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街人Aの出番は一瞬ですよ?  作者: 鈴森蒼
王都大掃除編
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 新年まで、残り一ヶ月になった。


(あっという間だなあ……)


 去年の今頃は、試験と卒業式と進級の準備で、慌ただしく過ぎていった。寮を出て、家に帰って、両親の顔を見てほっとしたのが、数日前のことのようだ。


(今年は、家に帰れるかな……って、帰れるように頑張らないと!)


 新年祭までに呪詛を消すこと。課せられたこの大事な役目が果たせなければ、王都は新しい年を迎えられないし、ミオンも学院にも家に帰れない。

 自分に突っ込みを入れて、ミオンは勢いよく掛布を剥がした。

 寮とも実家とも違う広い部屋には、未だ慣れない。調度品も、自分で選んだのは花瓶敷きだけという散々な結果に終わっているので、間借り気分が抜けない。実際、ハベト王族の別邸に間借りしているのだから、合っている。唯一、ふかふかで良い匂いのするベッドには、慣れた。慣れすぎて、他のベッドで寝られなくなったらどうしようというのが悩みになるくらいだ。


(今日もいい天気)


 カーテンの隙間から漏れてくる光の強さで、本日の天気を推測するのも習慣になってしまった。毎日外に出ているので、やっぱり雨より晴れの方がいい。

 ベッドから足を降ろして、伸びを一つ。カーテンを開ける辺りで、控えめなノックが聞こえてくる。


「おはようございます」


 入ってきたのは、ミオン付きとなったメイドのノミルビだ。一本の三つ編みにして背中に垂らした髪は黒。ハベト族は黒髪が多いそうだ。


「おはようございます」


 ミオンは挨拶を返して、運ばれてきた桶の水で顔を洗い、身支度を調える。着替えを済ませて鏡の前に座ると、映るのはノミルビと同じ黒髪の少女だ。


「明日辺り、染め直した方がよろしいですね」


 頭の上からじっくり眺めて、ノミルビは宣言した。

 作業時間を考えてミオンはげんなりしたが、断れない。

 現在、ミオンはアビアナの伯父方の遠縁の姫という設定で屋敷に滞在している。名前も一応、ミオビアとそれっぽく付けてもらった。ミオンと呼びかけても愛称だとごまかせるように、アビアナが考えてくれたのだ。

 同時に学院から出た理由は、クロシェナと一緒にハベト属領への短期遊学のために学院を留守にする、ということになっている。家族にも、そう説明した。両親は驚いたが、滅多に無い機会を楽しんでくるようにと応援してくれた。


「――で、本当は何なんだ」


 ジェラールは、ごまかされてくれなかった。予想通りだったので、言い訳はばっちり考えてあった。原案ミオン、編集と校正がアルファドという超大作に、ジェラールもにっこり笑って納得すること請け合いだ。


「アビアナ様に、神託と、守人の文字が似ているっていう話を詳しく聞きたいから来て欲しいって言われたの。でもシャグマさんのこととか、言えないことも色々あるでしょ? それで、エル様の所にあった絵を見て感動したアビアナ様が、クロシェナ様にハベト族の土地の絵も描いて欲しいってことにして、わたしはそのおまけで連れて行ってもらえるっとことにしたの。あ、画集にするかもしれないからギルドの人も行くんだって」


 ジェラールは、笑ってこそくれなかったが、一応納得はしたようだった。後日、クアイドに「どうしてまた妹が」と愚痴をこぼしていたことは、何故かティオナ経由で知らされることになるのだが。

 クロシェナには、エリューサスから同様の説明がされて、本当に自治領の方に出かけている。クロシェナが自治領の各地を回って写生する間、ミオンは王宮や町で勉強する予定なので、顔を合わせることはない。帰ってきてから土産話を乞われたら、王宮のことは話しちゃいけないと言われたと、神妙な顔でやり過ごすつもりだ。

 同じ言い訳を、マギーにもした。マギーもジェラールと同じく、納得はしてくれたが、疑いが晴れていないのは明らかだった。それでも、アビアナと一緒に出発するときには、笑顔で見送ってくれた。盛大に見送ってもらったのに、王都を出たらすぐに戻ってきたので、とても後ろめたい。

 ちなみにクロシェナは出発するまでずっと「仕方ないから行ってあげる」という態度だったそうだ。それでいて、新しい画材を山ほど買い揃えていたのだから、ツンデレの正しい見本だと言えよう。


(もし早く呪詛が消せたら、ほんとに自治領に行かせてもらえないか頼んでみようかな……あー、そうだ、アビアナ様に何かお土産をお願いしておかないと)


