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工作活動は遥か未来で  作者: せきれい梶蚊
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第1章 第2節

日が傾き西の空が赤くなり始めた頃。

 羽悠真はゆま零士れいじは大学での講義を終えて校舎を出る。新入生である二人は、上級生のように授業が終わると研究室に行く、なんてことはない。放課後を自由に過ごせるのは下級生の特権である。別段、大学に用のない彼らは帰路についていた。

「羽悠真くん、また明日ね」

「ああ、じゃあな」

「うん、気を付けてね」

 零士と別れた羽悠真は、登校時に通った正門ではなく、西門の方へと歩きだす。今日はこの後、アルバイトの予定が入っている。親友と一緒に帰れないのは少し寂しく感じるが、生活が懸かっているのだから仕方がない。

 西門を出て徒歩数分。バス停に着いた羽悠真は、備え付けのベンチに腰かける。待っている間、手持無沙汰な羽悠真は音楽を聴くことにした。バッグから取り出したのは、時代遅れのヘッドホンだった。

(端末につなげてっと)

 携帯端末を取り出して画面を操作する。無線で接続が完了すると、程なくして音楽が流れ始める。手間がかかり荷物にもなり傍から見れば不経済で非効率だ。それでも羽悠真は厭うことなく使っているのだった。

 バスが到着する。

 羽悠真はそのままの格好で乗り込むと、近くの席に座る。学生の多くは部活やサークル、あるいは研究活動で、多くがまだ構内に残っている。会社員の帰宅ラッシュは数時間先のこと。それゆえ、車内には乗客がちらほらいる程度だった。

 バスが走り出す。

 車窓から羽悠真は外の景色を眺める。変わることのない無機質な建物群を背に、道路に並べられた街路樹が風に揺れている。時折、歩行者や車が視界に映る。残念なことに、外の音は車内まで入ってこない。ヘッドホンから曲が流れてこなければ、バスの中は静寂に満ちていただろう。

 席の上で揺られること十数分。ヘッドホンを外した羽悠真はバスを降りた。

 車内もそうだったが、この時間帯は人をあまり見かけない。帰宅ラッシュではないこともあるが、付近に観光名所や大型商業施設がないのも閑散としている理由として挙げられる。住宅が立ち並ぶ、いわゆるベッドタウンである。

(歩道が混雑しているのも考えにくいけどな)

 勿論、駅のような場所では、帰宅時間になると大勢の人で溢れかえる。しかし、羽悠真が現在いる場所は、駅から遠くバス停があるのみ。通行人を見つけても、そのうちどこかに行ってしまうか家や建物の中に入ってしまう。ちょうど道路の反対側を歩いている女性も、車が通過した次の瞬間にはその姿が消えていた。

(またどこか行ったのか。本当に人通りが少ないな、ここは)

 少しの間だけ感傷に浸る。寂しさと同時に孤独感も覚える。自分だけが世界に取り残されたように思えてしまう。けれども

(家族も親友もいるのに、僕は一体何を考えているんだろうか)

 口元が僅かに緩む。あり得なさすぎて、そんなことを考える自分があまりにも馬鹿馬鹿しい。映画やドラマの影響だと自覚してしまうほどに。

 とりとめもないことを思っているうちに職場の目の前まで来ていた。

 五階建てのオフィスビル。羽悠真はその建物の自動ドアから中に入る。エレベーターで最上階まで上ると、そのフロアの一画へと歩みを進めた。そして、指紋認証をパスするとフロアにある部屋の一室に入った。

「こんにちは。今日もよろしくお願いします」

 挨拶した後、羽悠真は自分の席に座る。部屋には他に同い年くらいの青年が数名いて、各々がそれぞれのタイミングで彼に挨拶を返した。

 羽悠真の仕事はデータの整理、解析、そして評価である。勤め先の正社員たちが設計、あるいはシミュレーションしたものを分かりやすくまとめて、その結果をまた正社員側に渡すのである。

 羽悠真がこの仕事を選んだ理由は、もちろん時給が高めに設定されているのもあったのだが、自分の長所を生かせることが一番の魅力だった。エンジニアに関する資格を幾つも持っていた彼は、その能力を見込まれ採用されたのである。

 仕事に集中すれば、時間は駆け足で過ぎ去るもの。気付いた時には日が暮れていて外は真っ暗だった。

(もうこんな時間か、早いな)

 机のコンピュータから視線を外し、同じ姿勢で凝り固まった身体を伸ばす。周りを見ると羽悠真以外誰もいなかった。夢中になり過ぎて、帰宅していく仕事仲間に気付かなかったようだ。

