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3/5 クアイドとジェラールについて間違っていた記述を修正しました。

 隣室とを繋ぐ小窓が閉じられて、ミオンは幕切れを知った。


「お二人とも、こちらにお願いいたします」


 山場でばっさりと打ち切られて、消化不良のままミオンとジェラールだけ、別室に案内された。いくつ部屋があるのか、普段なら気になって仕方ないことが、今はどうでもいい。通された部屋にはお茶の支度が整っていたが、これにも手を付ける気になれなかった。イプスは、アビアナは、あの後何を語るのか。もう少し聞いていたかった。


(聖獣は、獣じゃないって)


 アビアナの言葉を借りるなら、それは王家の秘密だ。だからミオンは知ることが出来ない。理屈は、わかる。ただ、なんとなく、胸の辺りがもやもやする。ジェラールも多分同じだろう。だから、二人で向かい合って黙り込んでいる。

 やがて、ドアがノックされた。


「馬車の用意が調いました」


 送ってやるから大人しく帰れと、そういうことらしい。エリューサスから特に伝言も無く、後ろ髪を引かれつつ、ミオンとジェラールは学院に戻った。


「シャグマさん、ほんとに亡くなってたのかな……」

「さあな。でも……俺は一度しかあの人に会ったことないけど……あの人が嘘をつくとは思えないんだよな」


 ミオンだって二回しか会っていないが、ジェラールの意見には賛成だった。


「……こうなると俺たちが探す必要は無くなったかもな」


 馬車から降りると、ジェラールは講義に間に合うからと急ぎ足で立ち去った。ミオンは、そのまま寮に戻ることにした。考えることがありすぎて、他のことが頭に入らないのはわかりきっている。決して残っている講義が苦手な詩文の講義だからと言うわけではない。


(アビアナ様の依頼の一つは、シャグマさんを探すことだったから)


 イプスの言葉を信じるのならば、兄の言うとおり、その依頼は意味をなくす。これでもう、シャグマ捜索の方法を必死に考えなくても良いのだと思うと、ほっとする反面、不幸な結果に終わってしまったことが残念でならない。


(アビアナ様、大丈夫かな……)


 小窓から漏れ聞くだけでも、アビアナが受けた衝撃は小さくないと思う。自分が出る幕では無いとはわかっている。それでもアビアナの悲しみに何も出来ないのが、もどかしかった。


「ミオン!」


 部屋に戻ると、驚いたことにマギーがいた。しかも部屋着で、テーブルの上にはお茶と本まで乗っていた。


「マギー? なんでいるの?」

「ここは私の部屋でもあるからよ!」


 怒ったように言い返された。その主張は全面的に正しい。


「あ、うん……そうじゃなくて、まだ部屋にいる時間じゃないよねってことなんだけど……」

「あのまま一人で残って実験台になるのはゴメンよ」

「……」


 そういえば、別れたときはニスモアの試食実験中だった。いつもだいたい三品は持ち込んでくるニスモアのことだから、砂糖がけ青菜風味の他にも、恐怖の食材が待ち構えていると思っていいだろう。アルファドの言いつけを済ませて戻ってきたら続きをと言われそうなので、午後は部屋で自習することにしたそうだ。


「……一人にしてゴメン」

「大丈夫よ。それよりミオンの方はどうだったの?」

「えーと……」


 頼まれたことの内容は話しても良いだろう。どうせその先がどうなったのかは、ミオンもよく知らないのだ。マギーが新しくお茶を入れてくれる間に、話せることと話せないこと区切っておいた。


