158.ラストダンジョン(4)
ぐぅ、とお腹が音を立てる。
「ん、そういえば最近何も食べてなかったん……」
思わず語尾がおかしくなる。
姫も居ないし、たまには羽目を外しても良いよな?
そう一人納得すると、祈願者達を次々に開放していく。
「まずはお前からだっ、いでよ、食の集い、バーベキューアウト」
「わわっ、もう二度と外に出れないと思ってたよ。ってここ、ダンジョンじゃないか!?」
「久しぶり、『アウト』。ここでちょっと食事でもって思ってさ?」
「……マジ? いや、僕は嬉しいよ? でもダンジョンで無限BBQをご所望とは、さすがお兄さん、尊敬するよ」
目の前には『ととと』と同じくらいの年頃の少年がカウボーイハットをかぶって顕現していた。
「面子は適当で良いよな? あぁ、今は姫もマルムも居ないからそんなキョロキョロ回り警戒せんでもええよ?」
「うっ、別に姫姉様を警戒してなんかないやい! 焼いた肉が、野菜が、マッシュポテトが誰の口にも入ることなく終焉を迎えた悪夢のBBQをちょっと思い出しただけだい!」
完全にトラウマやないですか。
焼けた物を次々に誰よりも先に胃袋におさめてしまった事件は、何十年前だっただろうか。
皆で食べようって発想が時の支配者には無かったらしく、他の面子と仲良くしている俺を見て嫉妬心からやった事だったみたいだが、アウトにとっては祈願した無限にBBQを食べ続けたいという思いを砕かれたようだった。
「さっ、次は先ほどの功労者も呼んどくか。黄金の太陽っ、サンオブゴールドっ!」
「うわっ、ちょっ、めっちゃ油断してたやんけ! こんな間隔で呼び出すくらいならずっと出しとけよ馬鹿!」
「あー、うーん、一緒にBBQ食べようと思ったけど馬鹿はお呼びじゃなかったか……」
「……っ!? く、食えるのか!? 今度こそ、食えるのかっ!? よっ、旦那、世界一!」
「世辞下手すぎんだろお前。まぁいいや、アウトを手伝ってやってくれ」
「任せろ!」
男ばかりってのもアレか? いや、ここは思い切って男性陣で固めるか。
「いでよっ、剣の創製主、ソードオブアルケミスト!」
「……今、今めっちゃ良い剣が打てそうだったのにっ! あぁ、今のタイミングを逃したら次、いつアレが打てるかわからん! 戻せ、今すぐワシをあの場所へ戻せ!」
「あー、うーん? 一緒にBBQ食べようと思ったんだけど……忙しかったんだな。ゴメンな『ソドミ』、戻って良いよ」
俺より頭一つデカイ青年がズズイッと胸倉をつかむ勢いで迫ってきていたのに、後ろで着々と進むBBQの用意と俺の顔を交互に見返す。
「もしかして、BBQ食えるのか、ワシ?」
「そのつもりで呼んだんだけど」
「あの姫さんも不在なんか?」
「不在だけど?」
「……はよ言わんかいっ! 肉だ、肉の用意だアウト! 野菜はイラン!」
「あーソドミ、丁度良いや、良いナイフ無いかな? 僕の出せるのは大味だからねぇ、いけるかな?」
「任せろ、丁度先日完成した最強の剣を貸してやるわい!」
うわぁ、何あれ? ジッとソゾミが手に持つ剣を眺めるとステータスが表示される。
『究極の剣(氷):世界最強の人物が扱った刃の一部を利用した剣。
全ての破片を集めたら最強の武器、KATANAが生成される。
攻撃力:+256
属性:氷・斬』
255が最大値じゃないの? あるぇ、まさかの限界突破要素もあるのこの世界? てか、BBQ食べる為にだけ使われるあの刃物って一体……。
「まぁ良いや、次よぼ次」
グリグリとウインドを移動させていると、ソドミから声がかかる。
「おい、奴を呼べ奴! アウトの祈願にゃアレがない!」
「おっ、そうだな」
クィッととっくりを呷る仕草をみて、スグにピンときた。
「いでよっ、酒解巫女、ノンダクレッ!」
「ちょっと、アンタ! 何で私の召喚びだしだけ変なのよっ! ったく、人がゆっくり日本酒飲んでるところ邪魔しちゃって。何? 私に何か恨みでもあんの? ぁぁん?」
「またこのパターンか……いや、『ミミコ』さんにBBQのお誘いをと思いまして。いや、日本酒に忙しいのなら戻しますね」
「おまっ、BBQだって? おぉ、アウトの坊主にソドミに……誰だいあの坊主二号は? まぁいい! 今すぐつまみ焼けアウト!」
「うわっ、ミミコさん酒くせぇ!」
「それが大人ってもんだよ!」
こんな大人にはなりたくねぇ。
しかしまぁ、男だけという思惑が崩壊してしまったな……まぁ、飲み物は重要だししょうがないね?
