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「うーん……?」
図書館に通い詰めて古新聞を読み漁ること数日、ミオンはようやく一つ大きな間違いを犯していたことに気づいた。
「どういうのが、王国を騒がす事件なんだろ……」
王都の新聞から各領地で発行されている新聞まで、全部は読めないので数日飛ばしで見出しの部分だけ拾い読みしていたのだが、王国内が騒ぐような大事件、もしくは大事件に発展するような事件は起きていないように見えた。一国の王子が直々に出張ってくるくらいだから、それなりの事件が起きているのだと思ったのだが、秘密教団のひの字もでてこない。というか、それなりの事件というのはどういう事件なのか。
そこでようやく、具体的な事件の内容を知らないことに気づいて、脱力することになったわけである。新聞を読めばわかると思い込んでいた数日前の自分に説教してやりたい。
(事件事件……王子が言っていた教団の事件て……子猫誘拐というか、動物誘拐以外に何があったんだろう)
だからそこまで詳しくは語られなかったんだってば――過去の記憶に尋ねてみると、逆ギレで返された。結局、具体的に知っているのはテルスター王子とギノだけ、らしい。彼らが、どんな事件から秘密教団の存在を探り出したのかがわかればいいのだが。
(直接訊けないし……今調べてるのかどうかもわからないし……あ、動物が行方不明になった事件とか、無いかな)
ミオンはもう一度古新聞を捲り始めた。今度は目的を持って見出しだけ拾ったので、あっという間に終わったが、そんな事件は一つも無かった。
(振り出しに戻ったかなあ……)
新聞の束を棚に戻して、ミオンは校舎内の食堂に向かった。まだ校内散策期間中なので、マギーも午前中の授業のあとは知り合いを案内して回っている。殿下にはいつ会えるのかと、そればっかりでうんざりしていると愚痴をこぼしていた。
(やっぱり王子様って、憧れだよねえ……)
ミオンだって、子供の頃は友人とお姫様ごっこをして遊んだこともある。何故かそれぞれに王子様がいて、『ウチの王子様は――』と自慢し合う謎の遊びだった。無邪気だったあの頃に、エリューサスと出会わなくて本当に良かったと思う。マギーの知り合いの子も、遠くから眺めるだけにしておくべきだと忠告してあげたい。
(見てる分には問題ないし)
そうなのよ、だからイケメン兄弟王子のレアスチルは逃したくなかったのよ!――過去の記憶が何か息巻いているが、ミオンは冷静に無視をして食堂に入った。
昼食の時間はとっくに終わっているが、お茶だけならいくらでも飲める。マギーと一緒だと、お湯だけもらって、ミオンでは手が出ない高級茶葉が使用されるのだが、今週はずっと食堂のお茶を愛飲している。食堂のお茶も、高級茶葉を使用していると聞いているのだが、未だに味の違いがわからない。そういえばマギーから貰うお茶と香りが違うかもしれない。
カップを手に、席に着いたところで、入り口にマギーの姿を見つけた。手を振ると、マギーもお茶のカップを持って隣に腰を下ろした。今日はマギーも、食堂のお茶で我慢するようだ。
「今日の案内はもう終わったの?」
「ええ。今日でおしまいね。あとは自分で殿下に会えるようにがんばりなさいって言ってきたわ」
せいせいしたとばかりに、マギー。案内している間中、王子様はどこ、と周囲をきょろきょろされては、うんざりもするだろう。
「結局、ミオンは誰も案内しなかったの?」
「一応待ってたけど、だーれも来なかった」
「そう……今年はいつにもまして庶民層が少なかったからかしら」
「そうなんだ。でもおかげで図書館に通えたから逆に良かったかも」
通常の授業を一日受けてからだと、あの古新聞の束は強敵だ。主に、睡魔の点で。
「またサロンの資料探し?」
「ううん。そうじゃなくてちょっと調べ物で……あ、そうだ、マギーなら王国内を騒がせるような事件って言ったら、どういう事件だと思う?」
「……突然、何の話なの……」
カップを口元まで持って行ったマギーは、そのままの格好で固まっていた。
「えーと、前のサロンで、ニスが『あの事件の真相は、みたいのやりたいね』って言ってたから」
サロンメンバーの一人、同学年のニスモアは、丸顔で童顔の男子学生だ。ついでに体型もやや丸い。貴族ではなく、商家の三男坊で、いずれは自立して何か商売を始めたいというのが夢である。体型のせいなのか、希望は食品系だ。
「そんなこといってたかしら……」
「言ってたよ。マギーはいなかったかもしれないけど……」
ニスモアが言っていたことは間違いない。新年の休みに、教団が事件を起こしているのでは、とミオンが考えたのもニスモアの言葉が残っていたからだ。
「別にいいけど……そうね、事件……大事件なんて滅多に無いし、あるとしたらやっぱり王宮がらみ、かしら……」
ぼんやりと、お茶の香りを楽しんでいたマギーは、最後に目だけ動かしてミオンを見た。
「って、ここにいるじゃない、大事件のモトが」
「へ?」
「へ、じゃないでしょ。去年の画集の話、大事件よ?」
「えー……でも別に王国中が騒いだわけじゃないし」
