41
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします!
「会えなかったものはしょうがないね」
誰も責められることじゃないとアルファドは言った。
ジェラールも同意した。それでも、ジェラールは目に見えて落ち込んでいた。せっかくの機会を逃してしまったという結果は、変えようがない。
「急に用事ができたんだよ」
沈みそうな場を盛り上げようと、ニスモアは頑張った。何の収穫も無く学院に戻って、前回同様、エリューサスの別邸に集められた。エリューサスとアルファドは着替えたが、他はそのままなので、一風変わった集まりに見える。
「前みたいに、また仕切り直そうって誘いに来るかもしれないじゃないか」
「そこまでジェラールに執着する理由は無いだろ」
前回は兵士の乱入で話が出来なかった。だから続きを話そうと言うことになっただけだと、クアイドが冷静に分析する。ジェラールも頷いた。
「他に代わりはいくらでもいるしな」
ジェラールが単なる無知な街人だったとしても、こんな挙動不審な相手には警戒する頃合いだ。警備兵に訴えられる前に、他の相手に声を掛けた方が効率は良い。
「いくらでもってことは無いと思うけど……」
口を尖らせるニスモアの肩を、ロネが叩いた。
「その他大勢にしといてやれよ。強面の大男に狙われてるとか、泣けてくるだろ?」
「……そうだね」
ジェラールを泣かせたくなかったので、ニスモアはこれ以上の追求を止めた。
「相手の趣味はともかくとして。今回はテルスター殿下の動きも無かったから、向こう側にこちらが予測できないことが起こったとしか考えられないね」
苦笑しながらアルファドが言うと、
「事前に相手の動きを掴んでおかなかった俺のミスだ」
間隙を縫うように、エリューサスの言葉が滑り込む。一瞬、誰も反応できなかった。
「せっかくジェラールが掴んでくれた好機を無駄にして、すまない」
「あの、殿下、ちょっと……ちょっと待ってください!」
我に返って慌てたのはジェラールだ。
「殿下が謝るのもおかしいです! ですよね、アルファド様!」
縋るようにアルファドに同意を求めると、恐ろしいことにいつもの笑顔は返ってこなかった。
「そうだねえ、敢えて責任を問うなら、エルかなあ……」
「アル様!」
「……でもそうすると、手配できなかった僕にも責任が降りてくることになるから、やっぱりやめようか」
「……アル様……」
二度目の呼びかけは、とても残念そうだった。
「冗談はこのへんにして、エル、責任は誰にも無いってことにしたんだから謝罪するのはやめてくれない?」
(冗談……?)
危うく首を傾げそうになったミオンだった。よく見れば、みんな何かを我慢するような顔をしている。
「わかった。取り消す。アルの責任でもないことでいいんだな?」
「そこは絶対に違うと強調させてもらうよ。ただ、この状況を読み切れなかったのは残念だったかな」
アルファドは肩をすくめた。何気ない口調ではあるが、一抹の悔しさが見え隠れしていた。
「今日はこれで解散にしよう。思うところはあるだろうけど、この件がダメになったからって、他も全部ダメになったわけじゃないってことは、忘れないように」
アルファドの言うとおり、アビアナの依頼とジェラールの勧誘の件はもともと別件だ。むしろうまくいかなくてよかったと、ミオンは今になって思い直している。とんとん拍子に進んで、うっかり教団幹部まで登り詰められても困る。教団幹部を捕らえて仮面を取ったら兄の顔でしたなんて、考えたくも無い。
(……って、それはないかな、やっぱり)
どちらかと言えば、もう一つの危険の方が、可能性は高い。
子猫を助けようと潜入したアリーゼは、危うく生け贄にされるところだった。勧誘してきたのが秘密教団と繋がっているとわかった以上、ジェラールが同じ目に遭わないとも限らない。そして主人公ではないジェラールに、助けは来ないのだ。アジトを見つけたいのは山々だが、そんな危ない橋は渡って欲しくない。
(シャグマさんが見つかれば、アジトもわかるかもしれないし……)
幹部とシャグマが別人である以上、これも望みは薄い。同時に、子猫救出計画は振り出しに戻る。とはいえ、計画が順調に進んでいるとも言いがたいので、状況は何も変わっていないとも言える。しかし今は子猫救出より、アビアナの依頼を果たすのが先だ。特に期限は決められていないが、ミオンとしてはアリーゼが学院に来るまでに解決したい。
(いざとなったら……アリーゼの後をつけ回すから!)
