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街人Aの出番は一瞬ですよ?  作者: 鈴森蒼
王都大掃除編
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「ねえ、ほら、あの子……」

「金髪の?」

「……なんだって!」

「ほんとに?」


 あちらこちらで囁かれる好奇の声は、新しい年度が始まった証拠でもある。

 学院には毎年必ず、注目すべき新入生というのが存在する。エリューサスやテルスターのような王族だったり、名家の跡取りだったり、隣国からの留学生と言うときもある。


(わたしのときは誰だったんだろ。侯爵家のあの人かな)


 同じ学年の有名人と言えば、アリーゼの攻略対象であるジェヴァンくらいしか思いつかない。入学早々ゴタゴタに巻き込まれていたので、他人の噂が全く耳に入っていなかった。基本、話題の的になるのは王侯貴族の子女なので、きっとそうだと思う。


(去年は確か……えっと、誰だっけな……)


 新年早々からクアイドにこき使われていたので、やっぱり記憶が無かった。

 そんな噂話に疎いミオンでも、今年はいつもと違うことは分かった。


「中級科に、いきなり入ってきたそうよ」

「ずっと休んでいたって聞いたけど……」

「そんなんでやっていけるのか……?」


 話題の中心は、アリーゼだった。通常、学院では年齢に関わらず、新入生であればまず初級科に籍を置くのだが、アリーゼはミオンより一つ上の学年、つまり中級科二年となっていた。


(確かに、ゲームだと村から出てきていきなり王子様のいる学年に入ってたよね)


 当初は何とも思わなかったが、学院の生徒の一人として見ると、おかしな話ではある。

 当の本人は周囲の声をどう聞いているのか、逃げも隠れもせず、今も堂々と校舎に向かって歩いて行った。彼女が歩いた後には、謎のキラキラと芳香と残像がゆっくりと立ち上って消えていく。これが注目される原因の一つなのではないだろうかと思うのだが、どうもこの現象を確認出来ているのは、今のところミオンだけらしい。先日の、最初の遭遇の時、マギーにそれとなく訊いてみたが、そんな幻は見ていないようだった。

 気づいてたら恋になんか落ちないでしょ――過去の記憶の意見を採用するなら、『主人公補正』に気づいてしまえば恋に落ちないと言うことなのだろうか。無意識のうちに好意を擦り込まれるというのもなんだか怖い。同性のミオンには、関係ない話で本当によかった。


「――みんな予想はついてると思うけど」


 アリーゼの飛び入学については、ほどなく理由が判明した。新年度最初のサロン開催の直前に、アルファドが何の前振りも無く、話し出したのだ。


「今年、中級科に飛び込んできたあの子が、神託の解読者だよ。確か、アリーゼ・ソーンバーリと言ったかな。なかなか美人だったね」


 楽しむような口調のアルファドに、クアイドが資料を抱えて項垂れた。


「なんで今ここでそんなこと言うんですか」

「ずっと忙しくてみんなに報告出来なかったから、ちょうど良いかなってエルと話してたんだけど、ダメだった?」


 エリューサスの名前が出てきた時点で、クアイドに勝ち目は無い。ほんの少し恨めしげな視線が、第一王子殿下に投げつけられたのを、ミオンは見た。


「確かに、新年度になってから全員集まったのは今日が初めてですけど……」

「あのー……それ、僕が聞いててもいいんでしょうか」


 おずおずと手を挙げたのはニスモアだ。数ヶ月後には学院を去る予定だが、最後まで参加すると意思表明があったので、遠慮無くクアイドにこき使われている。ニスモアが去っても、メンバーの補充はしないそうなので、ミオンとマギーはジェラールを泣き落として今後の手伝いに引き込もうと計画中だ。成功確率は未だ低いので、日々、作戦の改良に勤しんでいる。


「というか、聞いちゃいましたけど……」

「うん、いいよ。聞いたところでニスが彼女に何かするとは思っていないから」

「はあ……ありがとうございます?」


 アルファドの言葉が純粋な信頼だとは、誰も――ニスモア本人も――思わなかった。そしてその判断は、正しかった。


「万が一、ニスが何かしようとしても、あの位置ならすぐに対処出来るから、お勧めしないよ」

「勧められても何もしませんけど……あの位置って……?」


 ニスモアが首を傾げる。


(あの位置……寮の部屋とか?)


 アリーゼの部屋がどこだったのか、ミオンは記憶の底を攫ってみたが、空振りに終わった。というか、そもそもそんな話ではなかった。


「偉い人がたくさん話し合った結果、彼女には中級科の二年に在籍してもらうことになった、と。これでわかるかな」


 謎かけのようなアルファドの言葉に、即座に反応したのはロネだった。


「……警備、ですか」


 続いて、ティオナ。


「テルスター殿下を始め、国の重鎮のご子息が在籍される、現在学院で最も警備網が厚く敷かれている学年ですね」

「ご名答。たまに覗くと、息苦しいくらいの警備がいるよね。自分の所があんな風じゃなくてほんとによかったと思うよ」


 アルファドはエリューサスと目を合わせてしみじみと頷き合った。

 そんな主従を、ロネが半眼で見やる。


「……もう少し人を置かせてくれと、配置が決まる度に担当から泣き言が来るんですが……」

「そうなんだ? その件はまた後で相談しようか」


 相談の時は永久に来ないとロネは知っていたので、黙って頷くに止めた。

 アルファドは他にもアリーゼに関する情報をいくつかもたらしていたが、ミオンは、過去の自分共々、驚愕の事実に多大な衝撃を受けていたので、それどころではなかった。


(アリーゼが中級科に入ってきたのって、恋愛のためじゃなかったんだ!)


