#20
二人がルティアの家に戻ると、レイチェルはよほど旅の疲れでも出ていたのか、ベッドで――しかも何故かわざわざルティアのベッドに潜り込んで――完全にぐっすりと寝入っていた。
そんな彼女を叩き起こし、昨日にも勝るとも劣らない豪華な夕食を共に囲んだ。そして夜にはまたもやレイチェルがルティアの部屋に行こうとするので、アレスが理由を訊ねると、
「もちろん、あの娘がお兄様に相応しいかどうか見極めるためですわ」
などと意味不明の供述を残し、そのまま意味ありげな笑みを浮かべて行ってしまった。
隣の部屋から楽しげな声が聞こえてくるのをよそに、アレス自身もだいぶ疲れが溜まっていたのだろう、目を閉じるとあっという間に意識が遠のいて行った。
翌朝、アレスが目を覚ますと、またもや遠くから何かを叩く音がかすかに聞こえてきた。
また覗きに行って邪魔になっても悪いと思い、アレスはこちらで待つことにした。既に食卓には二人分の朝食が用意されており、少し遅れて起きてきたレイチェルと共に食べ始める。
「またずいぶんと早くから作業しているようだが……」
「夜にあの娘に聞いた話では、なんでも今回使う鋼には微量の聖銀が含まれているせいで、叩いて延ばすだけでも普通よりだいぶ時間がかかるとのことでしたわ」
「ああ、そういえば普通の鉄では聖剣は作れない、という話を聞いたことがあったな。なんでも天使の持つ神聖なる力と相性があまり良くないとか何とか」
普通の銀で武器を作ったところで、鉄よりも重い上に柔らかいため、銀を苦手とする一部の種族と戦うのでもなければ何一つとして利点は無い。しかしながら、教会で行われる秘跡により聖別された銀は、力を帯びることにより擬似的な物理強度が大幅に強化され、従来の銀が持つ粘り強さと、上質の鋼をも凌駕する硬度を併せ持つ、武器としても極めて理想的な素材となる。
しかしその値段は恐ろしく高価で、剣一本分の純粋な聖銀を手に入れようとしたら、ルティアに払うと約束している十万ソルではまるで足りないだろう。王国聖剣士でも、純聖銀製の聖剣を所持している者は数えるほどしか存在しないはずだ。
アレスがかつて使用していた聖剣は、弐次元天使が宿っていただけあって、おそらくそれなりに高い比率で聖銀を有していたはずだが、重さから考えてさすがに純聖銀製ではなかっただろう。
「とにかく待つしかないか……無理してなければいいんだが」
アレスはその言葉通り待ち続けたが、昼を過ぎて夕方になってもハンマーの音は止むことがなかった。
そして日が暮れた頃に、ようやく工房からルティアが戻ってきた――が、その姿を見てアレスは思わず立ち上がって駆け寄る。
「おい、どうしたんだ大丈夫か!?」
「ちょっと夢中になりすぎましたー、けどこれくらいならまだ大丈夫ですー」
どこぞの雑貨屋の店員のような間延びした口調で答えるルティアは、明らかにのぼせたような真っ赤な顔と、微妙に焦点の合わない瞳、そして歩くたびに左右にふらふらと重心が揺れるなど、誰がどう見ても大丈夫そうには見えなかった。
「あ、すみません。これから晩御飯の支度を……」
「いや頼むから大人しく休んでてくれ。材料と台所を使わせてくれれば俺が作るから」
アレスがそう告げると、ルティアは意外そうな表情で、しかしまだ微妙に焦点の合わない瞳を向けてきた。
「アレスさんって、料理もできるんですか?」
「孤児院時代、食が細い上に好き嫌いの多かったレイチェルに食わせるためにいろいろ頑張ったからな。おかげで傭兵時代には仲間内で英雄扱いされることになったわけだが――さすがに用心棒に転向してからは作る機会も減ったし、聖剣士になって以来はほとんど厨房に立つことなんて無かったな」
そこに、レイチェルが口を挟んでくる。
「お兄様の料理は少なくとも、この味に敏感なわたくしの舌をもってしても及第点を付けられるレベルには達していますわ。なのであなたは安心して休んでいなさい」
「それでは……お言葉に甘えてお願いします」
ルティアはアレスに深々と頭を下げると、そのまま厨房へと案内して行った。




