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「それで、アビアナ姫」


 文書にまとめる内容を簡単に詰めた後、エリューサスは言った。


「ミオンをこの場に呼んだ理由をそろそろ聞かせてもらえるだろうか」

(え?)


 焼き菓子も食べ終えて、お腹も心も満足していたミオンは、意識の半分は夢の世界にいた。アルファドがこちらを見て微笑んでいたので、急いで睡魔を払う。


(えーと、理由って、わたしが空き家にいた理由を聞きたかったからじゃなかったっけ?)


 考えてみれば、王女殿下がわざわざ本人を呼び出して直接問い質す必要もない。命令と報告の齟齬を気にするなら、側近をやって、本人は隣の部屋にでもいて耳を澄ませていればいいだろう。


「お互い初対面同士、腹を探り合う時間ばかりが多いのは当然ですからね。なんなら、次の茶菓子を用意させましょうか?」


 アルファドが言うと、とても説得力のある言葉だった。

 口止めをほのめかされて、アビアナは弱く微笑んだ。


「どう切り出そうか迷っていました。実は、ミオンに見てもらいたい物があります」


 アルファドは頷いて、続き部屋への扉を開けた。アビアナは何も持っていないので、従者が持っていると判断したのだ。

 中に声をかけると、すぐに見たことのある青年が入室してきた。空き家を捜索したとき、一緒にいたナトゥーワだ。彼はミオンを一瞥しただけで、黙ったままテーブルの上に数枚の用紙を置いて、静かに退室していった。


「ミオン、これを見てください」


 アビアナは置かれた用紙をミオンの方に押しやった。ミオンは迷ったが、手にとって持ち上げてみる。何の変哲も無い、少しざらざらした紙だった。ひっくり返すと、用紙の上に等間隔に文字が載っている。はっきり言って、読めない。何語だろうか。並んでいるのは記号にも見えるが、多分、文字だとミオンは思った。


(うーん……普通に読んだら読めないもの?)


 何かの謎かけかもしれない。逆さに見るとか、文字と文字を分解して違う文字を作るとか。少し前に、サロンのメンバーで流行ったクイズだ。あれこれ記憶をつつき回しながら、三回くらい見直して、ミオンはさじを投げた。


「……すみません、読めません」


 ミオンの答えに、アビアナは残念そうな、それでいてほっとしたような表情を浮かべた。


「謝る必要はないわ。エリューサス殿下もアルファド様だって読めないでしょうから」

「確かに、読めませんね」


 のぞき込んでいたアルファドに用紙を渡す。エリューサスも、首を振った。


「なぜ、これをミオンが読めるとお思いになったのか」

「あのような場所で偶然に出会ったから、でしょうか」


 アビアナは再びテーブルの上に置かれた用紙を見下ろした。深呼吸を、一つ。


「これは……我がバイアム神からの神託です」

(神託?)


 神託って、確か――過去の記憶が、首を傾げている。ミオンは記憶に集中した。ゲームの中で、ハベト族の守護神バイアムからの神託は、アリーゼにより解読される。神託は複数存在するので、アリーゼが解読する神託が世界の命運の鍵となり、ゲームのシナリオの分岐となる。神託の選択は当然ながら選んだ相手によって異なるので、『世界の運命を巻き込んだ壮大な恋のお話』と言うのがパッケージに書かれた謳い文句だった。


(……できれば世界の運命を巻き込まないで欲しい……)


 恋愛するなら二人の世界だけで好きにしてくれないかな――頭を抱えそうになって、ミオンはぐっと堪えた。ここで不審な行動を起こしてはならない。


「これを読むことが出来るのは、王でも神官でもありません。異国の賢者かもしれませんし、ミオンのように、素朴な学生かもしれません。どちらにしろ世界に数人か、もしかしたらたった一人かもしれません」

(あれ、それって、どこかで聞いたような……)


 コルドが言ったわね――過去の記憶が、そっと告げる。一瞬、視界がぶれる。ミオンは再び記憶に集中した。


 ――攻略対象の一人、コルド・カティマは、マルティド教の頂点に立つ聖神官の孫だ。幼いうちに両親を亡くしたコルドは祖父の教えに従って学院に通いながら神職への道を目指す。真面目で大人しい少年は、アリーゼと出会い、少しずつ孤独を癒やしていくが、アリーゼが神託の奏者と知ると、恋心を封印する。


『神託は、王でも神官でも読むことが出来ない。神々に愛され、神々のように世界を愛おしむ人間にしか、奏でることが許されないそうだよ』


 奏者として選ばれたアリーゼと、いずれは距離を置かなければならない。コルドは再び孤独な人生を選び出すが、アリーゼが奏でる『神託』は、荒んだ神の心だけでなく、コルドの心の氷も溶かしていった――というのが大まかなストーリーだ。

