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シャグマの行方を探し、神託の解読者を探す。
アビアナの目的を達成するために、最適な助言をするとしたら『アリーゼの入学を待つ』、だ。
来年、アリーゼが神託の解読者として入学きて、そのうち子猫を見つけてくれるのを待つだけでいい。シナリオ通りに進むのなら、エリューサスから報告を受けた王宮が、テルスターとギノを秘密教団捜索の指揮を命じ、成果を出す。ミオンが出しゃばる必要はどこにもない。
ただしこの場合、他人に丸投げ状態になってしまうので、一人でこっそり秘密教団のアジトを見つけるのが困難だ。しかも、ミオンならと推してくれたエリューサスの信頼もガタ落ちになる。それは、ほんのちょっとだけ、寂しい。
なので、ミオンが取れる最上策は、『街の人に訊いてみる』といった当たり障りのない案を出してお茶を濁しつつアリーゼの入学を待つ。同時に、アビアナから秘密教団の動向をさりげなく聞きだし、アジトが判明したならば、偵察要員を買って出る。
決め科白は『生まれも育ちも庶民なので変装の必要はありません』だ。
(ってところまで夕べ考えたんだけどなあ……)
昨夜完成したミオンの計画は今、遠回しに見直しを要求されいてる。
「……今度は、王女殿下のお手伝い、ですって……?」
マギーは、握りしめたカップの底を睨んだまま動かない。
ロネは腕組みをしたまま天井を仰ぎ、ティオナはひたすら紙に何かを書き綴っている。話を記録しているのかと思えば、紙の上にはいくつもの○と△がでたらめに並んでいた。
「なんていうか……すごいよね……」
ニスモアは乾いた笑いを漏らした。褒めていないのは確実だ。
「…………」
そしてジェラールは、部屋の隅で、壁の方を向いていた。その周囲だけが、暗雲が立ちこめているかのように、暗い。
「おーい、生きてるかー」
そんなジェラールに向かって、クアイドは丸めた紙を、ぽいぽいと投げつけていた。直接触れる勇気は無いようだ。
「あの、アルファド様」
異空間に入り込んだ様な室内で、唯一、通常と代わらないのはエリューサスとアルファドだ。そもそもこの二人の発言が、異常事態の原因である。
「誰にも言わないって、アビアナ様と約束していませんでしたか……?」
アビアナとの会談から数日後、よりによってミオンが決め科白まで考えた翌朝、サロンメンバーに招集がかかった。授業を終えていつもの部屋に集まってみれば、アルファドはアビアナから聞かされた内容をメンバーに一言も漏らさずに話したのだ。ミオンがアビアナの手伝いをするというところまで、一切合切、だった。
「うん、したよ」
アルファドは快活に答えた。やまさしなど、どこにも見えない。
「協力するために、必要最小限の人間に話すことも約束したよ?」
「そうでしたね……」
適切な部署に連絡すると言っていた。そこにサロンメンバーが含まれているとは思わなかった。ミオンの落ち度なので、計画を見直さなくては。
(えーと……仮にみんなが協力するとしても……それはそれでよし?)
お茶を濁す人員が増えるだけなので、計画の変更は最小限で済みそうだ。
丸めた紙を投げるのを止めて、クアイドが振り返った。
「まさかと思いますが、サロンの議題にしろってことじゃあないですよね?」
「面白そうだけど、さすがにリスクが大きいかな」
「こんなところでぶちまけてる時点で、相当のリスクを背負ってる気がしますけどね……」
「そう? 僕としては、ミオン一人に任せて、うっかり君たちが巻き込まれるよりは、最初から話しておいた方が良いと思ったんだけど」
「最初から巻き込むつもりだったのがよくわかる発言ですね」
クアイドの切り返しに、アルファドは肩をすくめただけだった。
「酷い言いがかりだよ。僕はただ、ミオンが何か始めたらみんな気になるだろうと思っただけだよ。ねえ、ジェラールだって、こんなこと、黙っていられたらイヤだろ?」
「……その前に、どうしてミオンなんかに手伝わせようとするんですか……」
うっそりと壁から振り返ったジェラールは、そのまま舞台に上がって幽霊役でも出来そうな顔をしていた。
「おにいちゃん……!」
それはわたしも訊きたいところだよ――ミオンだって、好んで引き受けたわけではない。打算はあったが、半分以上はエリューサスの無茶振りが原因だ。
エリューサスは、兄妹の視線をそれぞれに受け止めて、言った。
「ちょうど、そこにいたからな」
「え、それだけですか?!」
耐えきれずに突っ込んだのは、ニスモアだ。相手が王子殿下と気づいて、慌てて口を塞ぐ。アルファドが珍しく苦笑いをした。
「それだけ、が割と重要だよ。実際、アビアナ姫もそれでミオンに確かめにいらしたんだからね」
