162.ラストダンジョン(8)
左右に分岐する突き当りで、左右を視認するとそれぞれ黒い人型の塊が突っ立っているのが視界に入る。
「あれって……おいっ、すぐに戻れっ!」
俺が慌ててバックステップで後退するも、クーコもギードも低速に慣れていない事に加え何故俺が『何も無い』通路を見て後退したのか理解出来ていないようだった。
そして、俺はタハァと額に手を当てて手遅れになったと思い至る。
「いや、もぅゆっくり戻ってきていいよ。でも、ギードなら俺の声に応えれたよなぁ!?」
「なっ、何の気配も無いのに『戻れっ』で戻れるかよ!? 私は戦闘は好きだが命令されるような団体行動は苦手なんだよっ!」
なっ、何故開き直ったように言ってきますか。
いやしかし、無気配や号令系をくむのが苦手だとは、ギードの思わぬ弱点を知ってしまったよ。
「一体、何を慌てたの?」
ゆっくりと戻ってきたクーコは、かわいらしく指を頬にあて首を傾げて見せる。
くそ、可愛いからお前は許すよ!
「あの通路、ドッペルゲンガーが二体もいやがった。特性としては認識した相手を『完全に』コピーしてくるところだな。んで、クーコもギードも今しがたコピーされ終わってる。この第三階層の敵は偽クーコと偽ギードって事だよ。本当、もぅ」
最悪だよ全く。
氷と純粋な戦闘力が襲い掛かってくるんだ。
見分けに関しては、コピーされた時点の服装からスグに着替えてしまえば早々問題にはならない。
「これ、着替えて」
「……エッチ」
「ついに私に貢ぐ気になったか!?」
「ちげぇよ! 敵か味方か区別つけるためだよ! 服装もコピーされたんだから、く・べ・つ・の・た・め・だ!」
「「はぁい」」
手渡したジャージセット(青)(赤)をそれぞれその場で着替えだそうとする二人に、待ったをかけた。
「クーコさん、あなたは女の子なんだからここで着替えてね? ギード、お前はこっちで着替えろ!」
物干し竿に布をつけた簡易カーテンの向こう側で着替えを始める。
シュ、と地面に落ちるクーコのミニスカート。
パチン、と外される下着。
逆側からはんぅ、んぅと艶めかしい女声を漏らしながらロングスカートを脱ぎ、タイツを片足をあげて順に脱いでいく……姿がうっすら見えてくる。
『くっ、布の選択ミスった。影が丸見えじゃねぇか!?』
物干しざおに布をつけただけという、あまりにも簡易すぎる即席カーテンは、左右で着替えるシルエットとリアルな音に俺の想像力を活発化させる。
いや、可愛いクーコはともかく、男の着替えに何故こうも視線が奪われてしまうんだ。
こいつ、誘惑系の祈願もしてんじゃねぇのか……それとも俺が……。
「お待たせ」
「ジャージセット、なかなか動きやすいな! 可愛く無いのが減点だけど」
布から顔を出した二人に覗かれる形となり、ドキリとするもすぐに物干し座を掲げて支えていた両腕を下ろす。
「うん、ギードはちゃんと洗って返せよ」
「私も洗って返す」
クーコさんは、別にそのままでも良かったんですよ。
思わず胸中でさんづけでそんな返答をしてしまう。
「そ、そうか。とにかく敵は二人のコピー体、ドッペルゲンガーだから要注意な」
偽物をかわしつつ、次の階層まで制限時間つきで攻略しなくてはいけないこの第三階層も相当鬼畜だが、デバフである巨大化をある程度無効化しているため問題はいうほどないだろう。
「マジック:時空断壁」
俺は二つの簡易カーテンにそれぞれ時空断壁の効果を付与すると、スタート地点の壁に物干し座の先端を突き刺しておいた。
「何やってるの?」
そんなクーコの問いに、こう答えておく。
「セーフエリア、かな? この二つのカーテンの間は時間の動きが隔離されるようにしておいた」
「なるほど。もしお前に何かあってもここに駆け込めばいいわけだな?」
んー本当はもっと別の理由なんだけど、まぁいいか。
「そういう事。俺が居なくても、ここで耐えれば何とかなるさ」
さて、赤クーコと青ギードと共に行動を再開する。
目指すは第四階層。
まだまだこんな場所で詰まっている訳にはいかないのである。