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 危うくマギーに頭を割られそうになった数日後、アビアナから連絡が入ったと、ミオンはエリューサスの屋敷に呼び出された。


「神託に似てるって言ってたあの記号の件で、調べが付いたそうだよ」

「すごく早かったですね」

「たまたま同じような話をしていたんだって。はい、こっちだよ」


 アルファドに案内されて部屋に入ると、エリューサスだけでなく、アビアナ本人も待っていた。本日も麗しいドレス姿である。


「ミオン。久しぶりね。また会えて嬉しいわ」

「こ、こちらこそ、お会いできて光栄がありがとうございます?」


 てっきり手紙を読んでもらうと思い込んでいたので、まさかの本人登場にミオンは緊張の極みだった。


「ねえ、エル、これ、日頃僕らが砕けすぎてるのが良くないのかな……」

「気のせいだ」


 エリューサスは断言した。アルファドは頭を振りながら、ミオンを席に案内する。


「あとで特訓だね」


 その一瞬で耳元に囁かれた。何の特訓なのかは聞き返すまでもない。アルファド直々のマナー講座を想像して、ミオンの気分は奈落の底だ。マギーの説教が小鳥のさえずりのように思えてくる。


「あら、ミオン、大丈夫? なんだか顔色が良くないようだけど……」

「多分夜更かしのせいです。アビアナ様がお気になさるようなことではございません」


 今度はどうだとばかりにアルファドを見やれば、小さく頷かれた。何とか及第点には達したようだ。特訓の緩和に繋がればいいのだが。


「では、アビアナ殿下、全員揃いましたので聞かせていただけますでしょうか」


 最後にアルファドが席につくと、アビアナは話し始めた。


「手紙にも書きましたように、この先の話も内密にお願いしますわ。そちらから送られたあの記号は、確かに神託の系譜に連なるものでした。はっきり申し上げると、あれは聖獣の守人の一族が使っていた文字なのです」


 文書に残すには危険が伴うと判断して、アビアナは足を運んだようだった。ミオンも背筋を伸ばして耳を傾けていたが、意味のわからない単語に戸惑った。


「聖獣の、もりびと?」

「守人。聖獣を守って暮らす人たちのことでよろしいですか?」


 アルファドがミオンに教えながら確認した。アビアナは曖昧に首を振る。


「古い文献しか残っていなかったのですが、共に暮らすと言うよりは、案内人だったようです」

「例えば、シャグマ殿のように聖獣を尋ねてきた人間を案内する役を負っていたという解釈でよろしいですか」

「アル」


 短くエリューサスが制すれば、アルファドは立ち上がって詫びた。


「失礼いたしました。ご気分を害されたのであれば、幾重にも非礼をお詫びいたします」

「構いません。ここしばらくの間にアルファド様がどのようなお方かわかってきましたから」


 答えるアビアナは、ミオンが見てもゆったりと微笑んでいるようにしか見えない。見えないのに、二人の間に確実に冷え切った空気を確かに感じるのはどういうことだろう。


「それに、アルファド様がそのようにおっしゃるのも当然でしょう。従兄弟殿も彼らを頼って聖獣の元に向かおうとしていたのも真実ですし、私どもが従兄弟殿の足取りを追えたのも、彼らの存在があったからですわ」


 しかし案内人が案内人だったのは遥か昔のことだった。今では他の民同様に、聖獣を畏れ敬うだけで、山の中に踏みいる術も失われていた。記録は残されていたが、あまりにも古く、誰にも読めなくなっていた。シャグマはそんな記録を頼み込んで見せてもらい、自力で解読を試みたようだった。


(やっぱりあれって、ただの記号じゃなかったんだ)


 改めて、ミオンは己の勘を信じて良かったと胸をなで下ろしていた。守人の一族は神々の言葉、つまり神託に使われている文字を人間用に変換して使用していたようだった。しかしその文字は発音するためではなく、記すため文字だったので日常の会話には使用されなかった。そのため廃れていったようだった。