 シナリオの中でも特に甘かった奴ね――お腹いっぱいとばかりの過去の声に、ミオンも同意する。話を聞いて、いや、思い出しているだけで身悶えしそうだ。


(確かこれも、子猫が……)


 子猫を助けたとき、コルドとは、さほど恋愛感情は育っていない。アリーゼはその事件をきっかけに、マルティド神について深く知ろうとする。その途中で出会ったコルドに、自分が神託を解読できることを告げるのだ。


(あの事件って、共通ルートってやつだっけ)


 魔神召喚事件をきっかけに、王都にくすぶるいくつもの事件がアリーゼの人生に絡んでくる。その中でアリーゼは――


「――ミオン、そんなに悩まなくても良いよ?」


 顔をのぞき込まれて、ミオンは我に返った。アルファドとエリューサス、それにアビアナまでもが心配そうな顔で自分を見ている。


「僕だって読めないんだし、学院の教授だって誰も読めないよ」

「俺もそれは読めない」


 エリューサスが言う。だから無理に解読しなくていい、そういうことらしい。俯いて黙り込んでいたのは、頑張って解読しようとしていると誤解されたようだ。アビアナも、痛ましげな表情で言う。


「突然のことで驚いたのでしょう。あなたへの疑念はこれで全て晴れました。この先は、元通り、勉学に励む日々に戻ることを祈っています」

「はい、あの……ありがとうございます?」


 記憶と現実がごっちゃになって、旨く答えられなかった。冷めてしまったお茶を飲み干しながら、カップから口を離したら部屋に帰れと言われることに気づいて、ミオンは一瞬で腹を括った。


「あの、それってバイアム神からの神託なんですよね? ハベト族の人の方が読めるんじゃないんですか?」

「ええ、そうかもしれないわ。ただ、先ほども言ったとおり、あなたとは何か縁があるように思えて、それでもしかしたらと思ったのよ」


 そういうアビアナの表情は、だだっ子をあやすようだった。ごまかされているとわかっていても、ミオンにはそれ以上、問い質す力が無い。


「でも、そうね、あなたの言うとおり、きちんと一族の者に訊いてみるべきね」


 どうもありがとう、これで話は終わりと、アビアナが言い出す前にエリューサスが止めた。


「アビアナ姫、あなたの勘は恐らく正しいと言っておく」

「……どういうことでしょう」


 問い返されて、エリューサスはアルファドに視線を流した。ため息と共に、アルファドが口を開く。


「つまりですね、良ければこの場で全部洗いざらい話してくださいと、そういうことです」

「……詳しいことは後日改めて報告いたしますわ」


 眉を顰めるアビアナに、アルファドは、やけくそ気味に微笑んでみせた。


「いえ、今、ここで。口止めはいくつでも追加できますし、何でしたら事件が解決するまで監視も付けましょうか。騙されたと思って、話してみませんか? あなたが縁があると感じた以上、ミオンはあなたの役に立つでしょうと、我がエリューサス殿下に代わって申し上げます」

「ええ!?」

「え?」


 ミオンとアビアナは、同時に声を上げた。


(こんなところでいきなりまた!?)


 アビアナの話次第では、子猫救出の大きな手がかりとなるかもしれないが、いくらなんでも数回あっただけの相手に、しかも国家間の大きな問題になりそうな事態を話すはずが無い。話されても困る。謹慎どころの話で済まなくなる可能性もある。


(役に立つとか、無理だってば!)


 あわあわしながら、エリューサスに向かって首を振ってみせるが、いっこうに退室の許可が下りない。そのうちに、アビアナがぽつりと呟いた。


「……そう、でしょうか」

(待って、お姫様、エル様とアル様に乗せられないで!)


 ミオンの、声にならない叫びは、アビアナには届かなかった。


「いえ、そうかもしれません。バイアム神は慈愛に溢れた優しい神です。動物たちを哀れむあなたと引き合わせてくれたのも、神の計らいかもしれません」

「絶対、ただの偶然です……」


 か細いミオンの声は口の中でもごもごと呟かれて終わった。

 そうして、アビアナの決意と共に再び長い話が始まってしまった。


「一族に広く伝わる話でも、バイアム神とマルティド神が兄弟神である点は変わりません。ただし、バイアム神は聖獣と共にマルティド神に遣えるものであったと言われています」


 その点が、シャグマに不満を抱かせたようだと、アビアナは言った。遣える神が、他の神の従僕扱いであり、さらには獣と同列だったのも、輪を掛けて気に入らない。だから、自分が望む神の姿を描いた異説にどっぷりとはまってしまった。


