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「できました!」


 最後の皿を並べ終えると。ニスモアは顔を真っ赤にして振り返った。

 テーブルの上に並んだ皿の上に乗っているのは、一言で言うなら、手のひらサイズのパンケーキ。ただし、厚みは通常の三倍以上はある。

 あんこが無いのがイタいのよね――過去の自分が、残念そうに呟いた。

 ミオンも食べてみたかったが、該当する材料がどうにも見つからなかったので仕方ない。今回は無難にクリームとジャムでまとめあげるつもりだと、言っていた。


「確か、小さいパンケーキもどき、だっけ」


 アルファドは順番に睨み付けているが、どれも見た目はほとんど同じだ。綺麗に焼き上がった円形の、分厚いが小さなパンケーキが皿の上に一つずつのせられて、並んでいる。


「まだ、改良中なので名前は未だ決めてないんです」


 ミオンも、知らない。過去の記憶はオオバンとかイマガワとか言っていたが、語呂が悪いので作り方だけ拾い上げた。実は材料も半分くらいは適当だった。なのでここまで形にしたのは、ひとえにニスモアの努力だ。心から拍手を送りたい。


「そんなに厚くて、中まで焼けてるの?」


 疑わしそうなマギーに、ニスモアは、まかせてと胸を張る。


「大丈夫。ちゃんとこちらの料理長も確認してくれてるから」


 約束通り、ニスモアは朝からエリューサスの別邸の調理場にこもっていた。料理技術の足りないニスモアの手伝い兼お目付役と言うことで、別邸付きの料理長と料理番が加わっていた。


「我々も納得いくまで試してみましたから、ご安心ください」


 料理長の太鼓判が押されたので、マギーの興味は味に移った。


「そう? それじゃこれは何を付けて食べるの?」

「なんにも。これ、中にね、クリームとかジャムとか挟んで焼いてあるんだ」


 ニスモアは手前の皿を取り上げると、ナイフで切り分けた。


「これはオレンジジャム。他にもいろんな味のジャムを挟んでみたから試してみて。あと、ここからはクリームで、これは料理長が僕も知らないクリームを入れてくれたんだ」


 ニスモアも知らないクリームと聞いて、ミオンは落ち着かない。そろそろ味見させてくれないかな。


「落ち着けって」


 ジェラールに小突かれた。


「落ち着いてるもん」

「うそつけ。さっきから腰が半分浮いてるぞ」

「……ちゃんと座ってるもん」


 言いながら、ミオンは座り直した。ジェラールの視線が外れたら、またいつでも動ける体制に戻すことを忘れない。


「それと、こっちは主にロネ用かな」


 ニスモアの解説はまだ続く。名指しされたロネは、集まりには参加したものの、全く興味の無い様子でずっと本を読んでいた。そんなロネに、ニスモアは満面の笑みで皿を差し出した。


「チーズとベーコンで甘さ控えめに作ったんだ」

「甘さは無くてもいいんだがなぁ」


 ロネは本を置くと、ニスモアから皿を受け取った。ナイフで半分に切って、中身を確認すると、齧り付く。顔をしかめたのは、チーズが思ったより熱かったからだ。


「どう?」


 のぞき込んでくるニスモアに、ロネはもぐもぐと忙しく口を動かして、頷いた。


「悪くは無いな。出来ればもっと胡椒が欲しい」

「そっか。うん、まだこれから改良するから! みんなも食べてみて」


 ニスモアがそう声をかけたところで、ティオナがすっと立ち上がった。テーブルを回って、アルファドの横を通り過ぎ、エリューサスの前を一礼して横切ると、その向こうの席に収まる人物に声をかけた。


