転生チートな赤ずきんちゃんは狼さんに食べられたい
ほのぼのが出来た………だと……!?
この世界には狼と呼ばれる種族がいる。そして、お母さんにもらった赤い頭巾を被った私は、赤ずきんと呼ばれている。そう、ここは赤ずきんの世界。
さぁ、バスケットを握りしめて森へ行きましょう。きっとそこにはあの人がいる。………え?バスケットに何が入っているかって?気にしちゃ駄目よ、気にしちゃ。
「狼さん狼さん」
「………んだよ」
「狼さん、機嫌悪いわね。低血圧もほどほどにしないといけないわよ。そもそももうお昼よ」
「…………知ってる」
「もう、狼さんってば────爆竹どこかしら」
「!?」
「冗談よ、冗談。今はしないわ」
拝啓、前世の母さん。前略。今、私は狼さんと仲良くなりました。というよりも、私が一方的に懐いていて狼さんが傍にいるのを許容しているという感じだけれど。
「狼さん、こんな所で寝てると風邪ひくわよ」
「………んー」
「お腹出して寝て前も風邪ひいてたじゃない」
もう普通の言葉を話していない。それ程私に気を許してくれた、ということだろうけれど…。でもこれはいただけない。この人は森の中に引きこもっているのだ。看病するのは誰だと思っているのか。
「仕方ない」
やるか。
その言葉を口に出さずに私はバスケットの中に手を突っ込み、ある物を取り出した。そしてそれを迷わず狼さんの頭上へ。前に作った紐を引っ掛ける場所にそれの先を括り付けた。もう一度手を突っ込み、明らかに私が手にしていたらおかしい物を取り出す。
「狼さんが悪いのよ、うん」
その日、森の一軒家に破裂音が響き渡った。
「お前は俺を殺す気か」
「コロスケか?」
「何だそれ」
「名作よ」
コロスケかのお答えは「そうなりよ」、一択で。
狼さんの大きな手が私の頭に置かれ、ぐりぐりと荒々しく撫でられる。否、これは攻撃だ。痛いです。狼さん怒ってるな、これ。
「反省はしているわ。後悔はしていないけれど」
「なお悪いわ」
キリッとした顔で言い切ってみるが、狼さんは真顔で返してきた。ぐりぐりは更に強くなっているのである。何をやったかって?今回はそこまで酷くないわ。風船を頭の上にセッティングして自分で“創造”した空気銃でそれを撃っただけよ。被害は無しよ。爆竹を使わなかっただけ褒めてほしいくらいだわ。
「狼さん狼さん、お昼作ったわ。前に狼さんが好きって言ってたパイも焼いてきたの!ほら、食べましょ?」
ほら、私がこう言うと狼さんは仕方ないなって顔をして私を抱っこしてくれる。だから私はこの人が大好きなんだ。
私が狼さんと出会ったのは2年前。転生を思い出した次の日のことだった。今生の私の家族の関係は冷え切っており、私は苦悩のあまり自殺しようとしていた。母に真の意味で愛されず、皆から疎まれ、私の心は壊れていた。………そしてナイフを胸に突き立てようとしたその時、思い出したのだ。私の過去の物語を。
前世の私は病弱で入退院を繰り返していた。学校なんて行ける筈がない。行っても周囲が戸惑うことは目に見えている。そう考えた私が退院している間に極めたのは家事だ。シングルマザーで仕事一本、私の入院費を稼ぐため仕事人間となった母は家事の能力が皆無だった。最初は母の手伝いをしようとしたのが切っ掛けだった。
……そして私は死んだ。15歳の時、退院して家に帰っている途中だった。死因は逆送してきた車との衝突事故による事故死。大好きな母も死んでしまったらしい。……そして、転生神と名乗る人が現れた。病気を繰り返していた私を哀れに思い新たな命を授けたいと思った、と。母は私が幸せな未来を歩むことを望んでいた。今生が無理ならば来世で、そう願って私は転生したのだ。
────ならば、ここで私は死ぬべきか?
