168.ラストダンジョン(14)
第五階層。
俺達が降臨したその場所は、どこか近未来を感じさせる鉄っぽい謎の素材で構成された一室だった。
まるでマイルームを連想させるような立方体の部屋の中には、何も表示されていない立体スクリーンとキャビネット、そして出口だろう自動扉っぽい扉があった。
無言で近づき扉に手を当ててみるも勝手に開くことも無く、適当に触ってみるも開く気配はなかった。
「ねぇ、この中にリモコンがある」
同じく探索をしていたクーコがキャビネットの中からリモコンを取りだす。
ビデオのリモコンまんまじゃねぇか……という俺の感想は置いといて、スクリーンに向かって再生ボタンを押下してみる。
『ミッション:人と接触し続けよ。
ルール:地肌が他人と触れ合っている間はセーフ。
もしも離れ離れになった場合は、ファイアエレメントドラゴンが強襲します。
倒すも良し、ゴールまでルールを守るも良し。
ミッションはこの部屋を出た瞬間から適用されます。』
久方ぶりに見るミッション部屋でござったか。
「ん、ござったって何その語尾、気持ち悪い」
思わず口に漏れてただと!? てか、クーコにそんな事言われると地味に傷つく俺である。
「いや、ミッション部屋って珍しいからつい。それにしても、精霊種のドラゴンとか無理過ぎるだろ」
「強いのか? 思い切って討伐でクリアを」
キッと睨みつけるようにしてギードを黙らせると、俺の意見を述べる。
「アレはダメだ、属性攻撃しか効かない精霊種に加えてドラゴンって、そもそも人が倒せる相手じゃない。俺の光大剣は確かに精霊種にもダメージ与えれるけど、ドラゴンに対してこんな大きさの武器で殴っても効果はほぼないよ」
「それでもっ!? 倒れるまで切り刻めば、そうだっ、私の大斧ならば足くらい輪切りにしてやる!」
血気盛んなのはいいが、ギードは何か勘違いをしている。
「ドラゴンの大きさ、知ってて言ってる?」
「知らん!」
「だよなぁ。そうだな、お前の宇宙船の主砲でやっとダメージ入るくらいの、そんくらいのデカさだよ」
「……んぅ?」
「だから、宇宙船クラスのデカさなの! それも精霊種! 移動に感応してどこまでも追いかけてくる厄介な特性持ち出し、基本やり過ごすような相手なの! ただ、ミッション系は基本ルールを守れば優しい部類だからさ。今回のルールならば手でも握っとけば何も問題無いんじゃないかな」
俺達は三人だから、一人だけ両手が塞がれるのか。
そんな事を考えていると、ギードが陣形を提案してくる。
「手をつなぐ方法を採用するとして、クーコが真ん中で私達が左右に展開だな。流石に両手に花だと前かがみになっちまうだろう? うわっ、武器を突然構えるなよ!」
何が両手に花だ! お前はお・と・こ・だろうがっ。
まぁ、片手で光大剣をぶん回す事は十分出来るし、ギードも大斧を片手で軽々扱うので問題はないだろう。
「クーコもそれでいいか?」
「……うん」
一瞬の間が気になったが、特に問題は無いだろう。
俺達は手をつなぐと、扉に向かって移動する。
すると先ほどまで反応の無かった扉が開き、巨大な空間が目の前に広がった。
上へ登る螺旋形に続く階段が延々と続き、その中央には小型サイズのファイアエレメントドラゴンが鼾をかいて眠りこけていた。
小型、とは言ったが直径数キロはあるだろうその巨体はまさに圧巻である。
『あれぇ、宇宙船くらいのデカさじゃないのかよー。討伐しちゃいたいなぁ、手をはなそっかなぁ』
『ん、何だ、ギードの声?』
『はふん、両手に花だよぉ。ドキドキがとまらないよぉ、私の手、汚くないかなぁ』
『ん、これはクーコの……ってかめっちゃ乙女やん!』
『ひゃうん、えっ、何? 二人の声が聞こえるような』
『何だ何だ? クーコ、俺とヤりたいのか!?』
『バカバカッ、汚い言葉は嫌いなのぉ。そんな言葉責めしないでよぉ』
「手、放しても良い?」
『うん、これ俺達の思考筒抜けになってるね』
ステータスを確認すると、状態異常が付与されていた。
何だって、巨大化がメインの祈願なのに読心までついてくるのかねぇ。
いや、マルムを思い出せ。
メインが貴方に会いたい、サブが美味しくいただきたい、と複合てきな祈願だったはずだ。
『へぇ、あのマルムの祈願ってそんな力があったんだな。まっ、女に興味ねぇけど』