「従兄弟殿は優れた人でした。しばらくして解読を済ませた従兄弟殿は、聖獣の元に向かうと宣言していったそうです。結果は、芳しくなかったようですが」


 言葉を濁すアビアナに、アルファドは遠慮無く突っ込んだ。


「失礼ですがアビアナ殿下、そもそもシャグマ殿は聖獣の元に向かって、何をするつもりだったんでしょうか。神々の封印を解く旅に出たとはお聞きしました。その封印解くために、実際には何をする必要があったのか、聞かせていただくわけには行きませんか?」

「そう、ですね……」


 アビアナは口元に手を当てて、俯いた。部外者の立ち入りを許していいものか、そんな思いがありありと浮かんでいる。


「……私の、個人的な推測ですが……」


 お願いしますとアルファドが促すと、アビアナは手を下ろして姿勢を正した。


「神々の封印がどのように施されているのかもわかりません。ですが、聖獣も、命ある生き物です。その命が失われれば、封印も消え去るのではと……」


 妥当な線だろうが、まだ疑問はいくつも残る。アルファドに目で許可を求めてから、ミオンは言った。


「あの、聖獣って、どのくらいいるんでしょうか」

「数なら、わかりません。一頭しかいないとも、十頭以上いるとも言われています」


 アビアナの俊樹も図書館並みだった。結局のところ、ハベト族からも現存しているかどうかすら怪しまれている存在のようだ。聖獣の資料を頼まなくてよかった。図書館と同じ結果を二度も突きつけられるのはゴメンだ。あの虚しさは、もう味わいたくない。


(でも、ほんとにたくさんいたら大変じゃないかな……)


 一頭ならまだしも、山奥に群れで棲んでいる獣を狩るのは大仕事だろう。

 ミオンの指摘に、アビアナも同意した。シャグマは信者を伴っていたそうなので、人手には事足りていたようだが、成果は上げられなかったはずだと断言した。


「仮に、聖獣の身に何か起こったとしたら恐らくバイアム神から何かしらのお告げがあるのではと、神官達も申しておりました。それにその後、各地で忌まわしい事件がおきましたから……」


 小動物が生け贄に捧げられたのであれば、それは逆に聖獣の無事を意味する。喜びは、同時に悲しみでもあった。


「事件は、起きてたんですね……」


 ミオンがぽつりと漏らした言葉に、アビアナが眉尻を下げる。


「ええ……力及ばず、悲しませてしまってごめんなさい」

「あっ、いえっ、アビアナ様のせいじゃないのでっ、お謝りにならないでくださって大丈夫なので結構です!」


 大慌てて取りなしたミオンだったが、視界の隅でアルファドが「と・っ・く・ん」と口を動かすのが見えてしまった。


(見えなかったことにしよう、うん)


 目先の幸せを追いかけ始めたミオンの内心を知らず、アビアナは笑みを浮かべ直した。


「ありがとう。これ以上は何も起きないように、私たちも手を尽くすわ」

「はい、お願いしますっ」

「とはいっても、尽くす手も無くなってあなたたちにお願いしてしまっている状況なのよね……」


 情けないとため息を吐くアビアナに、どんな言葉を掛ければ良いのか。


(えーと、ご愁傷様です、しゃなくて、えーと!)