「クリームとジャムがあるそうですが、アビアナ殿下はどちらになさいますか?」

「両方、いただけないかしら」


 アビアナは目を輝かせて答えた。ティオナは一礼してテーブルに戻る。料理長にどれを持っていくべきか相談している様子を見ながら、クアイドが言った。


「いまさらなんですが、どうしてハベト族の姫君がこちらにおいでなさっているんでしょうかね」


 同じ疑問を、ミオンも感じている。アビアナは確か、一度自治領に戻っているはずだった。数日は王都に戻らない人が、どうして誰よりも早く別邸でくつろいるのか。

 アビアナとは初対面の他のメンバーは、部屋に入ると同時にアルファドから紹介されて、挨拶は済ませた。しかし、アビアナが在室している理由は、まったく明かされなかった。焦れたクアイドが、我慢しきれなくて問いかけたのだが、


「招待したからだ」


 的外れな答えが返ってきた。

 クアイドは項垂れた。


「……よくわかりました」

(え、もう少しがんばろうよ、ダーフィ先輩!)


 ミオンは応援したが、心の半分はミニパンケーキ(仮称)に奪われている。この場を離れたくないので、クアイドを焚きつけようとしているというのが正しい。

 的確な答えをくれたのは、アビアナ本人だった。見るに見かねたのかもしれない。


「あなたは、クアイド・ダーフィね? 部外者が割り込んで申し訳ないと思っているわ」

「いえっ、決してそのような意味で申し上げたのではなくて……」


 さすがのクアイドも、ぴしっと背筋を伸ばして一礼する。


「みんなの協力には本当に感謝しているわ。今回のミオンの提案で、私は自治領に戻るつもりだったのだけど、折良く領地から当の文官が訪ねてきてくれたの。だからすぐに例の文書を作らせて、エリューサス殿下の連絡を差し上げたら、素敵なお誘いをいただいたのよ」

「素敵だなんて、そんな……」


 ニスモアが一人、照れていた。皆、一様に見ない振りをした。


「うまいな」


 唐突に、エリューサス。目と口を全開にするニスモアの前で、食べきった。


「改良は必要なら、料理長にも相談するといい」

「あ、ありがとうございます!」


 深々とお辞儀をしたニスモアは、顔を上げると、もじもじと指を握り合わせる。


「あの、殿下……王室御用達の件ですけど」

「約束は守る」

「いえ、そうでなくて……その件、辞退申し上げても、よろしいですか……?」

「どうしてだ?」

「殿下は本心でいってくれていると思ってます。本当です。でも、周りはきっと、僕がサロンメンバーだからだって言うと思うし。それで、夕べ一晩考えて、それよりは殿下もお忍びで買いに来てくれる店、の方がいいかなって思って……」

「それでいいならそうしよう」


 エリューサスが承諾すると、ニスモアはぎゅっと手を握りしめて、またお辞儀をした。


「ありがとうございます!」

「殿下のお忍び、がいいなら、私でも大丈夫かしら」


 言ったのは、もう一人の殿下だ。ティオナから受け取った皿は、既に空になっている。

 感激のあまり声も出ないニスモアの背中を、料理長が叩いた。


「お前、王国中、どこでも店が出せるな!」

「はい……!」


 ニスモアは今にも泣き出さんばかりの顔で、ミオンの側に寄ってきた。


「ほんと、ミオンのおかげだよ!」

「……ううん、全部ニスが頑張ったからだよ」


 返事が遅れたのは、口の中のものを飲み込んでいたからだ。甘いジャムと甘い生地の二重奏を堪能していたミオンの方こそ、礼を言いたいくらいだ。


(しかもこれ、作り方は簡単なはずだし!)


