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創作に疲れた小説家による、自己分析と対策法

作者: 潮路

このエッセイは、「良い小説の書き方」を示してはおりません。「執筆したいが、その気力すらない小説家」に対しての一種の見解となります。ご了承ください。

 ふと、思ったことがある。

 自分が「小説家になろう」をはじめとした、創作の場で求めていることは何だろう。

 

 他の方の面白い作品を読むことなのか、評価点が10000ptを超えるような名作を作ることなのか、淡々と自分の思ったことを書き重ねていくことなのか。

 これらの選択肢は、私が小説創作をしていく上で辿っていった心の経緯である。

 最初の最初は読めればそれでよかった。しかし、読んでいくうち、自分でもそんな評価を受けてみたいと思うようになり、「潮路」というユーザーを作り、小説を書き始めた。

 その頃は創作への熱意があったと思う。自分だけの独自路線を築きあげて、「ひねくれた展開が多い為、読む人を選ぶがハマれば面白い小説家」なんて、今振り返れば、大衆受けを毛嫌いするニヒル気取りの高校生みたいなことをずっと考えていた。

 実際のところ、そんなにうまくいくわけがない。タイトルとあらすじだけやたら長くして、本文が200文字の作品やら、萌えを露骨に表現した作品も作ったが、そんなものは駅前の路上にブルーシートを敷いて、その上に訳のわからない骨董品やら色紙やらを置いている自称芸術家みたいなものである。言うに及ばず、他者の視線にすら入らない。

(そもそも、心を込めて作ったところで、最新の短編小説の欄はあっという間に新しい作品に埋められてしまうのだから、視線に入らないのも当然なのだが)

 自称芸術家はプライドだけは人一倍高いもので、評価点やら感想欄やらを見まくり、がくりとうなだれる毎日。熱意は冷めていき、最終的には人知れずフェードアウトしていった。


 再燃したのは、社会人になってしばらくの頃。「ああ、何か書きたいなあ」という衝動に突如として襲われた。サラリーマンというのは集団行動が基本となるため、自分一人で何かを作り上げるという機会がない。日に日に溜まっていく創作熱が溢れ出てきたと推察される。

 ストーリーもプロットも考えず、ただガリガリと書き続ける。「あへあへうんこまん」というネットスラングを基にナンセンスな小説を作り上げたり、バッドエンドばかり作りたがる自分の悪趣味な性根を見せびらかしたりした。

 しかし、それでも気が晴れなかった。というより、作品を書き上げること自体が難しくなっていて、気晴らしどころの状況ではなかった。

 今の「潮路」のマイページには執筆途中の小説がゴマンとある。数千文字書いてあるものもあれば、タイトルだけしか書いていないものもある。「なぜ、書き上げないのか」と思われる方もいるだろう。理由を正直に話すと、「書き上げるモチベーションがもう、ない」というあんまりなものだ。

 仕事が多忙だからとか、社会人となり他にもやらなくてはならないことが出来たからとか、そんなものではない。ただ単に、「これは作って出しても無駄だな」と思うようになっただけだ。どう、「無駄」なのかというのは、もう語るまい。


 創作欲自体はあるが、一方では「書いても無駄」という冷めた見方をしている。そんな「書くことに疲れた」小説家が私、潮路なのだと思っている。


 では今、創作をする理由は何なのだろうか。


 見てもらいたい。誰でもいいから、何でもいいから見てもらいたい。

「面白い」「くだらない」、そんなことはどうでもいいから、見てもらいたい。

 ある時は喜び、ある時は悲しみ、ある時は思想、ある時は欲望。それを文章にして、見てもらう。

 

 はた迷惑な話かもしれないが、それが潮路が現在、創作をする理由となっている。



 ここからは疲れた小説家に対する、これからの活動方針と心構えを書いていく。


 活動方針について

「短編小説のみを毎日1作ずつ投稿」する。毎日書くのは「書いても無駄」だという感覚をなくすためである。「書いても無駄」と考えるから文章が進まない、展開も作れない。発想を転換し、「無駄なものを書く」というスタンスで小説を書いていく。「ポイントが入らなかったらどうしよう」、ではなく、「ポイントが入ったらラッキー」程度の軽い気持ちでつらつら駄文を書くようなイメージだ。ともかく、毎日ひたすらに小説執筆を行う。

 超大作を書きたいという欲求に襲われたら、ネタを分割して、短編小説の中で少しずつ使っていく。疲れてしまっている状態で超大作を書こうとしても、途中でネタ切れ、竜頭蛇尾になるのは目に見えているからだ。

 字数は1000文字、制限時間は60分に設定する。潮路は仕事の都合上、終電帰りになることもあり、疲労困憊の状態で執筆活動をすることになる。そうでなくとも、気楽に小説執筆をするというスタンスである以上、1時間くらいでサックリ終えられた方が都合が良い。字数は個人的なものだが、ストーリーが辛うじて作れるくらいの量が良い。200文字では「何がなんだかよくわかんないけど、ふとんがふっとんだ」くらいのネタしか挟み込めない。起承転結を織り込むには、1000文字は必要と考えている。


