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 ジェラールは悩んでいた。どうしてミオンばかりが指名されるのか。この先、ミオンはどうなってしまうのか。ミオンの行く末は、きっと自分や両親の将来にも関わってくる。

 悪事に手を染めているわけではない。その点だけは安心できるが、なにしろ周囲の人間と住む世界が違いすぎる。何かあれば、切り捨てられて傷つくのはミオンだけだ。だから、早いうちに距離を取らせるべきだと思うのだが、方法が見つからない。あと数年すれば、適当な相手と結婚させてしまうというのもありだが、その数年の間に何が起こるのか。

 毎日悩んで、時には授業すらサボって街の中をふらふらしていると、声をかけられた。


『悩みがありそうだな』


 賑やかな人通りはどこかに行ってしまった場所だった。時間だった、と言うべきかもしれない。おかしな場所には入り込んでいない。むしろ、人混みを選んで歩いていた。ごく普通の通りが、気まぐれに普段とは全く別の顔を見せる、そんなひとときだった。


『悩みを解消したいなら、相談に乗ってくれる奴がいるぜ』


 男だった。壁にもたれて、ジェラールに手招きしていた。年齢もよくわからない。これといった特徴の無い上着とズボンを身につけていて、帽子を目深に被っていた。

 ジェラールは男に吸い寄せられた。何かを話した記憶は無い。一方的に男がしゃべって、最後に薄い金属板を差し出してきた。


『これを覚えな。そしてこれから言う場所で見せれば相談に乗ってくれる奴に会える』


 ジェラールが記号を覚えると、男はさっと姿を消した。男がいなくなると通りには人通りが戻ってきた。

 喧噪が戻ってくると、ジェラールは我に返った。白昼夢でも見ていたのか。ただの夢にしては、見せられた記号がはっきりと脳裏に焼き付いている。

 ジェラールは、いい知れない恐怖に駆られた。学院まで走って戻って、庭の茂みに潜り込んで、ようやく息を吐いた。その場でさんざん悩んだあげくに、妹を頼るしか無い自分に、吐き気がした。

 だから。


***


「――なんとなく、そんな気はしてたんだよ、うん」


 食料品や雑貨を運び入れた商人の一団に紛れて通用門から出たジェラールは、学院前の大通りを足早に渡り、乗合馬車を乗り継いで、降りた先でまた歩いて、最後の角を曲がる前に気合いを入れて、溜めた気合いの全てを天に向かって吐き出した。


「え、わかってたの?」


 あれだけ念入りに遠回りして気づかれないように工夫したのに、ミオンがそこにいる。俺の苦労は何だったんだと、ジェラールは出来ることなら叫びたかった。


「お兄ちゃんすごいね。いつからわかってたの?」

「殿下に話せって言ったのは俺だしな、最初っからこうなるってわかってたんだよ!」


 やけっぱちに吐き捨てる。ただし小声で。残念ながらここは民家に挟まれた小路で、大きな声を出すわけには行かない。


「えー。じゃあ、最初から一緒に行こうって言ってくれたらよかったのに」

「言えるかっ」


 ジェラールとミオンが、こそこそと言い合いしているのは下町の一角、庶民の家が建ち並ぶモンシーボ地区である。実家のあるイドリ地区と異なる点と言えば、個人商店が多いことだろうか。道幅も広いので、住宅の前に露店が立っている。売っているのは雑貨など、小さな物ばかりだ。

 買い物に向かうらしい小母さんの二人組が追い越していくのを待って、ジェラールは再びミオンを睨み付ける。


「で、残りはどこだ」


 主語を省いても、ミオンにはちゃんと通じていた。


「マギーはあのお店。知り合いのお店なんだって。ニスも一緒に二階で見てるの。ダーフィ先輩は、あ、今、あの食堂の、外の席に座ったとこ。ハルブ先輩はあそこでお花を売ってるおばあさんに変装してる。サームス先輩はエル様とアル様と一緒だけど、どこにいるのかは教えてくれなかった」

