175.ラストダンジョン(21)
ぽつりぽつりとある民家を横目に、ギードと並んで街の中心部へと歩みを進めていく。
まだ街の始まり部分だからなのだろうか、人の気配はほとんど感じない。
「なぁ、さっきのは無効だよな? あれは無しだよな?」
「あーはいはい、わかったわかった。わかったって! だからそんなベタベタとくっついてくれるなよ」
「あー、わかってないんだー! 手を離した瞬間、何か命令するつもりでしょう?」
「何急に女の子っぽく振舞うかねぇ? 惑わされないからな!」
ちょっとだけしか、な。
そんなやり取りをしていると、道端にちらほらと人の姿を見かけるようになる。
何気なく人を観察しつつ歩いていると、この街がどんな感じなのか徐々につかめてくる。
『田舎街、かな? 制服着た女子高生の姿が見えるけど、学校が近くにある? それっぽいのは見当たらないけども』
そんな考察をしていると、俺とギードを交互に見つめてくる女子高生は隣でだらしなく座り込んでいる相方だろうもう一人の女子高生と喋りだしていた。
距離もあり、その声はほとんど聞き取れなかったがハッキリと俺には女子高生A(こちらに視線を一瞬むけた方)の声が聞こえてきた。
『マジ何アイツ? 昼間っから堂々とみせつけてきて、マジきもっ。見かけない顔だし、旅人さん? はぁ、マジだっさっ、早くどっかいけばいいのに』
一瞬、我が聴力を疑い再び女子高生Aへと視線をうつすも、ゲラゲラと女子高生B(しゃがんでいる方)と会話をしているようだった。
「なぁ、ギードは今のどう思う?」
「ん、何の話? 罰ゲームの件ならもう無効だかんね?」
「あっ、あっ……はい」
どういう事だ? さっき、ハッキリとあの女子高生Aの声が聞こえたってのに。
ギードの方が聴力は良いだろうし、では何故?
『うわっ、またイチャツキダシタよ……さっさと空気読んでどっかいけよ、爆セロ!』
うわぁ、なんかギード(男の娘)に腕掴まれてる姿を見られてそんな事言われるの、かなりつらいよ?
『んー、私はあれくらいイチャツケル方が良いなぁ。はぁ、何で男どもはこんなに誘ってんのに誰も声かけてこないのかしらねぇ。あーあ、都会にいきてぇ』
あれ、今度の声は女子高生Bの声? いや、これってまさか。
「なぁギード、今の声聞こえたか?」
「声? いや?」
「ふむ」
ちょっと試してみるか。
駄菓子屋が近くにあり、そこにいる御婆さんに声をかける。
「すみません、見ても良いですか?」
「いらっしゃい、好きなだけみてかまわないよ」
「ありがとうございます」
『みかけない顔だねぇ、金はちゃんと持ってんだろうねぇ?』
「あぁん!? おい婆さん、私達はちゃんと金くらいもってんよ!?」
「ひっ、私ゃ何も言ってないよ。あぁ、怖い怖い、最近の若者はこれだから」
『いけない、声に出してたかしらねぇ。私も歳だねぇ』
「ギード、ちょっとこっちに。すみません、ありがとうございました」
「いつでもいらっしゃい」
『ちっ、本当にただの冷やかしとか。こっちは暇じゃないんだよ全く』
違いない、今俺達は心読が一方的に発動している状況だと推測できる。
第五階層でクーコとギードの心の声を聞いた時よりかは、断片的な声しか得る事が出来ていないが、どうも街の住民の心の声が方向性をもって流れ込んできているようだ。
女子高生Aは俺に対して胸中で呟き、このお店のお婆さんは俺達客に対して胸中で呟き。
それを俺達は受け取り、反応してしまってのだ。
「こりゃ、間違いなくここもダンジョン内と思って良いのかな?」
「なぁ、あいつらぶっ飛ばして良いか?」
「まっ、待った! ギードは順応し過ぎて理解がおいついてなさすぎぃぃぃ」
こんな街中で武器を取りだそうと指をピンアウトしたので、それよりも先にギードを送還した。
「あっぶねぇ……こんな街中で暴れるのはいけねぇ」
奪う者としてのプレイは、理由も無くしないように心がけているのだから、この送還はやむを得ない選択だ。
『えっ、今人が消えなかった!?』
『あれ、あの男振られたのかな? ヤダー、ダサァッ!』
俺も思わず武器を取りだそうとする指をグッと抑え込み、改めて街中を見渡さす。
駄菓子屋、八百屋、布屋、噴水が道の中央にあったりと、一戸建ての建物が並んでいるこの光景は一昔前の日本の姿だった。
服装の流行りも一昔前の流行りはこんな感じのイメージだし、コンビニとかそういった建物が無いあたり田舎で間違いないだろう。
「おや、旅人さんですか?」
「えっ、あっ、はい」
突然背後から声をかけられ一瞬ドキリとする。
気配が感じ取れなかったのもさながら、色々と向けられる小言で注意力が散漫としてしまうのも問題である。
「見たところ、良い品質の服を着てらっしゃる」
『間違いなく金づるだ、ついてる、今日は最高についてる』
「この宝石なんだすがね、先ほどまで一緒にいらっしゃった恋人に一ついかがですかい? どうも喧嘩別れしたようにみえましたね、ええ。微力ながら、ご協力させていただきますよ?」
『ククク、食いついて聞き耳たててくれる。景気よくむしりとってやるぜ』
「この緑色の宝石はエメラルドっていいまして、綺麗でしょう? 彼女さんもきっと機嫌を直してくれますよきっと。これはもぅ、ご協力価格、10万$で良いですよ!」
へぇ、取り扱いの通貨はドルなのか……ってか1000万円相当? たけぇよ! 持ってるけど。
「さわやかですねぇ、この価格でこのエメラルドはまず手に入りませんぜ? 旦那なら、余裕で払える額でしょう、ええ?」
『爽やかだぜぇ旦那ぁ! その表情、全然支払える証拠だよなぁ? あぁん、まだまだ反応が鈍いなぁ、サファイアの方が良かったか? あぁ、何ならルビーも試すか』
あぁ、心の声が筒抜けっていい気がしないなぁ。
「あの、色々みせてくれるとこ悪いんですが宝石は間に合ってるんで」
『なっ、このクラスじゃダメだと!? くそ、とんだ無駄時間をくっちまった……いや、これはワンちゃんあるか!?』
「なっ、待ってくれ旦那。実はここに世界最高の宝石、3カラットのレッドエメラルドがあるんだよ! 爽やかすぎて失神しそうな程の価格にしとくから、さ?」
「失礼、レッドエメラルドも持ち合わせあるんで」
ダンジョン探索してたら、宝石の類も溢れる程ドロップするんだよなぁ。
それも特に役に立たないから、インベントリに溜まっていくだけの存在である。
『ダァァ、このバカ男、宝石の価値も知らないダ男かよ、くそ、くそくそくそ、やっぱり時間を無駄にしちまったクソ野郎!』
はぁ、俺こそこんな作り笑いで近づいてくる宝石商人なんか無視だ無視。
超高速状態になると、道を破壊しないようにやさしく大地を蹴りこの場を後にした。