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今回は短めに。
「路地裏って、なんのことだ?」
ジェラールの問いかけに、クアイドは顔を上げた。
「そうか、お前、ウチを知らなかったよな」
「パタック通りの外れにあるんだろ?」
「ああ。ウチまでぎりぎりギルド通りって呼ばれてるんだけどさ、一本外れると、あっという間にヤバい地域になるんだ」
「あそこにそんな場所があるのか?」
ジェラールも知らなかったようだ。あるんだよ、とクアイドは皮肉っぽく笑う。
「パタック通りの外れ、カノカラ通りと交差する手前の路地裏は、通称『裏ギルド通り』っていうんだ。聞いたことないか?」
広くは、ギルドから弾き出された人々が集まる薄暗い路地裏全般のことを指す。ギルドから外れれば、非公式な仕事に手を染めるしかない。パタック通りの外れの路地裏は、裏世界の仕事を斡旋する場所として有名だった。
「そんな場所に、あの日、あんたが一人で入ってくのを見てさ、とうとうそうなったのかって思ったんだ」
まさかそんな風に見られていたとは思わなかったミオンは、目を丸くして驚くばかりだ。
エリューサスとアルファドに利用されて誰にも相談できなくなって、ついに路地裏の連中を頼らざるを得なくなった、そう思ったのだとクアイドは言った。
「っても、俺は別にどうする気もなかったんだ。あんたを助けるとか、そういう気は全然無かった。あんたも他の奴と同じように路地裏に行くんだなって、見てたんだ」
おどけた口調でもあるのに、クアイドの話は、罪の告白のようでもあった。
「ちょっと待て。ミオン、お前、そんな場所に入り込んでたのか?」
ジェラールに問い詰められて、ミオンは視線を逸らした。
「えーと……ちょっとだけ……」
「路地の片っ端から出たり入ったりしてたよな?」
「……」
「……」
決して視線を合わせようとしない兄と妹を面白そうに眺めてから、クアイドは言った。
「そういうことだよ、ジェラール。お前の妹は、そんな場所に入り込んでも、なあんにも変わらない様子で出てきたんだよ。俺がどんなに驚いたかわかるだろ」
だから、思わず呼び止めた。そこで何をしているのか、これから何をしようとしているのか、聞いてみたいと思ったと、クアイドは照れた様子で言った。
「ダーフィ先輩、そのことなんですけど……わたし別に何もする予定は無いんですけど」
驚かせて申し訳ないとは思うが、路地裏に入ったのだって、何も深い意味なんて考えていなかった。地図に載ってないから、確かめに行こうとしただけなのだ。
「そうか。それなら別にそれでもいいんだ。まあ、万が一何かするつもりだったら、終わってからでも良いから教えてくれよ。親父から聞くより、あんたから聞く方が面白そうだし」
じゃあなと、クアイドはすっきりした顔で去って行った。もっとも、後で寮でジェラールとは顔を合わせるのだろうが。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「わたしがやったことって、知らない人にも心配されるくらいのことだったのかな」
「危ない場所に出入りしてるのを見たら心配するだろ」
しかも秘密教団のアジトを探すためだと知ったらもっと心配されてしまうかもしれない。しかしそれは最終的にはアリーゼの手柄になるはずなので、大丈夫だろう。きっと。
「それもあるかもしれないけど、ダーフィ先輩はどっちかっていうと、わたしの人生とか、そういうのを心配してくれてたよね?」
「あのな、ミオン。普通に考えても庶民のお前と、王子殿下が同じテーブルで話してるだけでも心配だろ。しかもその結果が、王室を騒がせたりしてるんなら、首謀者は王子殿下かアルファド様で、お前は良いように使われている、最悪の場合は使い捨てられるんじゃないのかって、俺だって思うぞ」
こんなこと、両親にはとても言えないとジェラールはため息を吐いた。
「それって偏見っていうんじゃないの?」
「一般常識的な意見、だ。そりゃ、俺だって今は全部が全部、殿下が悪いとは思わないけど、そんなの、他の奴らにはわからないだろ」
その筆頭が、クアイドというわけだ。
「んー……それってやっぱり、直接話してないからだよね」
「かもしれないな。話したところで、理解できるかどうかは――」
憂鬱そうな兄の言葉を、ミオンは聞き流していた。
なるほど、そういうことなら、話は簡単だ。
数日後、ミオンはエリューサスとアルファドに一つの提案をした。
『うちのお兄ちゃんもそうなんですけど、みんな、エル様とアル様のことを誤解してると思うんです。だからみんなの誤解を解くような、そういうお話の機会を作ってくれませんか?』
***
「クアイドがそんな心配をしていたとはねえ。心外だけど、そう思われるのは仕方ないかもな」
アルファドが実に残念そうに頭を振るのを、エリューサスはつまらなそうに見て言った。
「心外ならそんなに楽しそうに言うな」
「ひどいな。友人がこんなに心を痛めてるって言うのに、慰めの言葉の一つも掛けてくれないのか」
「白々しい芝居はよせ」
エリューサスに一蹴されて、アルファドは肩をすくめた。
「少しくらいつきあってくれても良いだろ。多少の芝居も出来るようになった方がいいぞ。そうじゃないと、ミオンがまた心配する」
「……余計な心配だと言ってやれ」
エリューサスは珍しく、小さなため息を混ぜていた。
ミオンの提案を聞いたエリューサスの感想は、おめでたい奴、だった。ミオンが心配しているのは、自分が使い捨てられることではなく、エリューサスとアルファドが誤解されていることだった。自分が捨て駒にされるとは夢にも思っていないのか。
エリューサスのわずかな躊躇いを、アルファドは見逃さなかった。だから、今回は引かないことにした。
「そんなことじゃミオンは納得しないと思うけど」
「納得しようとしまいと関係ない。じゃあどうしろと言うんだ。学院の生徒全員を招いてパーティでもひらけというのか」
つい、投げつけるように言ってしまったが、アルファドはその程度では動じなかった。
「それでもいいけど、僕としてはついでだから厳選したいんだよね」
既にアルファドの中では、具体的な計画ができあがっているようだった。エリューサスは目を細める。
「……抱き込むつもりか」
「あくまでも、僕らへの誤解を解くためだよ? それに全員は無理だね。やるとしても選んだ数人ずつにして。王子殿下の御身に万が一のことが無いようにしないと」
アルファドは恭しくお辞儀までしたのだが、やはり一蹴された。
「芝居を入れる前に、何をするつもりか話せ」
「はいはい。そんなご大層な計画じゃないんだけど。サロンを開いたらどうかなって」
パーティよりはましな話になってきたが、アルファドの様子からして普通のサロンではあり得ない。
「議題は何にするんだ?」
「さあ? それは主催者に聞かないと」
「アルじゃないのか?」
「違うよ。それじゃ少しも面白くない」
笑いながら、アルファドは肩をすくめた。
「中級科なら、サロンを開けるよね。主催者は、クアイド・ダーフィだよ」
――このとき中級科の校舎の片隅で、クアイドがいい知れない悪寒を感じていたことは、誰にも語られていない。
区切りがうまくいかなくて接ぎ穂的な回になりました。
大舞台に乗せられたクアイドがどうなるのかは、神のみぞ知る……
それでは今回もありがとうございました!
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