答えは否だ。ここで思い出したのは運が良かった。私は5年後、死ぬ。ならばそのフラグを折らなければならない。
何故死ぬのが分かったのかって?それは私のあだ名が関係する。私の今生の母は野心家でね、父を誑し込んで玉の輿したんだ。村一番の名士である祖母はそれを見抜いて母を毛嫌いした。そして嫁姑戦争勃発の最中、父は病死。母は父との繋がりである私を可愛がった。そして祖母は母が父との繋がりとする私を避け、村の人々も嫌いな母が可愛がる私を敬遠した。父が病死した当時5歳の私は母が誕生日プレゼントでくれた赤い頭巾を気に入り、いつも被っていた。そして私はこう呼ばれた。「赤ずきん」と。
この村では百年に一度、村の奥の森に住む化け物の“狼”に村娘を生贄として捧げる。その少女はきっと、皆に疎まれている私が選ばれるだろう。そして祖母が所有権を持つ祭壇に私は捧げられ……狼に食べられる。
ならば、狼を殺せばいい。思い立った私は次の日、森に出かけた。その時の私はもう、死のうなんて思っていた感情をすっかり忘れてしまっていた。
「……よし、と」
狼のいると言われる森の中にぽっかりと開いた平地で私は爆竹をセッティングした。詳しく言うなら爆竹もどきだ。時限爆弾に似ている、音がメインのやつ。何でこんなのを持ってるかというと、これが私の転生チートだからだ。3つだけ選べるそれで私が頭を捻って考えたのは「丈夫な身体」と「創造の力」と「収納の力」。収納はよく転生ラノベであるやつだと思えばいい。重い物が持てて便利。創造は私が“収納ボックス”と呼んでいるところで行う。想像したら物が出来てびっくりしたよ、昨日。そして収納ボックスは私のバスケットに設定した。明らかにバスケットから出てこれる大きさじゃないマシンガンはドラ○もんのポケットみたいなものだと認識した。……で、丈夫な身体ってのは文字通り。そう簡単に死にたくないからね。
「ここまで来れば大丈夫、だよね」
平地から森の中に入り、そして頭の中で起爆を唱えた。刹那、轟音。
凄まじい音と光を出しながら燃えるそれを見て私は目を丸くする。花火なんて見たこと無かったが、テレビで見るそれに似ていると思った。森に被害を出す前に止めないとなー……なんて思いながらそれを見ている私は気付かなかった。私の後ろから忍び寄る一つの気配に。
「お前か!あの変なの仕掛けたのは!」
私の頭をゲンコツで叩きながら言った人。驚いてその人を見ると、その驚いた感情に影響されてか爆竹の勢いが無くなった。そしてその人に付いている“あるモノ”を見て私の驚きの感情は最大限まで高まったらしく、爆竹は消滅してしまった。……そんなこと、どうでもよかった。だって、彼には普通の人間には付いていない…所謂ケモミミが付いていたのだ。普通の人間の姿。そしてケモミミ。下に目を向けると、そこには尻尾も見える。
「………おお、かみ?」
これが私と狼さんの出会いだった。
「狼さん狼さん、お手紙が来てるわよ」
「………は?手紙?」
「ええ。狼さんの家のドアに挟まってたわ」
ほら、と手渡すと訝しげに狼さんはそれを手に取った。
あの日、私は狼さんに捕まって説教された。平地の芝生の上で3時間も正座されられた。ふらふらになって(正座のせいで)帰った私は思ったのだ。“狼”がもし人狼というので、もしそれがこの人ならば。もしもそうならば殺す必要は無いかもしれない、と。いや、もしかしたら今まで出来なかった友達になれるかもしれない。年だってまだ若そうだった。ならばやる気も出るものだ。
次の日から私は爆竹で狼さんを召還(烈火の如く怒ってお出ましでした)し、狼さんの住居を知るに至った。2週間繰り返したら諦めて教えてくれた。まさかあの平地から森にテレポート出来る場所があるなんてびっくりだった。「誰にも言うなよ」って言われたので「教える人がいない」って言ったらすごく微妙な顔をしていた。この手の話は狼さんが困った顔をするので言わないように気をつけている。
