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「王都を騒がせている側でありながら、このようなことを口にするのは心苦しいのですが、これからの話は、他言無用でお願いします」

「誓約書でも作りますか?」


 半分は真面目に、半分は揶揄気味に、アルファド。アビアナは穏やかに受け流した。


「そのような文書を残したところで、こちらがさらに不利になるだけですわ」

「残念。弱みを握り損ねましたよ、エリューサス殿下」

「他にいくらでも握っているんだろうから、一つくらい逃したところで構わないだろう」


 あっさり切り返されて、アルファドは大袈裟に肩を落とした。


「僕がそんなことするわけないでしょう。ねえ、ミオンなら信じてくれるよね?」

「えっ」


 唐突に振られて、ミオンは固まった。「はい」とも「いいえ」とも言いがたいこの問いを、どう躱したらいいのか。


「ミオン、聞こえなかった振りでいい」


 呆れ混じりにエリューサスが言えば、


「そういう困ったことをおっしゃる殿方には、微笑むだけでいいのよ」


 アビアナはほっぺたをつついてくる。どちらもミオンには高度な技だ。


(そういえばマナー講座で似たような話があったような……)


 寮に戻ったら教本をひっくり返してみようか。それとも、マギーに訊いてみようか。


(……どっちもだめだ)


 教本をひっくり返しているところにマギーが現れて説教されるオチしか思いつかなかった。


「酷いなあ。やっぱりミオンの信頼を得るには、これしかないか」


 わざとらしく言いながら、アルファドは部屋を横切って奥の扉に近寄った。隣の続き部屋から、メイドがワゴンを押しながら現れる。


「失礼いたします」


 楚々とした雰囲気のメイドは三人分の茶を入れ替え、ミオンの分を追加し、最後に大皿に盛られた焼き菓子をテーブルの上に置いて下がっていった。


「フィルフィーの新作だよ」


 アルファドに言われなくても、ミオンにはわかっていた。

 皿の上に並んでいるのは、綺麗な焼き色の付いた、一口サイズの焼き菓子だった。ふんわりと漂う甘い香りの中に、甘酸っぱい香りが含まれている。中にフルーツが入っているのか、刻んで練り込まれているのか。

 食べればすぐにわかるのに――ミオンは菓子に釘付けだった視線をあげた。エリューサスと、ばっちり目が合った。


「お前に口止めするなら、誓約書よりこっちだろう」

「……」

「こういう方法もあるんですのね」


 半分真面目に、半分笑いながら、アビアナ。アルファドに勧められて、焼き菓子を一つ取った。それから、じっと我慢しているミオンにも、一つ。


「では、ミオン、これからの話はこれで内緒にしておいてください」

「はい!」


 ミオンは勢いよく首を振って焼き菓子を半分にして頬張った。思ったとおり、刻んだ果物の皮が中に入ってる。オレンジだろうか。果物の種類をあまり知らないのでオレンジしか思いつかない。超のつく甘党としては、ここにクリームを付けても良いと思う。


「毒味しました!」


 残りの半分をアビアナに渡すと、アビアナは目を見張った後に、とても優しく微笑んだ。


「ありがとう」

「え……あっ、いえ、ええと、光栄です?」


 まさかそんな風に礼を言われると思っていなかったので、ミオンは冷や汗を飛ばしまくった。


「ねえ、ミオン、毒味って、そんなことどこで――って、ああ、そうか、ジェラールに何か言われた?」

「あの……最初に食べたかったらそうしろって……」


 正直に告白すると、なるほどね、とアルファドは一人で何かを納得したようだった。ほんのりと、笑顔が黒く染まっていたので、ミオンはそれ以上何も訊かないことにした。アビアナを見れば、こちらは吹き出すのを我慢したような顔をしている。咳払いでごまかしてから、ぴしりと背筋を伸ばした。