本当に、最後の最後には、そうするしかないと覚悟を決めたのは最近だ。
アリーゼは必ずアジトに乗り込む。誰を攻略対象にしても、この一件は外せないことは過去の自分もそう言っている。つまりミオンも絶対にどこかで子猫を見つけるはずなのだ。
目指すのは先回りだが、アリーゼ同様に、子猫を連れ去った相手を追いかけていけばアジトは掴める。子猫救う時間があるかどうかは不安だが、少なくとも今はそのために、アビアナの用事を済ませておかなければ、アリーゼを追いかけて回る時間すら無いのだ。
(……シャグマさん、アビアナ様の暗号文、読んでくれたかな)
現在、アビアナが作成した文書は、神託の横に掲示されている。この文書に関しては、神殿も知らぬ存ぜぬを貫いているので、神託の追加ではと、噂されているらしい。シャグマもバイアム神からのお告げかもしれないと聞けば、どうにかして確認するはずだ。そして読めば絶対に接触してくるはずだと、アビアナは自信満々だった。本当に計画どおりに現れてくれるなら、願ったり叶ったりなのだが。
(……ほんとに、何が書いてあるんだろ……)
長い間行方不明だった相手が、姿を現さずにはいられないほどの秘密とは何なのか。
気になったがアビアナが明かしてくれるはずもなく、ミオンはいつもの日常を繰り返していた。
もちろん、その間にも捜索方法を探すのは止めなかった。シャグマが王都から離れていれば時間も掛かるし、遠くから王都にやってくるのならそこを押さえるのが一番早い。となれば、こっそり王都に入り込む手段は何があるのか――そんな、出尽くした議論を蒸し返す日々の中、何が一番進んだかと言えば、ニスモアの新作菓子だった。
「殿下にも相談して、『リパリア焼き』って名前に決めたんだ」
王都の名前をそのまんま付けただけだが、覚えやすくていいのではないかという点が決め手になったそうだ。
「最初はリパリアケーキにしようと思ったんだけど、甘いものを想像しちゃうからさ」
ロネ向けに作った甘くないものも好評だったので、同時に売り出すつもりのようだ。
さらにニスモアは、いろんな具材で中身を試作してはメンバーに試食させていた。ミオンがうまく説明できなかったアンコについては、やはり実現にされなかった。その代わり、材料を押しつぶして甘く煮る、という手法は応用が利くので、思いつくままに試してみたい。その心意気はミオンも応援したい。
しかし。
「ニス、作ってくるのはいいんだけど、先に自分で味見してから持ってきてよね」
明らかな失敗作とわかるものがあっても、ニスモアは試食を止めなかった。本日の、見た目からして失敗作なそれは、暗い緑色をしていた。食べ物と言うよりは、膏薬に見える。香りは、甘く、青臭いという、あり得ない取り合わせだ。
「してるよ。でも僕も料理に関しては素人だし、いろんな人の意見を聞いた方がいいと思って」
マギーの抗議にも、ニスモアはめげずに皿を差し出す。今日は上級生たちは特別集中講義のため、犠牲になっているのはミオンとマギーだけだ。
「じゃあ、ここにいるみんなにも聞いた方が」
午前の講義が終わって、食堂は昼食を求める生徒たちで一杯だった。意見の一般性を求めるなら、全員に振る舞って聞くべきだというミオンの主張も、あっけなく却下された。
「それはもっとダメだよ。味見させて先を越されちゃったら元も子もないよ」
味見程度でそんなことにはならないと思うが、ニスモアが嫌がるのでミオンとマギーは諦めてスプーンを握った。一口分をすくって、せーの、で口に入れる。
「これは……ムリ」
スプーンをくわえたまま、ミオンは顔をしかめた。
「ムリって、どの辺がムリ?」
真剣な顔で、ニスモア。是非もう一口と勧められるが、ミオンは首を横に振った。
「最初は甘いけど、だんだん口の中がざらざらして葉っぱの味がするからムリ」
「ふむふむ」
正直な感想を、ニスモアは怒りもせずに書き留めていく。
