#8
桶の湯で身体を拭いたり、このあたりの地域事情などをルティアに訊ねたりしている間にすっかりと夜は更け――
客間のベッドから天井を見上げながら、アレスは隣のベッドに横たわるレイチェルに訊ねる。
「そういえば、何故ここで武器を発注するように仕向けたんだ?」
「それはもちろん、わたくしたちの旅を安全に進めるために、いい武器が必要だからに決まっていますわ」
「……俺が訊いているのはそっちじゃない」
あまりにも白々しいその答えにため息をつきつつ、アレスは睡魔に抗いながら重ねて訊ねる。ベッドはスプリングの利いているような高級品でこそなかったが、土台に敷き詰められた藁が適度に柔らかく実に気持ちがいい。
「いい機会だと思ったからですわ」
「いい機会?」
「お兄様の女性恐怖症を克服するためのいい機会ではありませんか。その恐怖感や苦手意識というのは、結局のところ女性に対する不信感が原因になっているのではなくて?」
「ああ……まあそうだろうなあ」
アレスのこれまでの人生を考えれば、女性に対して不信感を抱かない方がおかしいと言える。
そもそも聖剣士になる前はほとんど女性と接する機会がなく、聖剣士になって以降はその地位を利用しようとして近づいてくる女性ばかりに囲まれる生活を送っている。そのような中で唯一信じた女性に裏切られた挙句に命のやり取りまで行った結果、不信感は生理的恐怖感にまで昇華するに至ったのである。
「その点、あのルティアという娘は、少なくとも私利私欲のために他人を騙せるほど器用には見えませんわ。そもそもあまり女性らしい感じもしませんし――む、胸は少しばかりわたくしより大きめではありますが――お兄様のリハビリ相手としては実にお手頃ですわ」
確かに、宮廷の女たちの貪欲さの一割でもルティアが持ち合わせているならば、今頃こんな田舎の村の隅っこに細々とした工房を構えるに留まっていることも、肉の入っていない料理で来客をもてなすために頭を悩ませることもなかっただろう――もしも本当に霊剣を作るほどができるほどの技術があるならば、の話だが。
「それにまあ、万一リハビリが効きすぎて行くところまで行ってしまったとしても、あの娘が相手ならまあ許容範囲と言えなくもないですわ」
「いいのか? 前に、仮にも王軍騎士として領地を持つ身となった以上、ちゃんとそれなりの相手を嫁にもらって家柄の不備を補い云々とかお前に言われた気がしたが」
「宮廷でお兄様に言い寄ってきたような、お脳が程よく発酵したような連中をお姉様と呼ぶ屈辱に比べれば、その辺の田舎で多少はまともな育ちをした村娘でも拾ってきた方がいくらかマシというものですわ」
「そういうものか……」
そう呟いたきり、アレスは目を閉じて黙り込む。すると睡魔はすぐに本気を出してきて、これまでの旅の疲れも相まって、彼を深く長い眠りへと導いて行った。