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……冷たそうな、人。
初めて会って感じたのはそういったもので、彼が私をまじまじと見た後目を伏せたのを見てやっぱり冷たい人なのかもしれないと再度思ったのだ。
夜の空の様な漆黒の髪に私の大好きなブルーダイヤみたいに綺麗な瞳をしているのに、彼はどこか寂しそうで誰も寄せ付けない雰囲気をまとっていた。
――なんだかもったいないな
次に思ったのはそんな気持ち。
もっと笑えばとっても幸せになれる。彼に決定的に足りていない笑顔をどうにか見たかった。
だから、私はたっぷりの幸福とちょっとの愛想を含めて彼に笑いかけて自己紹介をしたのだ。
「カリーヌ・レナ・ラルエットと申します。これからよろしくお願いいたしますわ…旦那様!」
――未来への希望を滲ませた私の言葉に、彼…旦那様は今まで以上に冷たい表情となってしまったのだ。
…失敗、したかしら。
■
四大公爵家の一つ、ラルエット公爵家に私は生まれた。
綺麗なドレスにたくさんの使用人たち、何不自由ない生活を送っていた。
だけど貴族の令嬢の宿命でいつかは結婚しなくちゃいけない。これでもお兄様そっくりの容姿はそこそこなものだったから、プロポーズはたくさんされたけどどうにもしっくりこなかった。何か違う、もっと煌めくようななにかが、そんな王子様を待ち続けて結婚適齢期のギリギリ18歳になってしまったのだ。
『――カリーヌ、すぐさま私の選んだ相手と結婚するか…それとも修道院へいくか、どちらにしたい?』
ある日、私に激甘なはずのお兄様が、にっこり悪魔の微笑みでそんな鬼のようなことを言う。
もちろん私は王子様を求めていたけどこのままじゃ恋も愛もないあるのは祈りだけの修道院へ送られてしまう!…というわけで消去法で結婚を選んだのだ。
だけど、私は送られてきた絵姿を見て一目で恋に落ちてまう。
それは画家の才能かもしれないけど、絵姿の彼はとってもきれいな瞳をしている。
――蒼薔薇の瞬き、モルフォ蝶の飛行、ブルーダイヤの煌めき!
頭の中に浮かんだ乙女チックな言葉によいしれながら、私はこの結婚に希望を持って臨むことにしたのだ。
――なのに、なのに!
朝食の席で離れながら横に座っている旦那様は無表情にパンをちぎってちぎって食べて食べて……
あからさまに凝視している私のことを完全に無視していらっしゃる。
「そのパン、おいしいですわよね!」
「……ああ」
「甘いものがお好きですの?、私も甘くて柔らかいものが――」
「――このパンは甘くないし柔らかくもない」
話題、終了。
毎日こんな感じで恋も愛も生まれる予感はない。
だけど……
――綺麗な、瞳。
今日は夜の白鳥の水しぶき。とても可憐で不思議な雰囲気。
私は旦那様をじっくり観察しながら、彼の瞳に名をつけるのだ。昨日は冬の花々、今日は白鳥、明日はどうしよう。本当に、綺麗で美しくて――
「――いい加減人を凝視するのはやめてくれないか」
なんと、そんなことを考えていると旦那様の方から非常に珍しく話しかけてくださったのだ!
剣呑な雰囲気を隠しもせず私を見てくれる旦那様、その青にハートが貫かれるけどせっかくのチャンスを生かさなければ。
「旦那様、今度ピクニックいたしません?」
「……は?」
「春の花々を摘んで持ち帰るのもいいですし、日差しを浴びながらお昼寝するのも素敵ですわ。みんなでボードゲームをするものとっても楽しいですわね!」
私は気分がぐんぐんと急上昇してマナー違反だってわかっていながら席から立って旦那様の両手を握った。
「湖でボード漕ぎも木の上で歌うのも、木陰で読書も!たくさん私と一緒にしましょう?」
「――君」
「はい?」
「先に言っておくが私は君と楽しく過ごすつもりなどない。所詮は政略結婚に過度な期待を持たないでくれ。……あと、私に触れるな、話しかけるな、目の前に現れるな!」
気づいたときには、旦那様はとても冷たいまなざしで私を見ていた。
「…ピクニック、しましょうね…」
懲りずに小さな声になりながらそういった私に、旦那様は大きなため息をついて去っていったのだ。