(神様の兄弟とか聞いたこと無いけど……そういえば、聖獣って、なんだろ)


 なんだかんだ言いながら、結局は大人しく耳を傾けていたミオンだった。


(図鑑に載ってたかな……)


 アビアナの話からすれば、実在する動物のようだ。ただ、ハベト族自治領内に生息しているとあれば図書館でも調べられない可能性も高い。アビアナに訊いたら、教えてくれるだろうか。


「マルティド神が非情な神であることは従兄弟殿の唱える異説と同じですが、バイアム神は地上に生きる物に慈愛を降り注ぐ神とされています。ですからバイアム神は、マルティド神の苛立ちの兆候があれば、楽の音で癒やすようにと神託を授けてくださるのです。我々は例え従僕であっても、そんな優しい神を選んだのだと伝えられています」

(やっぱり、これが『楽譜』だったんだ)


 記憶の通り、神託は演奏するための指示だった。あるいは、歌うための。神々からしてみたら、人の声も音を鳴らすための楽器の一つに過ぎないのかもしれない。どうやって読み解くのかはわからないが、アリーゼは得意の横笛と美声で、この神託を奏でるのである。


「つまりこれは、楽譜ですか?」


 アルファドが問う。アビアナは頷いた。


「マルティド神は唯一、楽の音には耳を傾けてくださるそうです。ですが、神の心に届くような旋律に人が独自に辿り着くのは容易ではありません」

「そこでバイアム神が助け船を出してくれると? しかし、普通に読めないものでは、あまり意味が無いのではないのでしょうか」

「それが……バイアム神が人に楽を授けたとなれば、マルティド神はますます人を不要と考えるでしょう。ですからバイアム神は、マルティド神に気づかれないように、少ない人間にだけわかるようにしたと伝えられています」

(えーと……試験の答えをこっそり教えてくれる感じ……?)


 バイアム神の気遣いをわかりやすく例えるならこうだろうか。カンニングしないと生き残れない人類の未来が、とても切なく思える。


「マルティド神にすれば、世界は理想の形であるべき存在であり、理想から外れていれば創り直すだけの作品であると。バイアム神は、世界は理想を作り上げる過程を眺める場であると」


 最初から完成されていなければマルティド神は納得しないらしい。短気な神様だ。対照的に、バイアム神は気長な神様のようだ。できればマルティド神は見習って欲しい。


(でもやっぱり、こんな話、聞いたこと無いなあ)


 辻説法にもろくに耳を傾けたことはないが、記憶を探っても『悪いことをすると神様に叱られるよ』とは言われても、『悪いことをすると神様に世界を消されるよ』とは言われない。


「念のためお聞きしますが……もし誰も解読できなかったらどうなるんですか?」

「それは……マルティド神の心のままに世界が動くだけ、としか」


 つまるところは、世界の終わりだ。


「神託を授かってしまった以上、何が何でも解読者を探さなければなりませんね」


 アルファドの意見にミオンも大賛成だ。期限はどのくらいあるのだろうか。できればアリーゼには恋愛するよりも真剣に神託の解読に専念して欲しい。


「恐らく、同様な話がマルティド教にも伝わっているはずです。先日この神託が降りた際、マルティド教の方でも解読者を探し始めているはずです」


 アビアナが言うと、エリューサスとアルファドは小さく目配せを交わし合った。その様子からすると、二人の耳には入っていない事項だったようだ。


「では、この度のアビアナ姫の来訪は、シャグマ殿の行方を捜すと同時に、神託の解読者を探すことであるということでよろしいですか?」

「はい」


 アビアナは力強く頷いた。それから、戸惑ったような眼差しをミオンに投げる。


「クアンバド側に協力者があることは、確かに心強いのですが……従兄弟殿の教団が、追い詰められてどのような手段に出るかもわからない以上、迂闊に巻き込むのはいかがなものかと……」

「もちろん、僕もエリューサス殿下も、大切な友人を危険にさらすつもりはありません」


 百人の聴衆がいたら、九十九人が騙されるさわやかさで、アルファドは請け負った。


「この話とは別に、しかるべき部署に話は通します。でも、ミオンなら、直接出向かなくてもアビアナ殿下をお手伝いできる方法、考えられるよねぇ?」

「……」


 騙されなかった一人は、抗議も暴露も出来ないままに抱き込まれるという、良い見本がここにあった。

お読みくださってありがとうございます!

スキル「無茶ぶり」が久しぶりに発動されました。頑張れミオン!


攻略相手の四人目がようやく登場です。といっても名前だけですが。

甘すぎてシナリオ本編は全編書いたら爆ぜそうです。



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