「ふむふむじゃないわよ。青菜に砂糖掛けて食べてるみたいで……ああ、ちょっとお水ちょうだい!」
ニスモアからひったくるようにして、マギーはグラスの水を勢いよく水を飲み干した。ミオンは、一杯では足りなくて二杯飲み干した。
「……美味しいお茶が飲みたい……」
最後の感想は、二人とも同じだった。他の生徒に試食させなくて正解だった。
「これ、他の人に配らなくて良かったね……」
「配ってたら不祥事よ……」
げっそりするミオンとマギーの前で、ニスモアは首を捻っていた。
「やっぱり葉物はだめかなあ」
「まず砂糖を掛けて美味しいかどうかを考えてみてよ!」
「うーん、それだと、ありきたりになっちゃからさ」
「美味しくたべられるものがいいと思う……」
甘くても、美味しくなければお菓子と認めない。そう主張していると、名前を呼ばれた。
「――ミオン!」
食堂に駆け込んできたのは、アルファドだった。
「マギーとニスも一緒だったのか、二人とも悪いけど、頼まれてくれないか」
「なんでしょう」
「僕はこれからミオンと一緒に出かけるから、連絡を頼むよ。後から正式な使いも出すけど、とりあえず午後の授業の先生と、あと寮にも連絡を入れておいてくれるかな」
「わかりました」
「じゃあ、ミオン、行こうか。着替えは要らないから」
急き立てられて、ミオンは食堂から連れ出された。周囲に人気が無くなったのを確認してから、どこに行くのか尋ねた。
「アビアナ殿下のところだよ」
「何があったのか、訊いてもいいですか?」
「今朝早く、殿下の屋敷にイプシアーニ・ガンナと名乗る男がやってきたそうなんだよ」
「イプシ、アーニ……?」
「朝早かったので、アビアナ殿下の身支度がすむまで待たせて、その間に使いがエルの所に来たんだ。やってきた男の人相風体が、君たちが会ってきたイプスという男によく似ている気がするってね」
赤毛の隻眼の大男。しかも名前が酷似していることからしても、本人に間違いない気がする。
「残念ながら本人に会ったことがあるのは君とジェラールだけだから、一緒に来て、確認してほしいんだ」
馬車止めに待たせている伯爵家の馬車の扉を開けば、中には既にジェラールが乗り込んでいた。
「え、ミオンも、ですか?」
「一緒に見てもらった方がいいと思ってね。急がせるから、掴まってて」
ジェラールにそれ以上意見する間も与えず、馬車はあっという間に学院の門から走り出た。アビアナが滞在する別邸は王城の側なので、馬車は自然と城に向かって走るようになる。上流貴族の屋敷の前をいくつも通り過ぎて、馬車はようやく止まった。
「気づかれないように裏に止めたから」
「はあ……」
裏口が表口だと言われてもわからなかったと思われる。御者台にいた使用人が控えめにノックをすると、すぐに扉が開いて招き入れられた。
(……思ったより、質素、かも)
飾りも調度品も少ないのは裏口だったからだろうか。兄と共に神妙な顔でアルファドについて行くと、先導していた使用人が止まった。
「いま、客人は中庭にご案内しております」
「わかった。二人とも、カーテンの陰から出ないようにね」
その部屋の窓は、厚いカーテンで覆われていた。三人が窓辺に辿り着くと、背後の扉が閉められる。
「そっとね」
アルファドがカーテンをゆっくりずらして、隙間を空ける。明るい中庭が見えた。ミオンとジェラールは慎重にのぞき込んだ。
「どう? 見えた?」
「……見えました」
「……イプスさんだ」
中庭を、厳しい顔で見つめているのは、紛れもなくイプス本人だった。
というわけで、イプスの再登場です。
そんな展開を完全無視でニスの菓子作りも進みます。
名前、わかりやすくを前面に押し出したらああなりました。気が向いたらカッコよく付け直すかもしれません。
それでは、今回もお読みいただいてありがとうございました!