様々な人に言われて、ミオンもあの画集がそれなりの騒ぎを引き起こした自覚はある。が、王国中が騒いだかと言われると、微妙だと思うのだ。
「だから、モトでしょ。最初はほんの一部だけが騒いでいたのが飛び火して王国中に、なんてあり得ないことじゃないわ」
「あり得ないことにしておいて欲しいな……」
「――何があり得ないんだ?」
不意に、第三者の声が割り込んだ。振り返らなくても声でわかる。エリューサスだ。当然、アルファドもいる。マギーが立ち上がろうとしたのを手で押しとどめる。
「何か楽しそうな声がしていたから。隣、いいかな?」
「いいですけど、こんなところに座って大丈夫ですか?」
王族のエリューサスは滅多に食堂を利用しない。食事は別邸で済ませるし、ティータイム一つでも特別席が儲けられると聞いている。ミオンが訊いたのはそういう意味だったのだが、エリューサスは無表情のまま、ミオンのティーカップを指した。
「俺も、それでいい」
「えーと、エル様、これ食堂のお茶ですけど……」
「それでいい」
エリューサスが引かなかったので、ミオンは立ち上がってアルファドの分も煎れて持ってきた。
「どうぞ……」
「あの……よければ毒味しましょうか……?」
マギーがおずおずと申し出たが、エリューサスは断った。
「こんなところで俺を毒殺しても意味が無い」
「場所の問題なんですか……?」
「時、場所、あとは……目撃者かな?」
ミオンの質問に、アルファドが微笑みながら答えてくれた。何故そんなに嬉しそうなのか。
「目撃者って?」
「誰がこの場にいたのかも選ばないとね」
「はあ……」
そういうものですか――よくわからないまま、ミオンは頷いた。
「で、何の話だったんだ?」
エリューサスは躊躇わずに茶を口に含んだ。マギーに目で合図されたので、ミオンは先ほどの会話をかいつまんで話した。
「ということで、いくらなんでもマギーの妄想が酷いと思うんですけど」
「妄想って何よ。可能性の話をしただけでしょ」
「だからその可能性が――」
「ないとは言い切れないね、確かに」
引き継いだのはアルファドだった。エリューサスまで頷いているので、マギーは満足顔になった。
「ほらね」
「ええぇ……そんな……何が起きるって言うんですか」
「一番あり得るのは逆恨みじゃないかな」
特に宮廷絵師の面々としては、画集を創った張本人はいくら恨んでも恨みきれないだろうと言われて、ミオンは半べそ状態だ。
「そんな顔しなくても大丈夫。可能性の話だし、思いつくことなら対策ははとれるから。新年の休みの時だって、護衛も付けておいたんだよ?」
「え……」
いつの間に、というか、それらしき姿はどこにも見えなかったのだが。
ミオンの驚きに、エリューサスが口の端をわずかにあげた。
「お前に気づかれるような間抜けを付けたりしない」
「……」
お礼を言うべきなのか、貶められたことを怒るべきなのか。
ミオンが葛藤している間に、アルファドが別の姿を見つけて手を挙げた。
「あ、クアイド」
食堂に、今度はクアイドまでやってきた。呼ばれたクアイドは一瞬、イヤそうな顔をしたが、すぐに打ち消して近寄ってきた。
「なんです、みんな揃って」
マギーと違い、とっくに畏まることを放棄したクアイドは、椅子には座らず、隣のテーブルに行儀悪く寄りかかった。
「次のサロンの話をしたいと思ってたんだけど、ずっと掴まらなかったからどうしているのかと思って」
「ああ、そういえば連絡してませんでしたね。すみません。野暮用で出歩いてました」
「デート?」
「四十過ぎのおっさんとデートする趣味はありませんから。おいそこ、何を囁き合ってるんだよ!」
マギーがミオンに耳打ちしようとするのをクアイドは目ざとく止めた。
「今日の夕飯のメニューについてですけど」
「しれっと嘘を吐くなよ。あとお前、何の話かわかってないなら、きょろきょろしないで大人しくしてろ」
マギーとクアイドを交互に見ていたミオンは、急いで首を止めて居住まいを正した。
「何かあったのか?」
唯一、真面目に話を続けたのはエリューサスだった。クアイドは困ったように頭を掻く。
「……わざわざ殿下にお話しするようなことでは」
「ご両親に何かあったのか」
「いや、そんな深刻な話じゃ……」
さらにじっとエリューサスに見つめられて、クアイドは降参した。
「殿下も物好きですよね……ほんとに個人的な話ですよ。休みの間に、親父のところに面倒くさい『相談』が入ったんです。で、親父が休みなら手伝えってこっちに振ってきたってだけで」
クアイドはいったん話を区切って、ちらりとエリューサスを盗み見る。エリューサスは表情も変えずに、無言の圧力を掛けていた。
「……いわゆる、投資の話じゃなかったんですよ。ヌマスカム商会って、知ってます? まあ、知らなくてもいいんです。そこの当主の使いが来て、家で飼ってた犬がいなくなったから探してくれる人を紹介してくれってきたんですよ」
「え!」
声を上げたのは、ミオンだった。
エリューサスに事件が起こるときは、きっとアルファドが裏で全部設定している気がします。主に演出面で。
今回もお読みくださってありがとうございました。
ブクマと評価も大感謝です!




