表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
街人Aの出番は一瞬ですよ?  作者: 鈴森蒼
裏路地捜索編
20/60

19

誤字脱字、文章のおかしい箇所を修正しました。

 結局ここに戻るのかと、ミオンは感慨深い思いで握った地図を見つめていた。

 ジュスローに貰った地図はさすがに古くなりすぎていたので、買い直した。真新しい地図を開いたときにはドキドキしたが、学院周囲の大通りの位置が変わっているわけでもなく、細かい通りが詳細に描き込まれているわけでもない。


「……買い直さなくても良かったかもしれない……?」


 それ以上深く考えると悲しい思い出が増えそうだったので、ミオンは地図を鞄に仕舞い込んで、正門脇の通用門へと向かった。外出許可証を見せれば、初老の門衛のヤーゴは、笑顔で今日も送り出してくれた。


「はい。それじゃあ気をつけていってらっしゃい」

「ありがとうございます」


 通用門を開けてもらって一歩外に出ると、とたんに学院はよそよそしい顔になる。制服を着ていないせいからだろうか。石と鉄の芸術的な組み合わせの高い塀は、見上げると、冷たく睨まれているような気がするので、ミオンは振り返らずに交差点まで歩くことにしている。

 いつも一緒に外出するマギーは、親戚に不幸があったせいで昨日から実家に帰っていて不在だ。マギーの実家は王都の外なので、行って帰るだけで一日使う。さらに落ち着くまで短くても三日はかかるはずと、憂鬱そうに出て行った。ちなみに、何がそんなに憂鬱なのかと訊いたところ、


「親戚の名前と顔を全部一致させないと侮られるから」


だそうである。

 さらに、


「わざと覚えてない振りをしなきゃいけない相手もいるから」


と追加された。

 親戚と言ったら父の姉である伯母と、その娘である二人姉妹の従兄弟のみというミオンには、理解できない世界だった。忘れなきゃいけない親戚って、どんなのだろう。


「さて、と」


 交差点で、ミオンは鞄から地図を取り出した。ミオンと同じように外出許可を貰った生徒達が、楽しげな声を上げながら横を通り過ぎていく。一人きりの外出を、ほんの少しだけ寂しく思った。


(そうじゃなくて、今日は滅多に無いチャンスなんだから)


 学院の外に出るには、外出許可証が必要だが、帰宅や買い物等、割と気軽に出ることは出来る。ミオンもマギーや他の同級生達と一緒に買い物に行ったり、ジェラールと一緒に帰宅したりする。しかし、一人で外出する機会には全く恵まれなかった。それが今日、ようやく叶ったのである。寂しいなんて弱音を吐いている場合ではない。子猫のためにも、早く秘密教団のアジトを探さなければならない。

 絶対助けるから待っててね――ミオンは決意も新たに地図を見下ろした。

 学院周囲の大通りは全部で三本。マギーといつも買い物に行くのは、学院の西側にあるワノバス通りだ。向かうのであれば、このまま交差点を真っ直ぐ進めば良い。大通りはもちろん、小路にも商店が多く建ち並んでいるので、外出する生徒達の、ほぼ全員がこの通りを目指している。


(だからたぶん、こっちじゃないと思うんだよねえ……)


 小路にまで商店がひしめいているのでは、秘密教団のアジトが入り込む隙間は残っていない気がする。しかも、学生達が『お気に入りの一軒』や『隠れた名店』を教え合うのは基本であり、その発展形は、十年以上も前から学院有志によって年に四回発刊されている詳細地図となって現れている。商店の位置から扱っている品の種類や値段、店員の人柄まで載っているという、立派な情報誌だ。ミオンも勧められて購入したが、ワノバス通りに限って言うのなら、今持っている地図より詳しい。


(……他の通りは詳しくないしっ)


 なんだか悔しかったので、今日はその地図は持ってきていない。とにかく、ここまで詳しく調べ上げられているのなら、ワノバス通りに秘密教団が潜んでいる確率はかなり低い。なのでワノバス通りをミオンが調べる必要は無い。

 ミオンは地図を捲った。

 学院東側のパタック通りは、まだ足を踏み入れたことの無い未知の土地だった。地図を眺めれば、飲食店街と各種のギルドが立ち並ぶ通りのようだ。

 北側のナタディ通りは王都の主要道路で、王都外門から王宮まで続く道である。学院から王都外門に向かって進めば、短い商店街を通り過ぎた後に問屋街に入り、王宮方面に向かえば、貴族の屋敷が立ち並ぶ通りに出ることになる。どちらも場所柄、厚めに警備体制が敷かれていると聞いているので、さすがにそんな場所にはアジトを構えないだろう、と思う。


