018.ミスティックナイト(4)
下の階層に移動した瞬間、ぐにゃりとした視界が徐々に元通りに戻っていく。
1秒にも満たない一瞬の出来事だったが、やけに移動が遅く感じた。
地に足がつく感覚を覚えると同時に、違和感を覚える。
隣から感じる気配は桜だろう。ほぼ同時に移動が終わり隣に降り立ったのだろう。
「無事、ついたな」
「うん」
お互い顔を合わせて他愛もない会話をした。
そして、体感していた違和感の正体がいくつも俺達の精神に襲い掛かってきた。
「きゃぁぁっっっ」
「うおっ、隣で大声出すなよ」
ストン、とその場に落ちるお互いの衣服。お互い視線を上下に動かしハッキリと確認してから、先の声をあげたのが桜だった。
その場にしゃがみ込むと、落とした服を拾をうとするが光の粒となりほとんどが消え去っていた。
結果、俺はマント1枚、桜は羽衣1枚に拾ったスカート1枚とのみという姿になっていた。
運が良かったのか、手に持っていた一角獣の牙をドロップしなかったし、桜も輪廻のリングは指にはめたままだった。
「戻してよぉ!?」
涙目でそんな訴えをする桜だが、俺達の身に起きた2つの現象については既に検討がついていた。
「幼稚化? いや、これはデバフの一種か……それに」
それに、俺と桜の声がリアルに響き渡るという、音声環境の変化。
これは仕様か? だが、突然声有が実装されるとも考えにくい。
「何でそんな悟ったように冷静でいられるのよぉぉぉ」
ふむ、なかなかに面白い事をいう桜さんだ。
俺も桜も、見た目が完全に子供になっている。見た感じ、小学生くらいまで年齢を戻されたようだが、これだけは胸中で叫んでおこう。
『戻さなくて良いからー!』
「まぁ落ち着けって。VRゲームなんだから、映像だから!」
「目線がめちゃくちゃイヤらしいよ……ぐすん」
涙を浮かべながら羽衣で器用にあんな場所やこんな場所を隠しつつスカートを履くと、胸にグルグルと羽衣を巻きつけていった。
桜さん、今の君はそんなもの巻く必要がないくらいペッタ……。
「今、何か変な事考えてるよね? 灰皿で後頭部殴っちゃうよ」
どうやら桜も武器はしっかりドロップせずキープできたらしい。スバラシイ。
「んや、まぁちょっとソレ貸してくれ」
「もぅ……はい」
徐々に落ち着きだしたのか、素直に渡されたガラスの灰皿を手に持つと自分が今どんな姿なのか確認できないか覗き込む。
要するに、鏡の役割を期待した行動だったのだが。
「なっ……俺、見た目が」
「子供になってるよね」
「いや、そうじゃないんだ。これはまるで……」
一息あけて、言葉を続ける。
「昔の俺じゃないか。それも、ガキの頃の俺だ」
「……ちょっと貸して」
俺に続いて、桜も必死にガラスの灰皿を覗き込む。その結果、2回目の悲鳴をきくはめになった。
「うぅ、だから大声出すなょぉ」
「だって、だってイイがエッチなんだから! 不埒だよ、不埒!」
何が言いたいのだろうか。
「うちの裸みて、欲情しちゃうんでしょう!? きゃぁ、獣!」
「何でそこでスカートの裾に手をかけやがる」
「……イイなら別に良いかなぁ、とか?」
「それはシャレか? ダジャレか? まぁいい、とにかく桜も同じなのか?」
「うん。私も昔の私。でもこんなデータ私は作ってないよ?」
俺だって、わざわざ自分に似せたキャラを作るほど暇も狂気も持ち合わせていない。
お互い、悩むフリをしつつ反転すると、背中を合わせ周囲に気を配った。
「んー、なかなか良い感度だね。でも、時間対策をしていないのはいただけないね?」
俺達の知らない第三の声が響き渡ると、暗闇が続いていた道から一人の女性が現れる。
身長はリアルの俺より少し高いくらいかそこらで、胸は残念ながら赤色のプレートメイルで不明だ。
顔は通称MOB可愛系、つまり現実には居ないような美女のソレだった。
「そう警戒しなくて良いよ君たち。それにしても、時間逆行をモロに食らってよく生き延びれたね? もしかしてそういうプレイ中だったとか?」
めちゃくちゃ喋る人だ。NPCか? それとも没入している別ユーザと遭遇する機会があるのか? とにかく情報だ。
「あの、すいません。貴女はプレイヤーですか?」
「ん? 君たちのようにロリロリプレイを好むかって意味で聞いているのなら、ノーだね」
「言い方が悪かったですね。改めて、貴女はRLのプレイヤーですか?」
一瞬考えるしぐさをみせる謎の女性は、すぐに意味を理解したのか頷いて見せた。
「なるほどね。ならず者の生き方、か。面白い表現をする子だね君は。いや、実際はオッサンかも? ハハハッ」
「あの、貴女は誰なんですか?」
警戒を解き、背後を守っていた桜もやっと会話に参加する。
「ん、それを聞きたいのは私の方だが、まぁ良いだろう。私はラーシャ、姫様を救うための挑戦者の一人さ」
めちゃくちゃファンタジーな名前と設定が突然として現れた瞬間であった。