「ペーパーナイフどこかな……」
「はい、言うと思って取ってきたわ」
「ん、ありがと」
私の手渡したそれは狼さんの家に埋まっていた物だ。私が狼さんの家に来て思ったこと。それは「この人、駄目人間だ……!」である。私の前世の母親並に家事が出来ていないようだった。まずは家の掃除。そして食生活の改善。家にいても居心地の悪い私が、彼の世話のためにここを頻繁に訪れるようになるのはあっという間のことであった。今は昼の間はずっとここに入り浸っている。夜は流石に家で何か言われると怖いので帰るけれど。
「狼さん?どうしたの?」
「………い」
「……狼さん?」
様子がおかしい。やはり手紙が原因だろうか。こんなこと、初めてだったのだ。手紙って……しかも狼さんにだよ?森の奥深く、テレポートしなきゃ会えない場所にだよ?しかも人狼だよ?ケモミミだよ?誰からだろうね、本当。そもそも狼さんのルーツが知りたい。今分かっているのは姿と年齢はほぼ同じということだけだ。でも何歳だろ……十代後半、もしくは二十代前半だとは思うんだけど……。
「お前、立ち入り禁止な」
「断固拒否します」
突然言われた言葉にキリッとして返す。赤ずきんちゃん12歳、ちゃんと自分の意見は言える子です。そしてさり気なくバスケットから爆竹を取り出しながら睨みつけます。脅し?違う違う。訴えてるだけよ。
「…………暫くの間だから」
爆竹を取り出そうとする手をバスケットの中に入れられ、バスケットを若干遠い所に置き直しながら狼さんはそう言った。目線を合わせながら私の頭を撫でるのも忘れていない。こやつ、私の好きなことを心得ておるな……!出来る……!
………と、ふざけている場合ではなく。割とマジで私の居心地の言い空間にいれる権利剥奪は辛いのです。狼さんの家に行けない間私に何をしろと……?いや、割と本気で。私は村では避けられてることで定評のある赤ずきんちゃんよ?家にいると祖母の困った顔に辛くなるのよ?母?気にすんな、あの人は私を駒としか見ていない。前世の母の懐いていたせいか、私はあの人を未だに母だと認識出来ていない。がめつい、化粧のキツい自分の利益しか考えないおばさんと見ている。赤い頭巾は祖母がこっそり付けてくれたアップリケがあるので使っているが。
「賛成しかねます。狼さん、生活能力皆無じゃないですか。むしろパラメータはマイナスに振り切ってるじゃないですか」
「ぱら……?いや、そんなこと無いと思──」
「私が風邪ひいた時、一週間でこの家はゴミ屋敷と化しました」
「…………うっ」
「そしてキッチンにはどこから買ってきたのかよく分からないけどジャンクフードばかり!」
「…………」
「…………そもそも狼さんの成長期はジャンクフードで培われたせいで成長しなかったんですよ」
「俺が悪かったです」
「分かったようでよろしい」
文献曰く、狼の全長は2.5メートル近く。狼さん、180センチくらい?人間としては丁度良いが狼としては大丈夫なんでしょうか?って疑問をぶつけたら狼さんは沈黙してしまったことがある。文献は拡大表現していたとしてもやっぱり小さかったらしいです。
「狼さん、何故私にいなくなってほしいのですか?」
「…………………知り合いが、来る」
知り合い。ならば尚更じゃなかろうか。
「あの、ゴミ屋敷に知り合いさんを招待するんですか?」
「……………………」
沈黙が答えであった。
「狼さん狼さん、だからお腹出して寝ないでください」
「…………寝てない」
「いやどこがですか」
結局。私はその知り合いさんが来るその日には行かない、ということで話が纏まった。同じ狼の人らしく、来るのは多分夜だからとのこと。私は基本昼しかいないし、その人が来た翌日にはテレポート場所を封鎖するから多分分かるとのこと。やったね赤ずきんちゃん、ごり押しで勝ったよ!