「あなたが、王都の民の代表として命をかけて私の信頼を勝ち得たことには変わりないわ。その信頼に応えるためにも、出来るかぎりの真実をお話しします」


 いつ、王都の代表になったんだろ――そんなミオンの疑問をよそに、アビアナは語り始めた。


「クアンバドでは公にはなっていないようですが、我らがハベトの守護神バイアムは、マルティド神と兄弟神であると伝えられています」


 初耳だった。不勉強なだけかと思えば、アルファドも、わかりにくいがエリューサスも驚いた顔をしていた。


「長い歴史の中で諸説あるかと思いますので、どれが正しいのかと問われれば、皆、己の信じる説が正しいと言うでしょう。己の信念を貫くと言うことは、とても尊いことだと思います。ですが」


 アビアナは小さくため息を吐き、その『信念』こそが元凶だったと語った。


「今回、クアンバド側まで騒ぎを持ち込んでしまったのは、中心人物が私の従兄弟に当たる人間だったため、厳しく押さえることが出来なかったのです」


 兄弟姉妹が多い王族故、従兄弟と言っても親子ほども年が離れている。元は高位の神職に就いていたアビアナの従兄弟は、名をシャグマ・ベデシア・オーハブといった。

 シャグマが信じていたのは、数ある伝承の中でも特に異説だった。曰く、マルティド神とバイアム神は兄弟神であり、二神揃って初めて全能であるという。また、本来はどちらも荒々しい神で、人の世が乱れたとあれば、慈悲の入り込む隙も無く即座に全てを無に還して世界を創り直す。そうして人の世は何度も創り直されているのだ、と。


「従兄弟殿の信じる説によれば、世界の創り直しを恐れた人々がマルティド神とバイアム神が揃わないように、聖獣と共に力を合わせて封じたそうです。今、我々が祈りを捧げているのは神の形をした張り子の人形に過ぎない、どんな手段を持ってでも本来の神を取り戻すべきだと、そう唱えているのです」


 シャグマは己が使えるべき神は、この封じられた二神だと信じた。正しい信仰のために神々の封印を解くべく、職務を放棄して領内をくまなく探し回り、その途中で『信者』と巡り会い、一つの教団を作り上げた。


「従兄弟殿は頭の切れる人でした。活動を秘密裏に行うために、教団に敢えて名前を付けず、一つのシンボルだけを作って信者の証としたようです」


(ああ……だから秘密教団なんだ)


 だからだったのね――同じ感想を、過去と現在のミオンが心の内で呟いた。

 秘密教団は、最初から秘密教団だった。具体的な名前が出てこない理由は、名前が無かったからだった。自分たちこそが正しいマルティド教徒、あるいはバイアム教徒であるという自負故だったのかもしれない。


「まさに、狂信者そのものですね」


 自分の分とエリューサスの分をより分けた後、残りの菓子を全部ミオンの方に押しやったアルファドは、ミオンから賞賛の眼差しを一身に受けていた。これが信頼に変わるかどうかは、また別の話だが。


「そのシャグマ殿は、実際、どんな活動を?」


 エリューサスは、音も立てずに自分の分を食べ終えていた。視線が一瞬、自分に向けられたときから、ミオンは横取りを警戒していた。敢えて表現するなら、エサを奪われまいとする野良猫のように、である。


「先日来、詳しく再調査させた結果、新たな報告が上がってきました。従兄弟殿は、聖獣がトクリム山脈の奥深くに棲んでいることを調べ上げました。聖獣の力を弱めれば、神々は自ら檻を破ってくるのではと考え、手を尽くしたようですが、旨くいかなかったようです。そのため、別の搦め手を編み出しました。それが、聖獣の守護を受けていると言われる四つ足の獣を、生け贄に捧げることだったようです」