 うまくいけば自分でも作れるかもしれないと、甘い妄想は膨らむばかりだ。今からお小遣いを溜めて、材料を吟味しなくては。


「ところで、アビアナ殿下、文章が出来たとか聞いたような気がするのですが」


 感動の場面が流れる一方で、アルファドは平常運転だ。アビアナは追加のミニパンケーキ(仮称)にナイフを入れたところだった。


「ええ、言いましたわ。控えに待たせてありますから、お好きなときに声をかけてくださいませ」


 それではとアルファドは別室に続く扉を開けて、一時姿を消した。戻ってきたときには、一通の手紙を持っていた。


「拝見します」


 わざわざアビアナの前まで行って一礼すると、その場で広げる。全員が見守る中、満足そうに頷いた。


「全く読めませんね」


 誰も何も言わなかったが、心の中で全員が『それでいいのかと』思い思いの悲鳴を上げていた。


「目的に適ったようで良かったわ」


 アビアナは悲鳴を上げていないようだった。艶然と微笑み、ミニパンケーキ(仮称)を口に運んで感動の吐息をつく。


「よろしければ、何が書いてあるのか教えていただけませんか」

「それは言えませんわ。王家の秘密でもありますから」


 アルファドはなおも食い下がったが、最後にはエリューサスに止められて終了となった。その瞬間のアルファドの凍った笑顔と、勝ちどきを上げんばかりのアビアナのすまし顔に、ミオンは恐怖を垣間見た。

(もしかして、アビアナ姫って、シャグマさんの弱みを握ってたりするのかな……)

 様々な憶測を呼ぶシャグマ宛ての暗号文書は、翌日早速、大神殿の掲示板横に掲示された。アルファドの手際の良さには毎回感心するばかりだ。


「俺だったら絶対的に回したくないのに、ハベト族の姫様は良い度胸だよな……」


 更に翌日。ミオンとジェラールは、予定通りイプスとの再面談に向かっていた。


「同類なんだろうって、マギーが言ってたよ」

「だよなあ。あの方がエリューサス殿下の婚約者になったら……ちょっと考えたくないな」


 アルファドが二人というとんでもない状況を想像して、ジェラールは勝手に落ち込んだ。それを見て、ミオンは想像すらしないことに決めた。心の平穏を保つには一番確かな方法だ。


「っと、こっちだな」


 行き過ぎた角を戻って、アルファドは指定場所に着いた。ちなみに前回の話し合いで、結局全員、住民の振りをすることで決定している。今回はミオンも他のメンバーの居場所を知らない。少しだけ不安だが、探すことはもちろん出来ない。


(危ないことは無いと思うけど……)


 イプスが指定した日時は、最初に訪問した日から十日ほどの間が空いていた。おそらく、アジトの調整があるからだろうというのが、アルファドの意見だった。それだけ用意周到な相手だから、油断は禁物だと、珍しく真顔で注意された。


「……ねえ、お兄ちゃん」

「なんだよ」

「アル様の言うとおり、ほんとに生け贄が最終試験とかだったら、止めてね?」

「あたりまえだろ」

「うん」

「あ、ここだな」


 深刻そうな表情を作って、ミオンとジェラールは二回目の訪問の場所へとやってきた。今回も、裏路地一歩手前の下町の一角だった。


「いくぞ」


 小声で言って、ジェラールはノックをした。


「……」


 返事が無い。耳を澄ませても、何も聞こえない。

 もう一度ノックをする。やはり返事が無い。


「まさか留守なのか……?」


 しばらく待ってから、シェラールはミオンを下がらせてドアノブを握った。


「……開いた」


 鍵は掛かっていなかった。そのまま少しずつ、開けてみる。


「こんにちは……イプスさん、いませんか?」


 かけた声は、室内に吸い込まれて消えた。ジェラールはさらに気合いを入れて、中に入り込む。ミオンも、戸口から中を覗いた。

 前回と同じようなつくりの家だった。締め切られたくらい部屋の奥に、もう一つ扉があるところまでそっくりだ。


「誰もいないね……」

「留守、なのか」


 ここまで来るとジェラールの行動は大胆だった。奥の扉を開けてみる。やっぱり誰も、いなかった。


「これって、すっぽかされたのか?」

「たぶん?」


 家の中を探してみたが、伝言の一つも無かった。

 ミオンがイプスと再会するのは、しばらく後のことになった。

遅くなりました!

ニスが作ったのは、大判焼き(今川焼き?)をヒントにしたパンケーキサンドもどきでした。

メシ系鯛焼きというのを昔食べたことがあったので、ロネ用はそれを参考に。

海外だと、朝食にパンケーキとベーコンとか普通に出てくるのでありかな、ありだよね! というゴリ押しともいいます!

それでは今回もお読みくださってありがとうございました!



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