「狼さん狼さん」
「………んー……」
「ってちょっ、っうわっ……!」
煩いとでも言うように狼さんに抱き寄せられ、布団に入れられる。慌ててじたばたするが、もうがっちりと拘束されていた。結構あることなので焦らず対応。途中で狼さんの目が覚めてくれるのを待つしかない。
「狼さん狼さん」
「…………んー」
「んー、じゃないです。離してください」
「…………やだ」
「やだって何で───」
その言葉は途中で飲み込まれた。狼さんの胸に顔を押しつけられていた私は、その体勢のまま額に生暖かいものが触れたのを感じていた。体勢的に何かなんてすぐに分かった。珍しく私は焦った。他意は無いのは分かっているけども!そうだけれども!
「お、狼さん、離してください!」
「お前、良い匂いするな……」
「何ですか寝ぼけてるんですかロリコンさんなんですか訴えますよ!?」
「……ん」
ポカポカ殴っていたその手はいつの間にか回っていた狼さんの手で塞がれ、そしてカプリ。
「~~~~~っ!?」
「……あー、やっぱ安心する」
「な、何が安心するですかこのセクハラ狼!ちょ、離してくださいなんか危険感じます!」
「やだ」
ヤバい。赤ずきんちゃん、貞操の危機の可能性がある。狼さんは信用しているが今日の狼さんはなんかおかしい。普段は甘えるようなことしない。悪ぶりたい年頃の狼さんなのだ。思春期の男の子なのだ。
「お、狼さん!離してください!」
「…………あとちょっと」
私も甘い。彼を無理矢理引き剥がすことなんて簡単なのにしようとする気になれない。
……しかし眠気というのは伝染するものでして。その日、私は珍しく狼さんとお昼寝してしまったのであった。
赤ずきんちゃん、緊急事態です。もう夜でした。私は狼さんのベッドの上で一人寝ていました。そして目の前には謎の美少女。
「目が覚めたのかしら?」
「え、あ、はい。えっと…………」
熟考した結果、導き出した答え。
「狼さんの彼女さんですか?」
「んなワケあるか!」
そしてその答えはドアを乱暴に開け放った狼さんの叫びにより全否定されるのであった。
「ほへー。狼さんのお母様ですか」
「ええ、そうよ。気軽に義母様って呼んでちょうだいな」
「えっでも……」
「いいからいいから」
「おいオフクロ。響きなんか違わなかったか」
「いいからいいから」
美少女に母呼びするのは、ちょっと……。化けてるだけで本当は狼さんより大きいのだろうけれど。でも、私の母親よりもよっぽどお母さんっぽい。どこだろう、似ている筈もないのに雰囲気が前世の母とそっくりだ。包容力だろうか。
「………おかあさま」
「~~~!」
「あ、あの、お母様?」
「気にすんな、むしろ放っておけ」
狼さん、母親への塩対応はいけませんよ?家庭崩壊を招きかねます。
「あ、あの、狼さん。もう夜なんで帰りたいんですけど」
「無理。今のこの森の力はオフクロに掌握されてる。多分お前の言うテレポートってやつ使えないぞ」
「え」
え、もしや私が帰れない原因はお母様でしょうか。そんな想像をしながらお母様を見る。
「違うわ、うちの愚息の本能を活性化させたのよ」
「あーもうその話は今は良いから!」
「えー」
「えー、じゃない!自分の森に帰れクソババア!」
いつも何だかんだ言いながらも優しい狼さんがここまで感情を顕すのは珍しい。多分私が(爆竹で)テレポート装置を壊そうとした時以来じゃないだろうか。
レアな狼さん。
その一言が私の頭の中を過ぎる。よくよく見れば尻尾の毛も逆立っている。レアだ。触りたい。もふもふだ。
「そもそもオフクロがこうしてく……………おいお前何してる」
「いえ、私のことはお構いなく。尻尾を触っているだけですので」
「……………適当に解放しろよ」
「がってんしょうちのすけ、です」
はっ。欲望に負けてしまっていた。今狼さんはお母様とお話中なのに。
慌ててお母様を見ると………あ、あれ?何か悶絶してない………?
