104.銃之支配を奪い取れ(20)
意識が闇の中へ落ちていく。
どこまでも、どこまでも。
一瞬の時間のはずなのに、一向に意識が戻らない。
いや、この感覚を感じる事は出来ていたが、ここまで思考が出来た事があっただろうか。
『……しょう、……、し、しょ……師匠!』
『ん、この声の聞こえ方はハウル? いつの間にそんな声質になったの?』
『違いますっ、ハウルって人は知りませんが、僕です、『 』です』
『ん、聞こえない、誰だ君は?』
『師匠、僕は待っています。貴女の力が、僕たちには必要です』
『ん、何故か君からはティーの良い香りがする。はて、私はティーはあまり好かないのに何故こんなにも懐かしくて良い香りだと感じるのだろうか』
『えっ、し、師匠? えっ、ティーが好きだったんじゃ……ぁ、しまっ……』
意識が引き戻され、第五階層へと降り立っていた。
刹那の時だったが、何かが私の記憶に、心に干渉してきた。そんな曖昧な例えしか出来ないソレは、私の事を師匠と呼んでいた。
アレはイベントなのか? いや、それにしてはあまりにも個人的過ぎる問いかけ、そしてあまりにも私の記憶を刺激する。
「なちゃさん! イクラさん! 先生! おーい! えいえいっ、えいえいっ!」
「こら、人の頬を突くのは止めてくれないかね?」
「あっ、やっとロード終わりました? いかにもフラグ発生待ちしてる子が今か今かと待ってますよ」
「ふむ、何か居るな」
私たちの目の前には小さな男の子。
「ありゃぁ、このダンジョンの元主だな……そして俺達の王様の姿が見えねぇな」
なるほど。
最深部は大部屋一つで、ガチンコバトルって奴かしらね?
ルバーの言葉に反応して、しゃがんで微動だにしていなかった男の子が顔をあげ、ゆっくりと立ち上がった。
「おいっ! 俺達の王様はどこだ!」
いつもの陽気な声では無かった。
「……」
「何とか言えよっ! どうしたんだっ!」
「死んだよ」
「はぁ? そんな下手な冗談、やめてくれ! アイツがいないとこの国は、この宇宙船の舵はどうすんだよっ!?」
王の身を心配よりも、既にこの宇宙船に居る全ての生命を気に掛けるルバーは、さながら物語の主人公のようにも見えた。
「僕のせいじゃない。彼は選んだんだ、240リミットの脅威から皆を、僕自身を守るためには力不足だと」
「な、どういう意味だよ!?」
「だから……彼は自ら命をっ!」
キッ、と睨まれた瞬間、私たちの真横を何かが通り過ぎた。
見えなかったから何か、と表現するがソレが何だったかは検討がつく。
「正確な射撃ね。それも見えなかった」
「えっ、今のって撃たれたんですか? 私風が吹いた程度にしか感じなかったんですけど?」
ええ、それは紛れもなく正解である。
あの存在は目に留まる事も無い一瞬を駆使して空気砲を放ったのだ。
ただのクイックドローショットなどではない、目に留まる事も無い、そう神速の域だろう。
「間違いなく撃たれたね、それもわざと外すように。一体どんだけの怪物なのかしらね」
自分の技量を棚上げして、あの存在に肝を冷やしてみる。
だってそうだろう? 神速なんかで早打ちしたさいには腕が吹き飛ぶほどのGがかかるに違いない。
すなわち、祈願者という存在は人間を既に辞めた域に生きているという事になる。
「僕は彼が好きだった、彼と一緒に行きたかった! 救ってくれた彼と一緒に! でも、でもこのままだと240リミットの脅威が、皆の命がぁっ!」
一方的に叫ぶと、男の子は涙を流しながら歩み寄る。
「僕は彼の居ない世界で生きていこうとは思わない。彼が守りたかったここを守りたいとは思わない! 我儘だっていい、僕を貴方達を試す。主従なんて望まない、ヤルか、ヤラレルか、それだけなんだよぉぉぉぉぉ」
「ぐぁ」
「キャ」
ルバーとAI君の悲鳴が聞こえる中、直感だけで空気砲を回避してみせる私。
不可視かつ、神速の早打ちにいつまでも対応できるとは思えない……実に面白い。
「ふふっ、ここからが本番という訳ね」
良いだろう少年。
この私が、私達が銃之支配を奪い取ろうではないか。