 土産を渡しても、マギーはきっと信じないだろうと予測出来る。それでいて、何も訊かずにお帰りなさいと言ってくれるのも予想出来るので、ミオンは予想を現実にするために頑張るしかない。


「はい、できました」


 ミオンには想像も付かない手際で、ノミルビはミオンの髪をきっちりと編んで結い上げてくれた。これで大きめの帽子を被れば、王都の下町でよく見かける少年のできあがりだ。


「ひきつれるところはありませんか?」

「大丈夫です。ありがとうございました」


 ミオンは礼を言って、続きの間から使用人用の廊下へと出た。廊下にも主人用と使用人用があると知ったのはここに来てからだ。エリューサスの別邸には無かったと思うが、学院の生徒であるミオンは、庶民でも来客扱いで通してくれたのかもしれない。


「おはようございます」


 迷うこと無く廊下を進んで扉を開ければ、イプスが朝食を食べているところだった。

 特徴だらけのイプスも、変装済みだ。当初、ミオンはこんなに目立つ人間が変装出来るのかどうか心配だったが、できあがりを見て、絶句した。

 イプスは髪を白く染めて、眼帯の代わりに長い前髪のカツラを付けて目元を隠した。ミオンと同じように薄汚れた服を着て、ほんのちょっと背を丸めて、すり足で歩いてきた。ミオンを上目遣いで見て、ぼそぼそと掠れた声を出した。イプスがやったのはこれだけなのに、全く別の老人が立っているようにしか見えなかった。元の印象が強ければ強いほど、変装するのは簡単だと言っていたが、本当だった。


「おう。今日はこれな」


 外見は変装したままでも、態度が戻るとやっぱりイプスだった。カツラの前髪は食事の邪魔にはならないのだろうか。毎朝それが気に掛かるが、尋ねる機会が掴めないままだ。

 イプスが毎朝渡してくるのは、手書きの地図だ。メザヤがつけた呪詛は王都中にあるので、一日で回れそうな場所を箇所を抜き出してある。


「タルシドーガン地区……?」


 王都で生まれて王都で育ったミオンでも、知らない場所はいくつもある。下町探検だけでは全地域を把握するのは無理だ。


「知らないか? マルソー広場の先だ。あの辺は異国からの流れ者ばっかりだな」


 異国と聞いてミオンが思い出せるのは、コウィス公国、オーニラク王国、ガロマ王国の三国だ。現在国境を接している三国なので、様々な試験でよく出てくる。今回は免除されたが、年末の進級試験でもきっと出ただろう。


「商人と一緒に来てこっちで仕事を見つけられなくてあぶれてる人間が溜まってるような場所だが、こっちからふっかけなきゃ何もしてこねえよ」

「そんな場所でよく勧誘出来ましたね……」

「そういう奴らはちょっと相手してやるとよく話を聞いてくれるんだよ」


 どんな風に相手にしてやったのかが気になったが、早く食べろと急かされたので、ミオンはとりあえず目の前の食事を平らげることにした。食べながら、地図を眺めてできる限り覚える。イプスとはぐれてしまったときに、一人で待ち合わせ場所まで戻れるようにだ。


「イプスさん、この地図、今日は持って歩いたらダメですか?」


 万が一、落とした場合のことを考えて、地図やメモは持ち歩かないことにしてある。馬車までは持っていっていいが、街中を歩くときは置いていく。


「ダメに決まってるだろ。何だ、今日に限って急に」

「だって異国の人ばっかりじゃ……迷子になったら道を聞けないじゃないですか」


 国境を接している三国の人間なら言葉は通じるだろうが、それ以外だと挨拶レベルのミオンには高い障壁と変わらない。切実な問題だ。


「……そうきたか」


 イプスが囓っていたパンを落としそうになったのは、ただの偶然だと思いたい。


「通じない奴なんかあんまりいないと思うが……そうだなあ……お嬢ちゃん、よく一人で好き勝手にいなくなるからな……つーか、はぐれないように気をつけろっていつも言ってるよな?」

「……」


 ミオンはスープを飲むのに忙しい振りをした。言われるほど、何度もはぐれていないと思う。子猫を助けるために、ついでに下調べをしてたらイプスの姿が見えなくなっていたことが何回かあっただけだ。


(アリーゼが行きそうな所だけだし! ちゃんと一人で戻れたし!)