「お、狼さん狼さんお母様無事でしょうか」
「あーうん。100年は生きてるからそう簡単に死なないぞ」
「……ええ、そうよ。そんな簡単に死んでたまるものですか。息子の晴れ舞台を見るまでは死ねないわ」
「おい止めろ」
真顔の狼さんのツッコミと全力のお母様の叫びが妙にマッチしていて割と面白いんですがここ笑うとこ?多分違う?そう、分かりました。
「それで、なんだけど。貴女は村の子かしら?」
「はい、一応村長の家系です」
急に話を振られたがちゃんと対応。マジです。祖母は村長です。
「………そう。ねぇ、もうそろそろ生贄の儀式があるの。狼が生娘を食べ、一人前の狼になるという儀式のために」
「はい、そうですね。捧げられるのは私ですよ」
「は、ちょ、お前んなこと……」
「だってどう扱えばいいか分からない子なんて生贄にピッタリじゃないですか」
狼さんは心配すると思って伝えていなかった。私が狼さんの元に行った理由も説明していない。殺しに行った、なんてきっと嫌われてしまう。
「…………そう。ねぇ、貴女に聞きたいことがあるわ」
美少女の狼は私の知る狼さんを指さして言った。
「この狼に生贄として捧げられていいと思う?」
「おい、オフク──」
「あんたは黙ってて」
私が、狼さんの生贄に。
昔はそれが嫌で狼さんを襲撃しに行った。でも今は?────今は、違う。私は、狼さんになら……
「狼さんになら。殺されても、食べられても良いです。他の誰でも無い狼さんになら」
それはそれで幸せな人生として終われる。大好きな狼さんの為に死ぬ。それは自殺なんかよりもよっぽど幸せな最期だ。
それを聞いたお母様は満足そうに笑いながら私を撫でた。狼さんとは違う優しくて小さな手が私の頭をくすぐる。
「そこの愚息、ベッド借しなさい」
「何その唐突かつ前置きの無い理不尽さ」
「女の子水入らずで話すのよ、察しなさい」
「………………オフクロはもう女の子とか言える年じゃ…」
「狼さん、女性に年齢の話は禁句です。お母様は可愛いし若いです」
「いやぁね、もう。本当可愛いんだから」
お母様に抱きしめられる。その腕の中は良い匂いがしてふわふわしたものの、狼さんの方が心地良いと感じてしまった。
「そして、愚息がいなくなりました」
「お母様お母様、狼さん死んでないです」
「ええ、そうね。ふざけるのはここらへんにしましょ」
狼さんの部屋のベッドに腰掛け、私は狼さんのお母様と向かい合う。相手が半端ない美少女なせいで緊張しまくっているものの、慣れた場所だけあって先程よりは動悸も安定している。
「ね、貴女、異性としてはうちの息子をどう思う?」
「はへ?」
思わず変な声が出た。異性として、異性として、異性として、…………異性として?