最強の剣の完成を前にしていたり、日本酒という新しい酒に酔いしれる時間を割くという、自らの祈願の時間を割いてでも、BBQを取るとは。
やはり人は誰かと食を楽しみたいものなんだな、うん。
流石に女性一人はアレだし、他にも女性陣を読んでおくか。
「いでよっ、氷結の魔女、クールガール」
「……その呼び出し方どうにかならないの?」
「おぉぅ、相変わらずクールだね。一緒にBBQどう?」
「食べる」
即答すると、アウト達の居る元へタタタタッと駆け寄っていく。
「キンッキンに冷えていきやがる!」
ソドミが冷えた麦ジュースを手に、次々に冷やされていくドリンクに皆テンションがあがりまくっている。
本当、『クーコ』の冷たい物を求める者は半端ないね。
「無限BBQの『アウト』に、黄金の『ととと』、究極の剣の『ソドミ』に酒解巫女の『ミミコ』と氷結の『クーコ』、そして俺の六人で十分か?」
ドンッ、とウインドがドンドンと叩かれている気がする。
『ああ、匂いにつられて気づきだしているのか? いや、ウインドンしてるのは三人だけか。しょうがない、呼び出すか』
「いでよ、宝石原石、マテリアルシークレット」
「ああぁ! やっと呼んでくれた! 私、お肉食べたいのっ!」
「お前さん、キャラ崩壊してますやん……」
「だってぇ! いくら宝石磨いてても誰も見てくれないし、食べてもお腹膨れないしっ!? そもそもこんな祈願なんかするんじゃなかったよっ。うぅ」
涎を垂らしながらこっちをガン見しないでおくれ。
「わ、わかったから、な? ほら、皆に混ざって食べておいて?」
「……あの人たち、誰? 怖いよ、一緒に行こうよ」
「『ジュエル』さんなら、大丈夫だよ。ほら、お皿コレ使って良いから行っておいで。他にまだ二人ほど呼ぶからさ」
「うー、ううー! うううー!」
お皿を手に、徐々に後ずさりして、やっと回れ右してBBQを焼くアウトのもとへとズガズガと割り込んでいった。
「いでよっ、筋肉の極み、マッスルリミットレス」
「あぁ、呼ばれてきてやったぜ」
「『マッスル』、BBQ一緒にどう?」
「しょうがないな。誘われたら断る訳にはいかんだろう? 俺の筋肉の糧となれ」
あぁ、見た目は一番大人な男性なのに性格が残念過ぎるっ。
筋肉に自惚れてるマッスルは、たんぱく質が欲しかったんだろう。
あぁ、何かクーコともめてるしっ!?
「キンッキンに冷えてる方が良いだろう!? 私の冷やした飲み物は飲めませんですって?」
「いーや。筋肉に優しい常温が一番だ、これだから何もわかってない素人は」
「「やる(かっ)!?」」
「やるなっ!」
俺が一喝すると、クーコとマッスルはぷいっと視線をお互いに外した。
「何よ。情熱的で暑苦しい、でも……ぶつぶつ」
「素人のアマが……でも、あの冷え具合は筋肉を冷やしたい時に……ぶつぶつ」
何これぇ? まぁ良いや、今回呼び出す最後の一人だ。
「いでよっ、恋する戦乙女、スケッギォルド」
「よぉ、やっと私とヤってくれる気になったかい!?」
「止めてください、『ギード』。僕は女装男子には興味ありませんので、いや、妻も居るんでっ!」
「なっ、こんなに可愛い私の何処に不満があるというのだ? 今は姫もマルムも居ないじゃないか、ならば今しかないだろう!?」
コイツ、BBQじゃなくて俺目当てかよ。
「いや、男ってのが問題があってね?」
「ちらっ」
クワッ、とスカートをたくし上げた足元に視線が行ってしまう。
「いやっ、ちがっ! やめろ、男の足を魅せるな!」
「めっちゃ食いついてくれるじゃん、なぁ、私は強い男が大好きなんだよぉ」
「それなら、あそこにマッスルがいるから、あいつめっちゃ筋肉してるぜ?」
「……わぁお」
踵を返すと、一気に距離を詰めマッスルに声をかけるギード。
何気に、マッスルが人気で面白くない。いや、ギードにモテてもうれしくはないけど。
こうして、240リミットのヘルダンジョン第二階層でささやかなBBQが繰り広げられた。