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街人Aの出番は一瞬ですよ?  作者: 鈴森蒼
下町探索編
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3/6 誤字修正しました

「……」


 隠しシナリオスタート――なんてカッコよく始めてみたものの、どこから手を付けたものか。

 ミオンはいきなり途方に暮れていた。今日もいい天気だと現実逃避しているのも、そろそろ限界だ。


「地図、かな」


 ミオンが叫ぶのは、どこかの大通り。アリーゼは子猫を攫った人物の後を付けてアジトを見つけた。秘密教団のアジトの正確な位置情報は、今のところ一つも持っていない。これでは先回りなんてできない。地図が必要だ。アジトの位置と、できれば内部地図もというのは欲張りすぎか。


「よし。顔洗ってこよう」


 それから朝ご飯を食べて、今日は学校に行かなくては。

 兄が通う王立学院と違って、下町の学校は週に三日だけだ。子守等の家の手伝いや、家計を助けるために小銭を稼ぐ子供も多いからだと、父が言っていた。ミオンの家はそこまで逼迫していない。兄が奨学金を貰っていることも関係している。持つべきものは経済的な兄だ。あとは人の神経を逆なですることを言わないでくれれば、最高の兄なのに。

 家計を助ける必要が無いなら、週の大半を遊んで暮らしているのかと言えば、違う。学校は、基本的な読み書きや計算を習うだけなので、残りの時間は母親から家事をびしばしとたたき込まれている。掃除に洗濯、裁縫、料理と、習うべきことは多い。学校に行く日はそれらを免除されていたので、昨日までのミオンは、勉強はさほど好きではないが、遊ぶ時間の多い通学日が大好きだった。今後は、この自由時間を子猫救出作戦に使わせてもらおう。


「ミオン、ぼんやりしてないで早く食べちゃいなさい」


 母に急かされながら席に座る。健康と体力はどこまでも必要だ。好き嫌いもなくした方がいい。スープをすくうとキノコが入っていたので、そっと戻す。好き嫌いをなくすのは明日からでも大丈夫だ。


「ねえ、お母さん」


 父はとっくに仕事に出た後だったので、朝は大抵、母と二人きりだ。


「なに?」

「ちずって、どこにあるのかな」

「地図? 何の地図?」

「王都のちず」

「そんなもの、何に使うの?」


 そう聞き返されることは予想済みだ。秘密教団のアジトを探すためにとは

言えないので、言い訳だけはちゃんと考えてある。


「先生が、ちずの読み方も教えてくれるって」

「あら、そうなの。地図、地図ねえ……お父さんからジェラールなら持ってるかもしれないけど。そういう先生は持ってないの?」


 盲点だった。さすがです、お母さん、と心の中で賞賛を送る。


「え、っと……わかんない。聞いてみる」


 言われてみれば、一番ありそうなのは学校だ。ミオンは残りの朝食をかき込んで、学校に向かった。

 学校は、家から歩いて十分ほどの場所にある。ミオンが住むイドリ地区の集会場が、週に三回、学校に変わるのだ。学年というものは存在しなくて、だいたい三年ほど通えば修了である。大半は十歳前後の子供だが、大人の姿もぽつぽつと見える。

 席について教材を開いたミオンは、「う」と呻いて固まった。


「ミオン? どうしたの?」


 隣の席で飴色の髪をいじっていたサティが、心配そうに声をかけてくる。ミオンは我に返って、なんでもないと笑った。


「ちょっと、むずかしそうだなって」 


 サティが眉根を寄せて頷く。


「うん、あたし、数字ってきらい。全部クッキーにしてくれたらわかるのに」


 何の暗号だ、それは。


「そ、そうだよね!」


 突っ込みを愛想笑いに置き換えてごまかす。それから、そういえば自分はまだ十才で、下級学校は、日常生活に困らない程度の知識を教えてくれるところだった、なんて基本的なことを思い出す。