(裏の裏をかいて実は、ってこともあるかもしれないけど)


 少なくとも、ナタディ通りを調べるのは最後で良いだろう。というわけで、本日の捜索範囲はパタック通りに決定だ。

 学院の前を戻るのは迷子になったみたいで恥ずかしかったので、ミオンは交差点を曲がり、一本離れた路地から回りこんでパタック通りを目指した。


(方角からして、このまま真っ直ぐ、の、はず)


 この路地は地図に載っていなかったが、学院の位置を念頭に置きながら進むと、また交差点に出た。斜め前に学院の塀が見える。ミオンはほっとした。標識が、この先がパタック通りになると示している。


(とりあえず……学院からまっすぐに行けるところまで行って……)


 ワノバス通りは入ってすぐに賑やかな商店街となったが、パタック通りは馬車と大人が忙しそうに行き交うだけの無機質な通りだった。しばらく進めば、両脇に飲食店が並び始めるが、昼食時を過ぎてしまったので、どの店も一休み中の眠たげな様子だ。休憩用の茶屋だけが、賑わっている。


(お店っぽい名前だけど、何も売ってないなあ……)


 飲食店街が終わると、あとはドアと窓と看板だけの建物ばかりが続く。色とりどりのお菓子屋も無ければ、目を楽しませる服屋も小物屋も、日常で使う生活用品の店すらも無い。地図と見比べながら歩くミオンは、地図通りに面白くない通りであることを再確認した。やっていることは下町の学校に通っているときと同じだというのに、新しい土地に踏み込んでも、何のときめきも沸いてこなかった。


(えーと、どうしよ……)


 別の通りと交差する所まで来て、ミオンは立ち止まった。地図に寄れば、この辺りはギルドの密集地とも離れているので、大通りに面していても何となく寂れた空気が漂っている。人通りも少ないので少々怖い気もするが、逆に探索するなら人目を気にしないでいられるという利点もある。


(もし、この通りが子猫が通る道だったとすると)


 過去の記憶を思い返しながら見回せば、通りのあちこちに、路地への入り口が点在しているのがわかった。この通りなら、どの場所で子猫を見かけても、シナリオ通りに路地に駆け込んでいけるだろうと思う。

 ミオンは地図に目を落とした。大通りとその一本裏の通りまでは描かれているが、やはりその奥の部分となると、適当感が漂っている。わざと描かなかったのか、それとも描けない事情があったのか。


(なんにしても、一本奥までなら大丈夫)


 ミオンは地図を閉じると、手近な路地に飛び込んでみた。分かれ道に行き当たったら地図を開いて確認し、載っているならもう一つ先まで、載っていなければメモを取って、元来た道に戻る。これなら迷子にならない。

 我ながら名案だと、路地と大通りを行き来していると、いきなり呼び止められた。


「おい、お前。さっきから何してるんだ?」


 路地から出たばかりのミオンは、ぎくりと身をこわばらせた。恐る恐る振り返ると、しかめ面の少年が立っていた。身長はさほど高くないが、低くもない。癖の強い黒髪は中途半端に伸びていて、好き勝手な方向に撥ねている。着ている物は清潔そうで、いわゆるごろつきのようには見えなかった。抱えている袋からパンが顔を覗かせているので、買い物帰りのようだとミオンは判断した。


(えーと……)


 相手が買い物帰りだろうがなんだろうが、ミオンの現状を説明するに至っていない。言葉を詰まらせていると、少年は何かに気づいたように、口元に手を当てた。


「お前……ジェラールの妹だろ?」


 ミオンが首を傾げたので、少年は慌てて付け加えた。


「あー、俺も学院の中級科にいるんだ。クアイド・ダーフィっていうんだけど、兄貴から聞いたこと無いか? お前、確かミオンだろ。ミオン・ハルニー。エリューサス殿下のお気に入りの新入生」


