿司食べに行きましょう! 連れてってあげる、もし食欲がないのなら温かいお茶だけでも、気分が変わるわよきっと」
「「はいっ」」
元気よく応えた二人は、菜茶に引き連れられてこの場を後にした。