 脳内をフル稼働して、一つだけ思いついたことがあった。慰めの言葉ではなかったが、この際気分が変われば良いだろうと判断する。


「あの、アビアナ様、えーと、無礼を承知で直接お願いして申し訳ないのですが」


 慌てると本当に言葉が出てこない。マギーにも特訓してもらった方が良いかなと、ちょっぴり殊勝な事を考えた。


「なにかしら」


 アビアナは、先ほどまでのけだるげな様子を捨て去って、面白がるような顔をしていた。多分きっと間違いなく、面白がっているのだろう。


「その守人の人たちが使っていた文字の一覧表みたいのは、ありませんか?」

「一覧表……」


 アビアナは、また手を口元に当てて悩み始めた。


「一覧表を、どうしたいんだ?」


 代わりに尋ねたのは、エリューサスだった。


「えーと、その文字を読めるのはシャグマさんだけなんですよね? だったら、暗号みたいに使えないかなって思いました」

「暗号?」

「はい。実はこの前思いついたんですけど。えーと、シャグマさんを探す方法で」

「詳しく聞きたいわ。内容次第では一覧表の件も考えます」


 アビアナの決断は早かった。今すぐ話せと言わんばかりの勢いにミオンは押し倒されそうだった。


「あの、そんなにすごいことじゃないんですけど」


 一応前置きをしておいて、ミオンは先日マギーに頭の中身を疑われた一件を話した。マギーの感想は省いておいた。


「うん、まあ、確かに、相手が出てきてくれるのが探している方にとっては一番楽だけどね」


 うまくいかないから困っているんだよと、アルファドの笑みは遠回しに言っていた。


「一覧表があれば、解決すると思っていいのかしら?」


 アビアナも大半はアルファドと同じ意見のようだった。疑惑と希望が入り交じった目をしている。


「えーと、たぶん?」

「具体的にはどうするつもりだ?」


 エリューサスがすかさず問いかけてくる。ミオンはしっかりと視線を受け止めて、答えた。


「最初は、お兄ちゃんに教団に潜入してもらって、うまくいったらシャグマさんを探してもらって、とか考えてたんですけど、たぶん無理そうだし。それで、何かシャグマさんにしかわからない方法でメッセージを送れないかなって」

「それなら確かにあれは有効かもしれないわ……でもどうやって?」

「みんなの目に付くところに、例えば大神殿の掲示板みたいな所に一緒に掲示してもらうとかはどうでしょうか。教団で使ってる記号が神託の傍にあったら、読めなくても気になりませんか? シャグマさんが見なくても、誰かが見て、こういうものがあるぞって教えてくれるんじゃないかなって」

「読めるのがシャグマ殿だけなら、写して持っていっても問題はないわけか」


 アルファドは納得したようだが、エリューサスはまだだった。


「それで、どう書くつもりだ?」

「実はそれで困っています」


 ミオンは正直に告白した。アビアナが探していると素直に知らせていいものかどうか、わからなかった。かといって、お前の秘密をばらされたくなければ、みたいな脅迫文ではただのいたずらと、相手にされない節もある。


「なんて書いたらシャグマさんが出てきてくれるか、一緒に考えていただけませんか?」


 精一杯の気持ちを込めて言うと、エリューサスは一呼吸分の後、アビアナに向かって言った。


「ということだが、アビアナ姫、力を貸してはいただけないだろうか」

「……絶妙なタイミングを使う方ですのね」


 アビアナは苦笑を返した。ちょうど同じことを、言うつもりだったようだ。


「一覧表については、ごめんなさい、やっぱり出すわけには行かないわ。その代わり、とっておきの内容を考えて持ってきます。使い立てるようで申し訳ないけれど、有効な掲示場所をお願いしても良いかしら」


 思った以上に良好な返答だった。ミオンは大きく頷いた。


「はい、ありがとうございます!」

「お礼を言うのはこちらの方よ。アルファド様が言ったとおりね。あなたにお願いして本当に良かったわ」


 手を握られて、ミオンは焦った。


「あの、まだ成功するって決まってませんし、あと、解読者もまだ見つけてないので……まだ喜ぶのは早いと思います!」


 ぬか喜びな結果に終わったときが怖い。エリューサスに助けを求めるが、気づかないふりをされた。


「いえ、紹介した甲斐があったと胸をなで下ろしております」


 アルファドは社交辞令で華麗に受け流している。慌てているのはミオンだけだ。


「では、私は急いで準備に取りかかりますわ。また連絡いたします」


 今度こそ止める隙も無く、アビアナはドレスの裾を翻して去って行った。呆然と見送るミオンの肩に、手が置かれる。


「さて、予想外の話になったけど、僕らも準備しないとね」

「……はい」


 そして予定どおり、まずはアルファドによるマナーと敬語の特別講義が始められた。

遅くなりました、すみません。ちょっとだけ書き直すつもりが……。

面目躍如出来そうなミオンですが、結果はどうなることやら。

余談ですが、アルのマナー講座は三日間の連続講義となります。

それでは、今回もお読みくださってありがとうございました。

ブクマや評価もいつもありがとうございます。励みになります。

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