 心構えについて

 書きたい事は当日の内に考える。今日の出来事で楽しかったこと、苛立ったことを演出過剰に記載していく。そんなネタがなければ、「地球が立方体だったら」とか「おっぱいのすばらしさ」とか深夜に浮かんできそうなアホらしい話題を書く。ベストなのは、「ぼーっと文章を書いていていつの間にか出来ていた」位の適当さ。話の整合性、物理法則など考える必要はない。ただし、書くのは1作のみであるので、一番書きたいと思った事柄を小説とすること。

 なるべく昨日以前浮かんだことはリセットするべきである。使わなければどんどん溜まっていくからだ。そして使わなかったものとにらめっこしている間に、無駄な時間だけが過ぎていく。今日の小説を作るものは、今日だけで構成されていればいい。神がかり的な下ネタが続々出るような日だったら、明日分くらいには回してもいいかもしれない。

 文章の構成は書く時も含めて考えない。構成を考えるだけ無駄である。それくらいで割り切って書かなければ1時間などあっという間だし、そもそもモチベーションがない状態でそんなに考えたいとも思えない。ここで言う「考えない」とは、小説の体さえなしてれば、なんでもいいということである。突然犯人が自供するシーンからはじまろうが、一文目が「おっぱい。」だろうが、それは別に構わない。ともかく自分の持ちうる創作欲とセンスを文章に叩きつければ、それで良い。

 そしてここからが重要なのだが、「出したらそれで終わり」にすること。ポイントも感想もアクセス解析も一切見ない。見始めると止まらなくなる。アクセス履歴の経緯、自分の投稿作品の分野別ランキングを某表計算ソフトで作った潮路が言うのだから、間違いない。


 ともかく、妄想垂れ流し。それが、理想と現実の狭間で疲れてしまった小説家が持つべき心構えになる。


・・ 


 最後に、これから毎日書くことになるであろう1000文字の小説の例を示しておく。


 タイトル「厨二太郎」(1000文字)


 むかしむかしあるところに、特別な力を持っていると自称している若者がいました。

 その若者は毎日のように、包帯を巻いた右腕を抑える仕草をしたり、仕事仲間達が楽しそうに弁当を食べているのを、遠目からじっと見つめ、「何の罪もない奴らを守護するのも大変」だなどとのたまっておりました。

 そんな若者が仕事場から戻ると、そこには十ほどにも満たぬ童がおりました。

 その童を見て、若者は「こいつこそが我の主、万物の神…」とほくそ笑んでおりましたが、その童に「好きな願いを一つ叶えよう」と言われた瞬間、素っ頓狂な声を上げ、「嘘だ嘘だ、世の中にそんな奇跡があるわけがない」と自分の作り上げた設定を否定するではありませんか。

 能力を疑う若者を見かねて、童が手から金の延べ棒を作り出したところ、若者は目を白黒させつつ、「では、お、おでを、いや、我を特別な存在にしてくれ」と言いました。


 童が息をふっと吹きかけると、なんと若者の新しい腕が2本、右肩から生えてくるではありませんか。若者は「違う」と言いました。童は首をかしげます。

 次に若者は「空を飛べるようにしてくれ」と言います。

 童が息をふっと吹き替えると、今度は若者の頭頂部から足の先まで、皮膚を突き破って羽根が生えてくるではありませんか。若者は「違う」と言いました。童は首をかしげるばかりです。

 次に若者は「手から炎を出せるようにしてくれ」と言いましたが、童に「腕が炭になるが、大丈夫か」と訊かれ、その願いを取り消しました。

 最後に若者は「あなたと同じ神様にしてくれ」と言いましたが、童に「意識が永遠になくなるが、大丈夫か」と訊かれ、その願いを取り消しました。


 若者は考えました。自分が求める特別とは何かと。他者と違うことが特別ならば、誰もが生まれながらにして特別ということになります。他者が持たぬ能力を持つことが特別ならば、異形になり果てねば特別になりません。何かにとっての重要な存在になることが特別ならば、犬を飼えば良いだけのことです。


 首をかしげすぎて、3回転半ほど首が回っている童を見つめ、若者は答えました。


「気兼ねなく話せる友達が欲しい」と。


 それは何ら特別な願いではありません。ですが、今まで「特別」の鎖につながれて生きてきた若者は、ようやく仕事仲間と一緒に弁当を食べることが出来るようになったのです。

 今の若者は「特別」ではありません。ですが、若者は今までにない「幸せ」を感じました。


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― 新着の感想 ―
[一言] とても共感出来る部分があった。 私は作品を書き連ねていきたい、タイプの人間です。 ただ今、私生活の中でそれどころではなく 「つかれた」と検索した所、こちらの作品にたどり着きました。 昔はとり…
2018/08/02 21:39 退会済み
管理
[一言]  小説家になろう 疲れた で、検索をして辿り着きました。 >ただ単に、「これは作って出しても無駄だな」と思うようになっただけだ。  まさに現在その通りの心境です。小説を書いた以上は時間を犠牲…
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