 時刻は午後八時。

 羽悠真は帰り支度をし始めた。荷物をまとめるとそのまま部屋を出る。電気は自動的に消え、代わりに廊下へと続く通路が点灯する。それはつまり、会社の人間がこのフロアにはいないということで、正社員と非正規雇用者を問わず、皆帰ったことを意味している。

(誰もいない建物の中って、何だか薄気味悪いな)

 所々灯りが消えていて、中途半端に光があるのが余計に恐怖を演出している。それに一人でいると、普段何とも思わないものまで怖く思えてしまう。例えば、受付にいるアンドロイド。例えば、天井から聞こえるラップ音。

(ラップ音? 木造じゃないんだけど、ここ……)

 歩くスピードを速める。さっさとここを出て家に帰ろう、と心に決めた。何故だか分からないが、嫌な感じがする。長居は無用だ。

 エレベーターに続く廊下へと出る。するとフロアの電気が全て消えた。窓から差し込む微かな光のおかげで、辛うじて自分の周りを把握できる。しかし、それ以上は全くと言っていいほど見えない。文字通り、一寸先は闇である。

(停電? 会社ならサブの電源に切り替わるはずだけど)

 手を伸ばして壁のありかを探す。記憶とわずかな光を頼りに慎重に足を運ぶ。幸い、廊下の壁はすぐに分かった。気を落ち着けながら、自分の携帯端末を取り出す。

(さっさと取り出していれば、もっと早く動けたのではないか? 滅多に停電しないとはいえ、冷静さを欠いていたな。まあ、何事もなかったからいいけど)

 自省できるくらいには落ち着きを取り戻してきた。もっとも、大規模な自然災害でもなければ停電が起きることはまずない。自覚はないが、充分に羽悠真は冷静であったと言える。

 端末の灯りを使い足元を照らし出す。エレベーターの場所に向かって無人の廊下を歩いて行く。距離はあまりないため、辿り着くのに時間はかからなかった。けれども

(やっぱりエレベーターは動かないか。仕方ない)

 電気が止まっていては動くはずもない。エレベーターに限らず、建物内のほぼ全ての設備が機能を失っていた。

(階段で降りるか)

 端末で廊下を照らして案内板を探す。時間は大してかからず、それはエレベーターの近くに掲示してあった。ただ、階段の設置場所はこの廊下の突き当たりで、今いる所からだいぶ離れている。暗い中をもう一回歩いて行かなければならなかった。

 羽悠真は来た道を引き返す。暗さに慣れてきて、最初よりスムーズに歩けるようになってきた。周りもぼんやりとだが見えている。壁の位置とかドアの場所とか人影とか。

(? まだ他に残っている人がいたのか)

 誰かいることが分かり、羽悠真は少し安堵した。一人でいるより何倍も心強い。この建物は別の会社もあるため、同じ職場の人間かどうか分からないが、この際それは些末な問題だろう。

 ふと、背中の下、腰のあたりに何かが当たったような感触がした。次の瞬間、首にロープみたいな太いものが巻き付く。背中の感触はそのままに、羽悠真は若干仰け反るような体制になった。

「残念だけどあなたの負けね」

 後ろから声が聞こえた。女性だと分かる高い音程の声質。けれども、彼の記憶に思い当たる節はなかった。声だけで判断するなら、年齢は自分とあまり変わらないだろう。

「確かに。この青年が本当にただの一般人であれば、の話だが」

 今度は前方からハスキーな声。目を凝らすと、人影が先程より大きくなっている。暗くて姿ははっきりと分からなかったが、話しているのはその人影だった。

「だそうだけど、君、何か言いたいことある?」

「え、僕ですか?」

「そうだよ」

 突然の停電に加えて背後から拘束されて、羽悠真の頭は軽くパニック状態だった。状況を整理しようと考えても、冷静さがいっこうに帰る気配がなく、頭の中でうまくまとまらない。分かっているのは、自分の身に危機が迫っているという事。具体的にどんな危機なのかまでは分からなかった。

「えっと、どうしたら僕は、その、解放されるんでしょうか?」

 沈黙の空気が周囲を満たす。彼の前にいる男性と思われる人物も、後ろにいる女性と思われる存在も口を開かない。おかげで腰に当たっているものの見当が付き始めた。己の拳より小さく、硬くて無機質な感触。このシチュエーションで考えられるのは――

(まさか、拳銃!?)