 ミオンはもう一度教材を見直した。本日の計算課題は、足し算と引き算、それらを日常生活に応用した問題が三つだった。やたらと高いリンゴとミカンも、目的地が同じなのに決して一緒に家を出ない兄弟のような非日常的な要素は一つも無い。日常生活にそのまま応用できるように、ご近所のお店の名前と品物と価格がそのまま提示されている。この問題を丸暗記すれば買い物もできる。そのくらい生活密着度の高い問題だ。

 そんな問題でも、昨日までのミオンだったらサティと同じ意見だった。クッキーの部分ではなく、数字に関して。


(でもこれは……)


 しかし今日は教材を開いた瞬間に、かつての記憶が効率のいい方法をそっと耳打ちしてくれた。へえ、そんなやり方が、と耳を傾けた途端――恐ろしい勢いで回答が浮かんでくる。サティに聞き咎められた「う」が、このときに漏れた声だ。純粋な感動が胸を高鳴らせる反面、闇社会のあくどい取引に片足を突っ込んだような背徳感が背筋を撫でていく。


(てことは、こっちも……)


 ドキドキする胸を押さえて読み書きの教材も開いてみる。こちらは少々、事情が違った。

 文字と単語の意味を判読するのはあくまでもミオン自身で、意味のわかる単語を、過去の自分が知っていた知識に置き換えているという、ややこしい課程が生じている。慣れるまで混乱しそうだ。


「ミオン? 頭いたいの?」


 いつの間にか額をさすっていたのを、サティが見ていた。ミオンは慌てて首を振る。


「が、がんばって考えてたの」

「え、もうできたの?」

「ぜんぜん!」


 これまでミオンの成績はサティと、どっこいどっこいだったから、いきなり全問正解するのはマズい。問題がわからない振りをする日が来るなんて、夢にも思わなかった。今後は教材では無く、サティの回答を参考にしよう。


(計算はいいけど……本を、いっぱい読まないと)


 知識の拡大のために、読書量を増やすことを今後の課題に付け加えた。


 ***


「ジュスロー先生」


 イドリ地区の教師をしているオーベル・ジュスローは、白髪の老紳士というのがぴったりの人物だ。どんな相手にも、子供にも丁寧な物腰を崩さない。若い頃は上級学校でも教壇に立っていたと聞いている。兄のジェラールを王立学院に推薦してくれたのも、この人だ。

 授業が終わって早々に、ミオンはジュスローに呼びかけた。


「ミオンか。どうしたんだい?」


 今日もジュスローは優しい顔を向けてくれた。ミオンは安心して、質問をぶつけてみる。


「ちずは、ありませんか?」


 習ったとおりの丁寧な言葉遣いで聞いてみると、ジュスローは目を細くした。


「おや、いつの間にか正しい言葉遣いができるようになったね」


 思わぬところで褒められて、ミオンは照れるしかない。顔を赤らめるミオンの様子にジュスローはさらに目を細くしてから、母と同じことを聞き返してきた


「地図と言っても色々あるが、ミオンは何の地図が見たいんだね?」

「王都のちずです」

「ふむ。何のためにと訊いてもいいかな?」


 予想済みの質問だが、母と同じ答えは返さない。


「おにいちゃんの学校がどこにあるのか聞いたら、わからなくて、そうしたら、そういうときはちずを見るんだよって言われたから」


 兄が遠くに行ってしまって寂しい妹を演じてみる。なるほど、とジュスローは納得したように頷いた。思いの外、うまくいったようだ。


「少し古いのなら家にあったかもしれない。次回持ってきてあげよう」

「ありがとうございます!」


 ジュスローと、それから心の中で兄にも礼を言う――お兄ちゃん、寮に入ってくれてありがとう。これかもいろいろ使わせてもらいます。

 ジェラールが寮の自室でくしゃみと悪寒に悩まされていたことを、このとき、ミオンは知る由も無い。

 翌々日の通学日に、ジュスローは約束どおり古い地図をミオンに渡してくれた。新しいものに買い換えようと思っているから、欲しければそのまま持っていてもいいとも言ってくれた。ミオンはありがたく地図をいただいた。