 冷静に考えれば、当たり前のことだった。現時点で、アリーゼの他に神託の解読者が存在することは伏せられている。王侯貴族に続く重要人物となったアリーゼを、周囲が放置するわけがない。

 しかしこの世界が乙女ゲームの世界だと思い出してしまったミオンの脳内は、アリーゼと言えば恋という、偏見に満ちていた。ミオンの過去の記憶も「そんな設定どこにあったの?!」と、動揺している。


「……ミオン?」

 固まっていたミオンを現実に引き戻したのは、マギーだ。とはいえ、受けた衝撃は未だ残っている。


「どうしたのよ。そんなに驚く話だった?」


 ミオンは頷いた。頷いてしまってから、慌てて言い訳を考えた。まさか思ったことをそのまま口には出来ない。


「えっと……ほら、だって、すごくない? アリーゼ、さん、が、解読者だって分かったのって、最近だよね」

「半年くらい前じゃなかったかしら?」

「だとしても、半年で中級科の二年に入ったんだよ? わたしが二年掛けてやってきたことと、これからやることをまとめて全部終わらせてきたってことでしょ? すごくない?」

「それは」

「あ、そのことだけど」


 アルファドが割り込んだ。


「彼女の両親は学院の卒業生だったんだって。だから、一通りの基礎は学んでいたそうだよ」

「え、田舎の村で生まれ育ってたんなら、それだけでもすごいですよ」


 ジェラールが同調してくれたので、ミオンの真の衝撃はごまかせた。冷や汗をそっと拭う。危ないところだった。


「そうだね。でも学力に関しては、本人も意欲的だし、文句の付けようは無いそうだよ」

「学力は、ですか。何か他に文句をつけたそうに聞こえますね」


 探るようなクアイドの視線を、アルファドは受け流した。


「いろいろあるんじゃないかな。僕はよく知らないけどね」


 クアイドが更に突っ込もうとしたとき、入室を求めるノックが響いた。サロンの開始時間だった。ティオナが慌ただしく、しかし優雅に扉を開けて出迎え、机に寄りかかっていたクアイドは姿勢を正して営業用スマイルを浮かべる。化かし合いの始まりだ。

 マギーと共に隅に引っ込んだミオンは、資料の影からそっとエリューサスとアルファドを盗み見た。アルファドがごまかした先を、ミオンは知っていた。


「一番の問題は、彼女が何を奏でているのかということなんだ」


 アビアナの土産を届けに行ったときのことだった。

 当初、神託の解読者が奏でるのは、バイアム神より託された、マルティド神を癒やすための楽の音だと思われていた。しかし、アビアナやイプスの調査により、神託の解読は、解読者によって様々であることが判明してしまった。


「先日の神託、あの隻眼の男によれば、『花は、好きか』という問いかけに読めるという。ところが質問は読めても、どうやって神々へ答えればいいのか皆目見当も付かないと、ハベト族を悩ませているとか」


 そういえば解決方法が見つかったとは聞いていない。ミオンにも意見を求められたが、神殿で根気よくお祈りする、というありきたりな答えは採用されなかった。


「解決方法はこの際あちらに任せることにしたんだけど、問題は彼女の笛だ。あの男と同じ質問を繰り返して奏でているなら、単なる表現方法の違い、で済んでしまうのだけど」


 アルファドはそこで口を閉ざした。代わりに口を開いたのは、エリューサスだった。


「もし彼女が、彼女の笛が、答えているとしたら、どうなると思う?」

「えーと……笛で、『好きです』って神様に返事をしているって事ですか?」


 エリューサスは頷いた。


「そう。だがもし彼女が、その問いに『嫌いだ』と答えていたら、どうなると思う?」


 楽観はしないと、エリューサスは言った。国の将来を預かる身としては、正しい判断なのだろう。

 ミオンは答えられなかった。一庶民には、難しすぎる問題だった。


(シナリオで、そんな話は無かったから……)


 ゲームのタイトルは『終焉を奏でる君と』。アリーゼが笛を吹くとき、何かの終焉がもたらされる。例えば、テルスタールートでベストエンドを迎えたときにもたらされる終焉は、テルスター自身のしがらみだ。


(……誰とも結ばれなかったとき、アリーゼはどうなったんだろう)


 ゲームにはバッドエンドがあることを、ミオンは知っている。笛の音がもたらす終焉が、エリューサスが危惧するような暗い未来に繋がるのだろうか。

 過去の記憶は黙したままで、答えをくれない。そろそろ自分で思い出す努力をしてみるべきかもしれない。


(……子猫助けてからでも良いよね……?)


 少なくともアリーゼは、子猫は好きと答えるはずだ。だから大丈夫と、誰宛ともつかない言い訳をしながら、ミオンはその時を待ち続けていた。

うっかりアリーゼについて語ってしまったので子猫救出は次回以降です……そういえば子猫じゃなかったと最近思い出しました……見かけは子猫なので、子猫で通そうと思います!

それでは今回もお読みくださいましてありがとうございました!

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