 ここまで言われれば、自分のことに間違いないが、残念ながらミオンはジェラールの交友関係を全く知らない。


「ごめんなさい、お兄ちゃんからは何も聞いたことはないです」


 正直に答えれば、クアイドと名乗った少年は特に傷ついた様子も無く頷いた。


「まあ、そうかもな。んで、お前ここで、何してるんだ? さっきから行ったり来たりしてるが、迷子か?」


 クアイドの視線が手元の地図とメモに置かれているので、ミオンは悩んだあげく、正直に答えることにした。


「……探検です」


 クアイドはしばらく地図とメモを睨んでいた。理解に苦しんでいるようだ。


「探検って……ここをか?」


 クアイドは指を立てると、くるりと回して見せた。ミオンは頷く。


「下町の学校に通ってるころに、友達とご近所探検をよくやったんです」


 地図を片手に近所を歩き回った話をすると、クアイドは半分くらいは納得してくれたようだった。


「ご近所、ね。ふーん。まあなんでもいいけど、向こう側にはあんまり入り込まない方がいいぜ。特に路地裏はヤバい」

「……怖いところですか?」

「手前側なら歩くくらいなら大丈夫だろうけど、奥に行くほどヤバいところが多いからな」


 曰く、路地裏に並んでいるのは大店の下請けのような店ばかりだそうで、王都の中心から離れるほどタチが悪くなっているという。つまり、ミオンが立っている場所が、一番危ないということだ。


「ああいうとこは、物じゃなくて人を扱ってるからな」

「人、って……もしかして……」


 悪い人に攫われて売り飛ばされる、そんなおきまりのフレーズが脳裏をよぎる。ミオンの脳内を見透かしたように、クアイドは肩をすくめた。


「人を売り買いしてるわけじゃねえよ。斡旋してるんだよ。まあ、ヤバい商売の方のだけどな」


 そんな商売をしているすぐ側をうろついていれば、うっかりとんでもない場面に出くわすこともあるから下手に入り込むなと、クアイドは再度忠告した。


「わかりました。気をつけます」


 ミオンは殊勝な態度で頷いた。同時に、脳内では、力強くガッツポーズを取っていた。これは当たり以外の何物でもない。


(そういう場所なら、アジトがあってもおかしくないよね、ね?)


 もちろん、他の通りにある可能性も否定しきれないが、重点的に捜索する区域として決定しても良いはずだ。

 問題は――そんな危険区域をどうやって調べるのか、だ。学生が、というか、無関係者が無闇に歩き回れないのでは、誰かに頼むしかないのだが。


「……ダーフィ先輩はこの辺りに詳しいんですか?」


 何気ない振りで尋ねてみれば、クアイドは背後の建物を指した。


「詳しいって言うか、俺の家、ここだから」


 クアイドの背後には、周囲と同じような年季の入った石造りの三階建ての建物があった。『ダーフィ相談事務所』と、これまた年季の入った看板が掛かっている。そして、看板以外、店の外には商売のヒントになるようなものは何も見えない。


「……相談屋さん、ですか?」

「『予想屋』だよ。情報屋の方がわかりやすいか」


 どちらの商売にも心当たりの無いミオンは、首を傾げるばかりだ。

 クアイドは大仰に肩を落としてみせると、玄関を大きく開けた。


「まあ、あんまり有名な商売じゃないのは確かだしな。商売敵なんて見たことねえって親父も言ってるしな。なんなら詳しく話してやるよ。茶くらい出すぜ。ちょうど俺も、聞きたいこともあったし」


 クアイドの様子に不穏なところは何も見えなかったが、ミオンは後ずさった。


「……えーと、今日は帰ります」


 学院の、兄の同級生を名乗るクアイドの言葉が本当かどうか、わからない。近寄ってくる人間には気をつけるようにと、マギーからもことあるごとに注意されている。ミオン本人に用はなくても、その先にいるエリューサスやアルファドに繋がりを求めているかもしれないから、と。


「ジェラールが言うほど、バカじゃないな、あんた」


 クアイドは意外そうに言って、笑った。ミオンがむっとした顔をすると、ますます笑みを広げる。


「褒めてるんだよ。本当だ。ジェラールがいつもあんたのことをバカだバカだって言ってたからさ。でも、そんなはず無いんだよな」


 最後の方は独り言のようになる。怪訝そうなミオンの視線に気づいて、クアイドは急いで付け足した。


「急に誘って悪かった。そうだな、また学院で、時間が合ったら話を聞かせてくれ」


 クアイドが無理強いしないとわかったので、ミオンは少しだけ肩の力を抜いた。


「それならいいですけど、話って、なんでしょう?」

「身構えなくてもいいぜ。別に殿下に繋ぎを取って欲しいわけじゃない。ウチの商売でそんなのは、あっても悪くないが、無くても困らない」

「はあ……」


 それではいったい何なのかともう一度尋ねると、クアイドはニヤリと笑った。


「簡単な話だよ。あんたが次に何をしようとしてるのかを聞きたいんだ」

遅くなりましたが更新しました!

前回のクロシェナ編がかなり不消化気味で、いろいろ疑問と突っ込みを残してしまいました。ご不快に思われている方もいらっしゃるようですので、いずれ消化できるようにと考えています。

そんなつたない物語ですが、今回もお読みくださってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