 往年の映画やドラマでよくあったシーンだが、自分がされるとは夢にも思ってみなかった。

 拳銃のようなものが、より強く押し当てられる。無言なのが余計に恐ろしい。

「あの、帰らせてくれませんか? 夕食をまだ食べてないし、えっとそう、トイレ行きたい、です」

 なおも無言は続く。そして、腰に押し当てられる感触はさらに強くなった。

「何したらいいのか教えてください!」

「では、武器を持て」

「わかりまし……は?」

 目の前の人影に言われたことが理解できなかった。普通の市民が武器など持っているわけがない。

「どうした? 武器を持って戦えと言っている」

「……いや、あるわけないでしょ? 警察に捕まりますよ?」

 警察の犯人検挙率が100%のこのご時世、犯罪だけは絶対に避けなければならない。逮捕されたが最後、転落する人生が舞っているのだから。子供の時から嫌というほど教わって来たわけで、正直なところ、事件を起こす人の気が知れない。

(あれ? 今まで銃刀法に引っかからなかったのか?)

 腰の圧迫感が弱まったこともあり、羽悠真の頭は冷静さを取り戻しつつあった。背後の人物が何を考えているのかは分からない。けれども、これは状況を打開する絶好の機会だ。

「見えていないのか? 額に銃口を向けられているのが分からないとでも?」

(銃口!? 何処にそんなものが……)

 人影の手に視線を向けるが、自然に下げられたままの腕の先に、拳銃はおろか何一つ握られていなかった。目を凝らして確認するもやはり何も持っていない。

(ブラフだと思いたいけど、きっと違うんだろうな。だとしたら、僕にできることは何もないか)

 瞳を閉じて両手を上げる。

「なるほど。……本当にただの一般人なのだな?」

「そうですけど?」

 彼の返答に人影はしばらく無言になる。その間、羽悠真は固唾をのんで、じっと前を見据えていた。

「そうか。無関係の者を巻き込むわけにはいかない以上、諦めてここから立ち去ることにしよう」

 そう言うと、その人影は闇の中に消えていった。視界から消えると同時に、羽悠真の拘束も解かれた。ゆっくりと振り返った羽悠真の視線の先には、ライダースーツのような服装に身を包んだ、彼より少しだけ背の低い人物が立っていた。顔はヘルメットで隠されていて、服装越しに分かる身体の起伏から、その者が女性であることが想像できた。

「君のおかげで助かったよ、ありがとう」

「そ、そう? それは何より、です」

 なぜ礼を言われたのかは分からなかった。ただ、異性から感謝されて悪い気はしない。

「それで、君は何でここにいたの?」

「? この会社でアルバイトしているのだから、ここにいて当然だと思いますが?」

「帰りたいとか思わなかったの?」

「いえ、全然」

 彼女は興味なさそうな声でふーん、と相槌を打つ。身長差から羽悠真を自ずと下から覗き込む形になっている。彼からしてみれば、彼女の表情が読めないため、どう反応したらいいのか分からない。

「君が何を考えているか分からない」

「そんなこと言われても」

 むしろ羽悠真の方が困っている。素顔の彼と異なり、彼女は顔全体が隠されているのだから。

「友達いないでしょ?」

「急に話を変えないでください」

「質問に答えてちょうだい」

「……いるけど」

「そう、それは良かったね」

 興味ないと言わんばかりのおざなりな返事。普通の人間が相手であれば、流石の羽悠真も怒りの感情を覚える所だっただろう。そんな気持ちにならないのは、彼女が武器を持っているからで――

「あの、さっき背中に押し付けていた拳銃? らしきものは、一体どこにあるんです?」

 彼女は今、手に何も持っていない。ようやく暗闇に慣れた目でそれくらいの判別はできるようになった。腰の辺りも確認したが、これと言って不自然な凹凸は認められなかった。

 羽悠真をその場に残し、彼女は背を向けて歩き出す。

「待ってくれませんか。君は一体何者なんだ? それにさっきの人影は」

「あのね」

 彼女は彼の話を途中で遮った。そして、彼に聞こえるように溜息を吐いた。

「本当なら知らない方がいいことなの。だから、何も答えることはできない」

「……」

 無言で彼女を見つめる羽悠真。けれども、真意の程は何も分からなかった。

「それじゃあね。二度と会わないことを願っているから。その方が……、幸せなはずだから」

 顔だけ動かして羽悠真を一瞥すると、彼女はその場から煙のように消えてしまった。

 羽悠真は目をしばたたかせ、彼女のいた辺りを凝視する。すると、フロアの電気が点灯した。急に明るくなり彼は目を細めた。

 しばらくして光に慣れてくると、再び辺りを確認する。しかし、痕跡一つ残っておらず、夢でも見たような感覚に襲われた。ただ一つ言えるのは、

「時間だけが経っている……」

 仕事が終わってすぐにフロアを出るはずだったのに、予定より随分と時間がかかってしまったという事だった。

「この後のことは、友達と合流してから考えるかな」

 そう言うと、彼は携帯端末を取り出してメッセージを送信する。

 月の光が街を明るく照らしていた。

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