「お兄ちゃんも一緒だったんだけど、アビアナ様のお屋敷にイプスさんが来てたの。それで、本当にイプスさんかどうか確認して欲しいって言われて」

「イプスさんって……え、なんで?」

「アビアナ様が作ったあの文書について話があったみたいだけど、詳しくはわからなかった。最後はお茶を貰って先にお兄ちゃんと帰ってきちゃったし」


 最後に出されたクッキーの一つくらい持って帰ってくれば良かった。温かいお茶を飲みながら、今になって惜しくなった。


「そう……イプスって人、秘密教団の人間よね? そんな人の側にいて、アビアナ様、大丈夫なのかしら」


 つい最近、面と向かって話をしたミオンとしては、異論を唱えたい。が、ここは美味しいお茶のためにもぐっと我慢だ。


「あとでアルファド様が教えてくれるんじゃないかな」


 適当に場を繕っただけの言葉は、翌日の放課後に、現実になった。


「みんな、今まで本当にご苦労だったね」


 朝一番でアルファドから集合の連絡が来たのだが、いつものサロンの部屋に、エリューサスの姿は無かった。アルファドは気にせず話し始めてしまったので、エリューサスは不在のままのようだ。


「昨日、アビアナ殿下から急の呼び出しがあったことはもう知っていると思うけど」

「いや、初めて聞きました」


 手を挙げて、クアイド。ニスモアも曖昧な表情だ。


「ミオンがどこかに行ったのは知ってますけど、そのことですか?」

「……意外と口が堅いんだね、君たち」


 アルファドに感心されて、ミオンとジェラールは揃って首を振った。


「マギーにはお呼ばれしたことだけ話しちゃいました」

「誰にも訊かれなかったから……」

「そう……」


 アルファドは笑顔だったが、何故か口調はがっかり感で溢れていた。エリューサスへの忠誠とか、そういう高尚な理由を期待していたのならお門違いだと言ってやりたい。怖くて言えないが。


「ともかく、昨日、いくつも事態が変わったんだ。まだ混乱しているので収束するまでは詳しいことは省くけど、まずはアビアナ殿下からのミオンへの依頼は取り消しになった」

「えっ」


 思ったより大きな声が出た。隣でマギーが驚いているのは、半分はミオンの声の大きさだろう。

 今度はロネが手を挙げて、もう少し具体的にと頼んだ。


「依頼って神託の解読者と従兄弟の捜索の事ですよね?」

「そう。そのどちらも取り消しになされたので、自然とサロンでの協力体制も終了ってこと。これからは元通りの活動をしてくれて構わないよ」

「え、どちらもですか?」


 もう一度、ミオンは声を上げた。シャグマの件はともかく、神託の解読者についても捜索終了というのはわからない。


「うん、両方ともだよ。そうだねえ、もうちょっと教えておこうか」


 アルファドは言って、ロネに視線をやった。ロネと、ティオナも立ち上がると、それぞれ扉と、窓の外まで確認してから元の席に着いた。盗み聞きしている者がいないかどうかを確認したようだ。


「じゃあ、まず一つ。シャグマ殿の件だけど、消息の手がかりが掴めた。でも確認するのに手間と時間が掛かるので、結果は未だ報告できない」

「見つかったんですか?」


 ニスモアの質問に、アルファドは笑顔で回答を拒否した。


「許可が出たら教えてあげるよ」


 自分から飛び出したとは言え、シャグマが王家の人間であることには変わりない。それ故、その生死に関してはうっかり口外できない。本来なら、こんな風に学院の生徒に捜索させるなんてこともあり得ない。


(でもそれってアルファド様のせいだよね……)


 ミオンが頼まれたのはその場に居合わせてしまったという偶発事件が原因だが、他はみんな、アルファドが故意に巻き込んだせいだ。

 ニスモアが質問を引っ込めたので、アルファドはもう一つの捜索相手についても同じ言葉を繰り返した。


「同じく神託の解読者も、手がかりが掴めた。こっちは、そうだね、言ってもいいかな。見つかったよ」


 自然と、どよめきが起こる。ミオンも、その中に混ざって複雑な気持ちを吐き出しておいた。


(ついに来たんだ)


 やっとオープニング開始ってとこね――過去の自分が楽しげに言う。やっとここから、ゲームの物語は始まる。わかっていたとはいえ、本当に始まるのだと思うと、不思議な気分だ。


(アリーゼだって、生まれてからずっとの生活があったわけだし、別におかしくはないんだけど)


 過去の自分が知っているのは、アリーゼと、アリーゼに関わる人々の人生の一部だけだ。そこにミオンはミオン・ハルニーとしてではなく、街人Aとして登場する。生まれて今まで、こんなに色々あった人生の中の、ほんの一部分だけが、アリーゼの人生と擦れ合う。