『美味しくいただきたいって、えっ、まさか夜のベッドの中で……わわわ、どうしよう、今夜のネタは決まりだわ』
『いやさぁ、マジで全部筒抜けになるんだな。うん、クーコマジ可愛いな、ギャップが凄く良い』
「手、放して良い?」
やや怒り気味で声に出すクーコだが、あのファイアエレメントドラゴンはどうしようもないので却下だな。それに、クーコの声が可愛すぎてやばい。
『なぁ、私の事も可愛いと思うだろう? ヤりたいだろう? むしろヤらせてあげるから、この後私と』
『それは無い』
『ひぐっ、くそっ、胸に入れたボールじゃ魅了出来ないっていうの!?』
『あぁ、さっきの階層で胸が大きいままだったのは、偽装か! くそ、何度も視線がいった俺は一体何をみていたっていうんだ』
『あれ、私の事もっと卑しく見てもっとチヤホヤしてくれるんじゃないの? ギード、死ねばいいのに』
『おいっクーコ! お前もまさか狙ってるんじゃねぇだろうな! 渡さないぞ!?』
『ばっ、私がこんな何の特徴も無い素敵な救世主様を狙ってるなんておこがましい。私はそばにいれればそれだけで良いのっ。アナタとは違うのよ、アナタとはっ!?』
『……クーコ、ちょっと今夜の予定を詳しく』
『あぁ、ついに、ついに恋愛を経験する機会がっ! あぁ、やばい顔が真っ赤になってたらどうしよう』
「ちょっと考えるの止めてもらって良い?」
『口ではクールに装っているのに、内心はこんなに乙女なのは新しい発見だな。あぁ、手に汗が浮かんできて気持ち悪く思われないかな……ってこんな心配するなんて、クーコに釣られた!』
『そ、それは私も一緒だから全然気に、ならないよ』
『おーい二人とも、歩幅落ちてるからな? 恋する乙女としてクーコの乙女心には感心しっぱなしだが、二人だけの世界を渡しに見せつけないでくれよ? あぁ、今の二人の声を姫さんやマルムに伝えたら、大荒れだろうなぁ、ぐふふ。あぁ、たちそ!』
『ひっ、ギードとこれ以上手を握っていたくないよぉ。あぁ、見た目は可愛い女の子なのに、男の娘とか絶対に襲われちゃうよぉ、っ無理やりはヤダー』
『女には興味ねぇって! こんなぷにぷにの手ぇしやがって、萎えるわー』
「こんな思考ダダ漏れのままひたすら登り続けるのか……」
『うぅ、どうにかなっちゃいそう』
『ギード、少し自分のダンジョンに戻っておくつもりは無いか? 呼び出すのはすぐできるし、どうだ?』
『いやさ、クーコと二人でラブラブデートが出来るとかダダ漏れだから!? クーコも顔真っ赤にしながらテンションあげんじゃないよ! でもまぁ、間接的とはいえ私も一緒にデートしていると思えば、やはり戻るつもりは一切ない!』
『もぅ、空気読んで戻りなさいよっ! あぅ、心読むとか本気むりぃ』
お互い心の中の想いがダダ漏れのまま、ひたすら歩き続ける。
これがもし、本当に赤の他人だったならば、気が狂うレベルだろう。
これがもし、祈願者と救世者の関係じゃなければ思考が漏れた瞬間、一瞬で手を放していただろう。
俺には大切な妻や、姫が居るのも手伝ってクーコラブな感情も抑えれている。
『あぁ、そうやって手をギュッとして応答するなよぉ』
『だって、私ラブだなんて……はふん』
うん、心の声や感情も抑えられているに違いない。
しかし240リミットの脅威、もしかすると皆死んじゃえば良いのにという思いはこの読心が何か関わっているのかもしれない。
危険度の高いとされ、厳重に封印されていた『時間』と同じランクに指定されている『心読』があるが、何か関係性が?
『心読かぁ、五大封印の一つだよな確か。絶対に関わっちゃいけないって私でも知ってるレベルだし? あぁ、思い出すと読心じゃなくて今の状況は心読が影響しているのか。恐ろしいね、心読』
『読心でも心読でもどっちでも良いから、早くゴールきてぇ』
『クーコ、何だかその言い方は心に響くな』
『なっ、ばっ、もぅ!』
俺の筒抜けになる下心に何とか耐えながらクーコは歩き続ける。
ギードはまぁ、裏表のない奴だったな、うん。
でも男なんだよなぁ、勿体ない。
『ほらっ、やっぱり私もいける口だろう!? なっ、思い切ってヤろうぜ!?』
と、どこまでも思考にくいついてくるギードだが、キリが無いので第五階層を突破すべくひたすら上へ上へと昇り続けた。