「全員いるのかよ……」


 がっくりと肩を落とすジェラール。


「……なんでティオナだけやたらと凝った演出なんだ?」

「えーと、ほんとはニスもマギーもエル様も露店の人をやりたがってたんだけど」

「殿下もかよ」

「うん。で、エル様はアル様とサームス先輩にすぐ却下されたんだけど、ニスとマギーは、ほら、二人ともお店の子だから、段々大掛かりになってきちゃって」


 最後には露店の規模ではない段階まで登り詰めてしまったので、ティオナ一人になったのだとミオンは言った。


「あと、ハルブ先輩だったら、いざってときに身を守れるし」

「そうなのか?」


 意外な事実だった。普段の様子からは想像も出来ないのだが。


「王宮勤めをする女官なら護身術くらい嗜んでて当然なんだって」

「……」


 多分それは違うとジェラールは直感で感じた。ミオンのことだから素直に信じているのだろう。


「あと、おばあちゃんの格好なら何かあってもボケた振りで中に入り込んでも大丈夫だからって」

「それも違うと思うぞ」


 突っ込まずにはいられなかった。ミオンはきょとんとしてから、笑った。


「みんないるから、大丈夫だよ、お兄ちゃん」


 ずいぶんと気が楽になったのは事実だったが、ジェラールは頷けなかった。


「……で、何でお前はここにいるんだよ」


 ぶっきらぼうに尋ねれば、ミオンは胸を張って答えた。


「わたしも一緒に行くから」

「なんでだよ」

「エル様がそうしろって」


 これはもう命令だよ?――わざとらしく小首を傾げる様子が苛つく。ジェラールは傍の壁に拳を叩きつけた。


「……ちなみに、俺がこれからどこに行って、何をするのか、ほんとにわかってるのか?」

「もちろん。『兄妹揃って学院に入学したのに貴族の方々の争いに巻き込まれて、この先どうしようか悩んでます』って相談しに行くんだよね」

「お前、自分のことなのに棒読みだぞ?」


 指摘すると、ミオンはむくれた。


「基本的にお兄ちゃんにしゃべって貰えって。わたしは横で、悲しそうな顔してればいいって」


 的確すぎる指示を出したのはアルファドだろう。その時のミオンの不満そうな顔を思い浮かべると、ジェラールの気は少し晴れた。


「わかった、それでいい……邪魔だけするなよ。あと、俺から離れるなよ。いいな!」


 ジェラールは回れ右して、歩き始めた。小走りに追いかけて、ミオンは小声で言う。


「あのね、お兄ちゃんがさっき言ったこと」

「俺が?」

「こうなるってわかってたって、やつ」

「ああ」

「あれね、同じこと、エル様とアル様も言ってたよ」

「もういいから黙ってろ!」


 ほっぺたをつねると、ミオンはあわあわしながら離れていった。恨めしそうな視線を無視して、ジェラールは目指す建物の前に立つ。

 指定された建物は、こぢんまりとした、ごく普通の民家だった。玄関前に立つジェラールの様子も、傍目には知り合いの家を訪ねに来たようにしか見えないだろう。

 ちらりと横目で伺えば、向かいの家の前に荷車を置いて、花を売っている老婆がうたた寝をしている。


「ハルブ先輩の変装、すごいよね」


 なぜかミオンが得意げに言う。


「そうだな」


 イヤでも将来そうなるのに、とは言わないでおいた。背後に感じる視線は、横の雑貨屋の二階から見ているというマギーとニスモアだろう。父親にでも借りたのか、クアイドは老けた格好をして、数軒先の食堂で新聞を読んでいた。残りの三人の気配は無いが、ミオンの言うとおり、どこかにいるのだろう。

 深呼吸を一つして、ジェラールはノックした。引きずるような音がして、指一本分、扉が開いた。


「何の用だ?」

「これを」


 隙間からジェラールは紙を一枚差し入れる。すっと紙は扉に向こうに引き込まれた。ややあって、扉はもう少しだけ大きく開いた。目しか見えなかった相手の顔の半分が見えた。初老の、男のようだ。


「一人だと聞いている。そっちはなんだ」


 思ったとおり、密な連絡が取られている。だがこのあたりは、予想通りだ。


「妹だ。相談したいのは妹のことなんだ。だから連れてきた」

「……少し待て」


 扉は閉じられた。ほっと息を吐くと、ミオンがつついてきた。


「……他にも人がいるんだね」

「そりゃそうだろう。つうか、最悪やり直しだぞ、これ」

「そうしたらもう一回来れば良いよ」


 のんきな妹に、ジェラールが苛立ちを募らせたとき、再び扉が開いた。


「入れ」


 扉は大きく開いた。と言っても、人一人が通れるぎりぎりの幅だ。かなり用心深いようだ。

 ジェラール、ミオンと続いて中に入ると、扉は閉じられた。

 屋内は薄暗かった。窓という窓には厚いカーテンが引かれていて、部屋の真ん中に置かれたテーブルの上に、ぼんやりとランプが灯っているだけだ。


「座れ」


 扉を閉めた男は、二人に座るように指示して奥の扉に消えた。足が悪いらしく、床を擦るようにして歩いている。最初に聞こえた引きずるような音は、男の足音だったらしい。


「……奥があるよ」

「黙ってろ」


 ガタガタする椅子を引いて腰を下ろし、待つ。

 奥からは低い会話の声が続いていたが、やがて足音が戻ってくる。引きずっていない、普通の足音だった。

 扉が開いて現れたのは、先ほどとは違う男だった。ジェラールの身体に緊張が走る。ずいぶんな大男だ。こちらを威圧するように見る目は一つしか無い。片方は、黒い眼帯で隠されている。


「お前が、相談者か?」


 大男はそう言って向かいの椅子を引いた。薄暗いランプに下から照らされた容貌は、恐怖しか与えない。男は片目でジェラールを見、次いでミオンを見た。


「あれっ」


 ミオンが、声を上げた。ジェラールの緊張が更に増す。こいつ、こんな時にいったい何を言い出すつもりだ?


「えっと、ほら、あの時の――!」

「ん?」


 大男も首を傾げた。それから、あっと声を上げる。


「――神託の掲示板の人だ!」

「花好きのお嬢さんか!」

「……え?」


 一人取り残されたジェラールは、高まった緊張感のやり場に困っていた。

 いろいろ悩みましたが、ジェラールメインで描いてみました。いかがでしょうか。ちなみに、書いていて違和感は全くありませんでした……さすが兄妹。

 最近アクセス解析を調べてみたのですが、エルが無茶振りしたときと、ジェラールが不幸のどん底に落ちているときに限ってアクセスが多いような……気のせいですよね?


 それでは、今回もお読みくださってありがとうございました! ブクマ&感想&評価も、重ねてありがとうございます!

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