 地図さえ持って歩ければ戻れる自信はある。というか、行き先が学院に繋がる大通り沿いでなければ、はぐれる予定は無い。たぶん。


「まあ、今日は大丈夫だろ。護衛の数も増えてるらしいぞ」


 イプスも護衛の数を把握していない。イプスは呪詛がありそうな場所を特定しているだけで、行動の指揮を執っているのはアビアナだ。護衛の数も位置も、全てアビアナの采配である。いつも移動に使う馬車の御者台で手綱を握っている人が護衛のリーダーらしいのだが、挨拶をするだけで名前も知らない。

 屋敷に来てからのミオンの毎日は、馬車に揺られて移動して、降りた先で呪詛っぽい物を探してイプスに報告する。イプスが確認して、御者に報告する。御者は、いつの間にかやってきた別の人間に伝言して、イプスとミオンを乗せて屋敷に戻る。この繰り返しなので、護衛が増えても気づかない自信がある。が、その情報は心強い。


「増えてるって言っても、本人の自覚が一番なんだからな」

「はい……」


 念を押されてしまった。今日だけは、何があってもはぐれないようにしようと、心に誓った。

 朝食を済ませると、ミオンはいつもどおり帽子を深く被って裏口から外に出た。塀沿いに移動して小さな潜り戸を抜けると、その先は屋敷の外回りを管理する使用人たちの住居が並ぶ区画だ。別邸とは言え、ちょっとした離宮扱いである。待ち構えていた荷馬車に乗り込めば、難なく外に出られるという寸法だ。


「おはようございます」


 荷馬車の周囲には、使用人風の若い男性が三人立っていた。いつもは御者一人なのに珍しい。そしてなんだか見覚えがある気がする。声をかけると、三人が一斉に振り返った。


「っ?!」


 とっさに口元を押さえた自分を褒め称えたい。


「おはよう、ミオン。じゃなくてミオビア様だっけ」


 服を変えただけの、アルファドがそこにいた。少し、眠そうな顔だった。


「その名前も外で呼ぶのはマズいんじゃないですか? 滅多に表に出ない、深窓の令嬢なんでしょう?」


 咎めたのは、こちらも着替えただけのロネだ。

 最後の一人は、何も言わずにミオンをじっと見つめてきた。エリューサスだった。髪に違和感があるので、染めたのではなくカツラを被っていると判明する。


「な、んで……」


 エリューサスがカツラかどうかはこの際どうでも良い。金髪でなくても端整な顔立ちがそのままなので見る人が見ればすぐにバレると思う。それが例え、異国の流れ者の溜まり場だとしても、だ。


「もちろん、アビアナ姫に頼まれて、護衛に来たんだよ」


 さらりと答えるアルファドの様子がいつもどおり過ぎて、ミオンは危うく納得してしまうところだった。


「そんなわけないです! そんなの、ダメです!」

 本当にアビアナが許可したならいますぐ抗議に行くところだが、その前にイプスが割り込んできた。


「なんだ、お嬢ちゃんの知り合いか?」

「あの、この人たちは……」


 説明に困っている間に、イプスは三人を順番に眺めて、イヤそうに手を振った。


「姫さんの指示か何か知らないが、ダメだ、全員帰れ。お前ら目立ちすぎだ」

「だそうだから、大人しく待ってよう、エル」


 打ち合わせでもしていたかのように、アルファドはすんなりと引いた。エリューサスは不満そうだったが、ロネと二人がかりで両脇を固められてしまった。


「護衛の護衛をする方の身にもなってください」

「ミオンも元気そうだし、護衛が付いてるのも確認したからここまでにしよう、エル。アビアナ殿下にも迷惑だって」

「どうせ夕食の時には会えるんですから大人しく待ちましょう。その前に着替えに戻りましょう」

「そうだよ。なんなら新しく作らせたらどうかな。そろそろ新調してもいいと思うよ」

「いや……俺は……」


 両脇から交互に言われながら、エリューサスは引きずられていった。ミオンは声をかけるべきどうか悩んだが、敢えて手を振るだけに止めた。エリューサスが一瞬、残念そうな顔をしたように見えた。


「あ、そうそう、アビアナ殿下に夕食に誘われてるんだ。またあとでね」


 去り際にアルファドが振り返ってわざわざ言ったと言うことは、同席しろと言うことだろう。それは構わないのだが、夕食なのに朝からここに何しに来たのかが不明だ。護衛の確認に来たとか言っていたから、知らないところで何か不備があったのだろうか。


「えーと……もしかして護衛の人、減りました?」


 尋ねてみると、御者は苦笑していた。イプスは呆れかえっていた。


「あれは関係ないだろ」

「やっぱりそうですよね……」


 そして何事も無かったかのように、荷馬車は動き出した。

心配されていたとは夢にも思わないミオンでした(笑)

今回もお読みくださってありがとうございました!

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