「!」


 焼き菓子が喉に詰まるところだった。ミオンは急いでお茶で飲み下し、息を吐いた。


「それって、動物を集めていたあれって――!」

「ミオン、落ち着いて。王女殿下が話されている途中だよ」


 アルファドに窘められて小さくなっていると、アビアナが微笑んでくれた。


「ええ、当初、我々は悪しき精霊を召喚し、その際、乗っ取られないように小動物を身代わりとして用意したのだと推測していました。しかし実際には、もっと恐ろしい事態が始まっていました。大まかな計画としては、生け贄の血によって聖獣が苦しみ、それによって封印が弱まった隙を突いて神々を解放する、といった内容のようです。そのために、密かに領内からクアンバド側へ入り込み、こちらでも『信者』を集めていたようです」

「いまのところ、その生け贄計画は挫折していると考えてよろしいですか?」


 アルファドの問いは、ミオンのためだった。アビアナは弱く微笑んだ。


「おそらく、としか。少なくとも、先日あなたと見つけたあの空き家では、儀式が中止されていたのは間違いありません」


 助かった命はあったのだと、ミオンは自分に言い聞かせた。他に攫われてしまった命もあるかもしれないことは、今は考えないことにする。


「シャグマ殿はいつ頃から王都内に?」


 事態が明かされるにつれて、エリューサスの表情は険しくなっていく。アビアナは申し訳なさそうに首を横に振った。


「ここ数年のどこか、としか。お恥ずかしいことに、我々も従兄弟殿の行動を重要視していなかったため、消息を掴み切れておりませんでした。先日、王都で見かけたと言う情報を頼りに捜索の手を伸ばしましたが、やはり取り逃がしてしまいました」

「数年、か……」

「活動範囲は王都に限らないだろうし、どのくらいの規模になっているのか予想もつきませんね。それより僕が一番気になるのは、生け贄対象が本当に動物だけなのかどうかということですが」


 動物が、人に代わるかもしれない。アルファドは、サロンでも同じ危惧を口にしていた。同じ懸念をエリューサスも持っていたのは、顔を見れば明らかだ。

 ミオンは皿の上の焼き菓子を見下ろした。本当は、勝手な行動の罰として食べられなかったはずだった。


(……そういえばこれって、焼きたてだったような)


 王女殿下のために、大急ぎで運ばせたのだろうか。それなら何もフィルフィーにこだわらなくとも、王族なら高名な菓子職人の一人や二人、抱えているのではなかろうか。


(エル様なら専属とかいそう)


 ミオンが真実を知るのはもっとずっと先の、また別の話である。


「アルファド様が心配されるのは当然です。わからないことばかりで申し訳ないのですが、少なくとも領内では人が犠牲になったことは無いはずです」

「王女殿下の耳に届いていない可能性もありますからね、こちらは最大の警戒態勢を敷くことを進言させていただきます」


 珍しく真面目なアルファドに、エリューサスも一層、厳しい表情で頷いた。


「アビアナ姫、先日も申し上げたとおり、シャグマ殿とその一味を捉えるために、協力体制を整えたい。そのために、最小限の人員に打ち明けることを許してもらいたい」

「ええ、その点はこちらも了承済みです。ただ……条件を付ける立場ではありませんが、従兄弟殿の素性を隠すことと、教団の捜索についてはこちらから派遣した者に従うか、逐一報告すること。これを承諾してもらえないでしょうか」


 アビアナ自身に立場もあるのだろう。あくまでも、ハベト族としては、クアンバド側からの要請を受け入れてやっている、との態度でありたいようだった。

 微妙な力関係のやりとりを、ミオンは焼き菓子を頬張って眺めていた。他にすることが無いので仕方が無い。


「情報を握っているのはそちらだ。そちらの希望通りに指示します」

「……感謝します」


 エリューサスの言葉にアビアナは短く謝辞を述べ、最後に神への賛辞を唱えた。

遅くなりましたがなんとか投稿できました。休日に仕事が入ると曜日の感覚がずれるんですと言い訳しておきます……。

文中に出てきたエル専属の菓子職人の存在は、実はまだ未定です。いても良いような気もするし、そんなもの雇わずに自分の足で探す、とか言いそうだし……。何か思いついたら別の話で書けるかもしれません。

それでは今回もお読みいただいてありがとうございました!

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