「ああ、神託の……そういうものですか……」
アルファドに、丸め込まれた気がしてしょうがない。思っても、それ以上は口に出来ないニスモアだった。あとは気の毒そうにミオンを見るだけだ。ジェラールは再び壁との対話に戻った。
「で、お前はどうなんだ?」
ぽん、とミオンの頭に丸まった紙が当たった。クアイドが、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。
「宮廷絵師の次は秘密教団にケンカを売るか?」
「売りません……」
ミオンの計画は、真っ向から相手にすることではなく、死角を突いて子猫をかすめ取ることである。あっさり首を横に振れば、クアイドはつまらなそうに舌打ちした。
「じゃあどうするんだよ」
「どうって……まだ何も」
「ケンカを売る前に、相手を見つけなきゃならないだろ」
天井から視線を降ろして、ロネ。ため息交じりなのに、なんだか楽しそうな顔をしている。
「シンボル一つだけの、名前の無い秘密教団か。この前の辻説法の一件からしても、マルティド教の中にも信者がいるのは間違いなさそうだ。そいつらの目的次第じゃ、神託にも絡んできそうだな」
カタン、と音を立てて、ティオナがペンを置いた。紙の上は大量の○と△の他に、花丸や星形まで加わっていた。
「普段は本当に神官として勤めているのかもしれないわ。辻説法の配置もよく知っていたようだし。もう神託のことも知っているのかもしれないわね。それと、聖獣? 聞いたことが無いわ」
「あのさ、秘密教団ってハベト族の人もいるんだよね? その人たち、どこに住んでいるんだろうね。宿代とか、かかるんじゃないのかな」
うんうんと、一人で頷きながらニスモア。訳知り顔で言っているが、そのセリフは先日読んだ小説の一説である。
急に生き生きと話し出したメンバーに、ミオンは唖然としていた。横から、手を握られた。
「で、どうするの?」
ようやくカップから顔を上げたマギーだった。こちらは目が据わっている。
「どうって……だから、ケンカは売らないけど」
「売りなさいよ」
「え!?」
予想外の答えに、室内にいた全員がぎょっとする。ジェラールも、このときばかりは壁の相手をするのを止めたほどだ。
「マギー……?」
「このままぼんやりしてたら、またどこかの犬とか猫が攫われるでしょ。あなたそれでいいの?」
「それは……よくないけど……」
「だったらクロシェナ様の時みたいに、さっさとアビアナ殿下のお手伝いする方法を考えて、私たちに教えなさいよ」
「え、ええ……?!」
さあ早くと詰め寄られて、ミオンは助けを求めて視線をさまよわせた。こういう時こそ、兄と妹の繋がりが力を発揮するはずだ。
「お兄ちゃん……!」
「――なあ、ジェラール。もうわかってるだろ? 殿下は別にミオン一人に任せるつもりは無いんだよ。ここで一緒に考えてやればいいんだ。そんなときに力になってこその兄貴だろ?」
「そ、そう、かな……」
ロネが、ジェラールを説得にかかっていた。ジェラールはそれを聞いて、希望の光を見出したような顔をしていたので、洗脳と言ってもいいかもしれない。ロネの意外な才能に脱帽だ。とりあえず兄妹の絆が役に立たないことはわかった。
次の救いを見つけようと動かした視線の先で、ニスモアと目が合った。ニスモアは、はにかんだ。
「あのさ、実はさ、画集の話、すっごく感動したんだ。だってさ、宮廷に庶民の女の子がケンカ売って勝ったんだぜ?」
だから秘密教団にケンカを売れというのか。というか、みんなどうしてそんなにケンカを売らせたいのか。
「えーと……あれは別にケンカを売ったわけじゃなくて……」
「そうね。殿下があなたを推したのは、あなたが誰も予想しなかった方法でクロシェナ様を救ったからだと思うわ」
違いますか、とティオナが問えば、エリューサスは、本当に微かに微笑み返した。
(……ええ?)
ほんの一瞬、ミオンの心臓は、跳ね上がった。
(……えーと?)
沸き立った感情の名前と理由を探しているうちに、クアイドに視界を遮られた。
「じゃあそれだ。秘密教団から、犬猫を取り返そう。それでいいだろ。ほら、考えろ」
「じゃあって……そんな急には無理ですよ!」
頭を小突いてくるクアイドの手を払いながら、ミオンはもう、当初の計画の全面見直しを覚悟した。
(せっかく決め科白まで考えたのに……!)
ほぼ閑話に等しいので、短めになりました。
前回の続きを、と考えて、最初に思い浮かんだのが真っ暗になって壁に向かっているお兄ちゃんの図、でした。ロネには頑張ってすくい上げてもらいたいところです。
それでは、今回もお読みくださってありがとうございました!