(……でもそれを言ったら、ここにいるみんなもそうか)


 アリーゼが通う学院の生徒たち、で説明される部分にはみんな含まれる。


「確認はしなかったんですか?」


 クアイドは慎重だった。そんな彼も、いずれは『アリーゼを取り巻く生徒たち』の一人になる。


「確認中だけど、ほぼ確実……いや、もう言っちゃってもいいかな。みんな口が堅そうだし」


 ミオン同様に名前すら出てこないアルファドは、ゲーム内ではセオラリアの兄として存在は確立している。


「口が堅いわけじゃ……」


 まだこだわっているジェラールだって、やがて神託の解読者を遠巻きに眺める生徒になるだろう。もしかしたらすぐ隣を通り過ぎることもあるかもしれない。ゲームには一言も出てこないが。


「実はその子、新年から学院に通う予定だよ」

「ええー」

「うわー」


 どよめきは更に大きくなった。更に情報を求める声にアルファドは満足そうな顔で、聴衆を宥める。


「残念だけどここまで。依頼終了については納得してもらえたかな。今後のことがあるから、僕とエルはしばらく忙しくなるので、サロンの方はしばらく欠席するから」

「了解しました。参加者が激減して成立しなくなりそうですが」


 クアイドが、割と本気でぼやく。


「そこまで悲観的になる理由がわからないな。エル目当ての参加者なんて、最近はほとんどいなかったと思うけど。それじゃ、何かあったらまた呼ぶから、今日はこれでおしまいね」


 忙しいというのは本当らしい。解散の合図もそこそこに部屋から出るアルファドを、ミオンは呼び止めた。


「アル様、あの、もう一つだけ」

「イプスのことなら、心配は要らない」


 質問の先回りをされてしまった。ぽかんと口を開けたままのミオンの肩をそっと叩いて、アルファドは囁いた。


「今どうなっているのか僕も詳しくは聞いていないんだけどね。でも、昨日の話の様子じゃ、悪いことにはならないと思うよ。何かわかったら教えてあげるから、待っててくれないかな」

「わかりました」


 ありがとうございますと言い終える前に、アルファドは廊下の角に消えてしまった。今後の対応に追われているのだろうことは、間違いない。特に、イプスが教団のことは何でも話すと言っているのだ。不穏分子を一気に取り締まる絶好の機会になるはずだ。


(これでもう、安心、なんだよね……?)


 生贄を必要とする教団はいなくなる。少なくとも、王都からは一掃されるだろうし、聖獣についての教えが間違っているのならば、最後には王国中から消え去るはずだ。


(……ってことは、これであの子も生贄にはならなくて済むんじゃ……あれ?)


「――ミオン、何してるの?」


 廊下で立ち尽くしていたミオンは、マギーに呼ばれて我に返った。


「あ、ちょっとアル様にお話しがあって」

「アルファド様はとっくにいないけど?」

「……」


 秘密教団と子猫とアリーゼの関係を並べ直して途方に暮れていました、とは言えなかった。

 シナリオ通りなら、王都から秘密教団が無くなるのはアリーゼが攫われた後になるのだろう。そうでなければ、ミオンがあの科白を言う理由が無くなってしまう。


(無くなっても良いんだけど……)


 何かの間違いで秘密教団が一掃されて生贄の儀式そのものが行われないのが一番だが、確率は低そうだ。

 そしてシャグマの捜索も打ち切られてしまった今、子猫捜索はまたもや振り出しに戻っていた。

 頼みの綱はイプスだが、今現在アビアナの元にいる以上、秘密教団も彼を排除するだろう。つまり、今イプスからアジトの場所を聞き出したとしても、アリーゼが攫われる頃には役に立たなくなっているかもしれない。


(これはやっぱり、最後の手段に出るしかないか……)


 アリーゼをつけ回して先回りするという究極の手段を現実にする方法を、ミオンは探し始めていた。

前回あれだけ引いておいて、今回何も解決しないという……次回頑張ります。

それでは、今回もお読みくださってありがとうございました!


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