「えっと、それは、私が狼さんのことを恋愛対象としてどう思うかという……?」
「ええ、そうよ」
考える。が、答えはすぐに出てきた。
「………好き、です」
だから今日の昼、狼さんに額にキスされた時にあんなに動じたのだろう。だから今日、狼さんの彼女さんと答えを出した時に胸が痛んだのだろう。だから、私は狼さんの生贄になってもいいと考えたのだろう。
「………そう」
ならば良い方法があるわ、と告げられた。そしてその方法を聞いた私はその日のうちに家に帰され──────
「狼さん、来たわ」
「…………おお」
「狼さん、お願いがあるの」
「何だ突然」
突然でも無いわ、と口を尖らせつつ狼さんの部屋のベッドに座る。……そう、お母様とお話をしたその場所で。
「食べるにも色々意味があるらしいわ。カニバリズム……人を食べることはそうだけど、もう一つ。その、性的にってこと」
言えるだろうか。でも、言わないといけない。
「狼さん、私を食べて」
その瞬間、空気が止まった気がした。
お母様が教えてくれたこと。それは、儀式の本当の意味だった。
お母様のお兄さん……つまりは狼さんの叔父さんはこの村で生贄を捧げられたらしい。生贄というのはすなわち、狼の一族に迎えられる者のこと。つまりはこの場合、奥さんだったのだ。この生贄さんは私のように森に入り込んでいて、叔父さんと恋愛関係にあったらしい。そして生贄として迎えられ、暫く後に子供を授かった。そしてその子供が私の祖母である、ということ。人間の血が濃すぎた祖母はほぼ人間のため、人里に下りてきたらしい。そして狼譲りのその知能で成り上がったとか。………お母様いわく、今日私を家にお返しするついでに祖母と会ってくるそうな。面識があるんだって。そこで私を生贄にするようお願いするらしいわよ。
「狼さん、お願い」
お母様、狼さんが寝てるのを見て咄嗟に“本能に忠実になり、欲望に忠実になる”呪文を唱えたんだって。だから狼さんが私に甘えたのはそれが原因。………それで、額にキスされたのは………
「だって狼さん、私のこと好きでしょう?」
出来るだけ小悪魔に見られるようにニヤリと笑う。こうしていないと私もやっていられない。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
「…………今は、無理だ」
赤くなった顔を背けながらそう言う狼さんは本当に純情だ。これのどこが狼なんだろうか。
「じゃあ、数年後。生贄になった時」
その時は、食べてもらえる?
小さく呟いた私の言葉はピクリと動いた狼さんの耳にちゃんと届いてしまっていたらしい。
「……………いつか、な」
同じくらい小さな声は、ちゃんと私の耳に届いていた。
「狼さん狼さん。私、きっと成長してナイスバデーになるから。狼さんのロリコン疑惑晴らすから!」
「ろり……?おいこら止めろ。なんか知らんが止めろ」
「個人的には前世の小学生はアウトだと思うわ………狼さん、ロリコンだったのね……」
「止めろっつってんだろおい!?」
赤ずきんと狼の日常に恋の駆け引きが加わったのはその日の話だった。
その数年後、森の奥では破天荒な赤い頭巾を被っていた少女に振り回される狼の姿があったとか。そしてさらにまた数年後、その2人には新たな家族がいたなんて話が狼たちの間で噂となった。
「狼さん狼さん……じゃない。また言い間違えたわ」
またお腹を出して寝ている愛しい狼を見ながら赤ずきんは呟いた。
「………旦那様、ほらさっさと起きてください。お昼出来ましたよ」
起き上がるその影を見ながら赤ずきんは微笑む。その姿は本当に幸せそうであった。
シリアスをコメディにしていく人物。それが私。
ほのぼのが出来たと友人に言った瞬間に「嘘……登場人物が病んでない……!」と言われたのでお前は私をどう思っているのかと激しく問いただしくなりました。
この2人書きやすかったしまた出来たらいいなー、と。
感想ブクマ評価あればほのぼのも出来る(強調)作 が狂喜乱舞しますのでもしよろしければ(笑)
追記:7月前半中に後日談出します。