「五年前の地図か……」


 帰り道、ミオンは地図を開いてみた。発行されてからこれまでの間、王都では大掛かりな地区整備は行われていないから、さほど変わっていないはずだとジュスローは言っていた。ついでに、ミオンの家の場所と、王立学院の場所も教えてもらった。


「……うーん?」


 ゲームでは、画面上でアリーゼの現在置を示すミニマップがついていた。学院の寮に入ったからと言って、まったく外に出ないわけではない。日常的な買い物は外の商店街を利用するし、祝祭日のイベントも起こるから、王都の全体図もあった。あったのだが、ジュスローから貰った地図と比べると、あれこれずれている。


「学院を中央にして……こっちがお城で……うっ」


 王城や議事堂等、目印になる建物の位置が多少ずれているのは、この際仕方が無い。しかし学院の周囲の大通りが、ゲーム内のマップと違って三つもあるのは困った。アリーゼはほとんど学院を中心に動いていたから、子猫を見つけたのも学院近くの大通りだろうと当たりを付けていたのに、絞り込むどころか捜索範囲が広がってしまった。


「……うーん」


 子猫を見つけたとき、自分がどうしてその大通りにいたのか。その理由がわかれば、どこに通りなのかわかるかもしれない。買い物なのか、友達の家に行くところだったのか。


「……地道に探すしかないか」


 いくら考えてもわからなかった。ミオンは諦めて地図を捲った。

 当たり前だが、秘密教団のアジトは地図に堂々と載ってないので、どのみち自力で探し出すしかない。それに、十才のミオンの行動半径はとても狭い。最初は地図を頼りに近所を歩き回って、土地勘を付けることから始めよう。歩き回っていれば体力も付くだろうし、一石二鳥だ。ついでに秘密教団のアジトがご近所なら一石三鳥だ――いや、それはよくない。生け贄を捧げるような人たちとご近所づきあいなんて、鳥肌が立つ。


「挨拶しただけで襲ってきそうだし……」


 顔を見られたから生け贄にしようとか言われそうだ。

 ゲームのシナリオで、アリーゼは魔神召喚の儀式を止めるために単身で乗り込んでいった。そしてお約束どおりに掴まって、召喚された魔神の最初の犠牲者になるところを助けられる。子猫と他の動物たちは、すでに生け贄にされた後だから、ミオンは、アリーゼが来る前には乗り込まなくてはならない。


「間に合うことを祈るしか無いか……」


 子猫の存在をアリーゼに知らせて、アジトに先回りして、子猫たちを逃がす。下調べは十分にしておくつもりだが、もし掴まったとしても、アリーゼのように助けが来ないので万全の準備が必要だ。


「ふむ……」


 体力向上の他にも、何か身を守る方法が必要かもしれない。剣でも習えればいいのだが、実のところ、兵士希望でもしない限り、庶民が剣を習うのはなかなか難しい。剣を持ったことのある庶民がいたら、ほとんどは防犯用のハッタリだ。


「剣じゃなくても、槍でも棒でもいいんだけど」


 散歩ついでに護身術の道場が見つかるという一石二鳥はどうだろう。

 見つかるところまではいいが、母が通うのを許してくれる気がしなかった。お金もかかるし、女の子に剣なんか必要ないと言われるのは目に見えている。

 こうなると奇跡が必要だ。散歩ついでに偶然護身術道場が見つかって、偶然タダで、両親に内緒で教えてくれる、あるいは両親が快く通わせてくれる、そんな奇跡。


「……」


 ミオンは空を見上げた。今日もいい天気だ。綺麗な青空は、ミオンに地に足を付けた行動を取るようにと優しく諭している。


「……えーと、どこから行こうかな」


 奇跡は、もっとピンチに時に頼むことにしよう。

 まだ五年あるんだから、無理だと決めつけないでいれば、何かしら方法は見つかるはずだ。たぶん。

 ミオンは改めて地図を眺めて、本日の『お散歩』コースを考え始めた。

いきなりのブックマーク、ありがとうございます!

ご期待に添えるといいのですが、がんばります。

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