153.スナイパーズ(5)
「いやぁ、物分かりの良い客人で良かったよ全く。アンジェリカ、麦ジュースはやく用意しな! いや、悪いね? それじゃまずは自己紹介からいくとしようや」
ドガッ、と置かれた麦ジュースをそれぞれ手に自然と乾杯をしていた。
カンッと気持ちのいい音がすると同時に、こぼれたキンキンに冷えた麦ジュースが手をしたたりあわてて口元にグラスを手繰り寄せた。
「ふぁ、にがっ」
勢いで飲んでみたものの、私にはまだ少し早かったようだ。
他の三人はそれぞれぷはぁ、と美味しそうにゴクゴクと飲んでいる。
「昼から贅沢はやめられねぇなぁ! それじゃまずは俺からだな」
ギリギリ160cmくらいあるだろうパッと見、少年姿のこの店の主は話し出す。
「俺はタイタ・イタンタだ。この辺りじゃタタッて呼ばれてるから、お嬢ちゃんたちも気軽に呼んでくれや。こいつに武術仕込んでるのも俺だし、この店のマスターも俺だし。まぁ俺凄い?」
子供が自己自慢している、ようにしか見えないよなぁ。
「ちなみについ先日二十歳になったばかりだ宜しくぅ!」
うぇ、まさかのタメじゃん。
「近接物理格闘が趣味だな。まぁこの町の奴らは皆近接格闘マニアだけどなっ。アンジェリカ、次はお前だっ」
「うぅ、わかりましたよ。アンジェリカです、ここで雇われている同じく二十歳です。飲みに来るお客様をシバけるのが唯一の楽しみでございます」
「おいこらっ、逆にシバかれてるのに何いっちょ前に楽しんでやがる!」
「あふっ、だって! 私だって勝ちを知りたいです、もっともっと知りたいのです!」
あーなんだろう。何か勝手に二人で盛り上がりだしちゃったよ。
「わかります、その気持ち。私も勝ちたくて勝ちたくて、ひたすらに頭を打ち抜いてきましたから!」
「ああ、わかってくれるの! 流石お客様、次は私にまかされてください!」
「ふふ、負けませんよぉ?」
あるぇ、儚夢さん、もしかして酔っちゃってますか?
「私は……儚夢です。遠距離戦闘、主にスナイパーライフルでの戦闘に特化しています。ちなみに二五歳なので、最近限界を感じてきています……」
「あーもったいないっ! 基本も出来てないのにあそこまで動けるのだから、基本を覚えましょう、そして私と戦いましょう!」
基本って何かしら。
「……ってそこで次私の番なんですかっ? あれ、そこは基本の話の続きとか、もっと語る場面じゃないんですかっ!? 何、何で無言? わ、わかりましたよ。私はLiLy、私もつい先日二十歳になったばかりです。近接で超火力叩きこむのが好きなんで、一応近接特化で良いのかな? で、基本が出来てないって、どういう事? 気配が感じ取れない事と何か関係があるとか?」
私の言葉にタタッがグラスを置いて答えてくれる。
「やっぱ感じ取れてないよなぁ。まぁこの町に入った時からそうだろうとは察してたけど」
一呼吸。
「裏行、それが俺達がいう基本であり、極めるべき行動なんだわ。アンジェリカッ」
「はいっ」
刹那。
椅子に座っていたはずのアンジェリカが姿を消してしまう。
「消えた?」
「喋り声も聞こえてないんだろう? 今もアンジェリカはそこに座っているし、喋っても居るぞ」
「そんなっ!? まさかダンジョン攻略者!?」
警戒心を強めるも、そんな私の疑問は即否定されてしまう。
「ははっ、あんな呪い誰も望まんだろう普通? 祈って強くなったら、何も面白くないじゃねぇか? 鍛えて、強くなって、そして倒せなかった相手をなぎ倒していく、これが気持ちよくて格闘すんのに」
わ、わからなくもないね。
「で、これは立派な技術だよ。裏の行動をとるって事で裏行、要するに普通に生活して捉えているページの隙間で行動するのが基本理念だ」
「ページの隙間で行動?」
儚夢さんも意味がわからないようで、頭にクエッションマークを浮かべている。
「そう。動体視力とかわかりやすいか? 投げたボールの縫目が最初は見えなくても、動体視力を鍛えると見えるようになるのと同じで、人間が捉えている世界ってのは実に見逃しているんだ。目に見えない世界があるってのは、その隙間でのみ行動をすると人間認識できなくなっちまうんだよ」
うぅむ。
「もう少しわかりやすく!」
「人の眼が秒間300コマまで見れる限界値があったとして、普段は120コマを脳が処理していて、鍛えたら200コマみえるようになって、と。でも300コマの外側にあるコマで行動すると、途端に人の眼は捉えれなくなって脳が処理限界を迎える。理解が届かないことは、残念ながら『見えている』のにわからないんだから、面白いよなぁ」
うぅむ。わからん。
「まぁそんな行動限界の殻を破って動くのが、基本行動の裏行で、ダンジョンによっちゃあ俺ですら理解できない裏行で行動してるやつらがうじゃうじゃいるな」
ん、つまり何ですか。
裏行を理解して会得しないと、本来はダンジョン攻略不可能だったってことなの?
「でも私達は、LiLyはこう見えてダンジョン攻略者なんですが」
「なるほどな。あんな荒野を徒歩で来るなんて普通じゃねぇもんなぁ、まぁそんなライフル持ってたり、裏行もなしにアンジェリカと殴り合えるんだから、ダンジョン攻略出来ても不思議じゃねぇよ」
訳が分からないよ。
「まぁお嬢ちゃんたち、LiLyに儚夢さん、よければうちでバイトでもしていかないか? 裏行は俺とアンジェリカで仕込んでやるからよぉ」
何で私だけ呼び捨てっ。
「代わりに、ちゃんと基本行動出来るようになったら俺達と遊んでくれよ?」
何だか私よりちっさい生意気な子供に挑発されてるようで、イライラしてきた! 訳も分かんないし!
「いいわよっ! やったろうじゃないの、死んでも責任とらないからねっ!?」
あぁ、自分の大声で気づいてしまう。
私は程よく酔っているのだと。