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#18

 荷車を牽きながら大通りを元来た方向へと戻りつつ、そのあまりの軽さに思わず樽の重さを再確認してしまう。直接手で持ち上げようとすると、炭のたっぷり詰まった樽は当然のことながらそれなりに重いままで、軽く力を入れた程度ではびくともしない――

 そんなことをしていると、ふと背後から聞き覚えのある声が投げかけられた。

「――こんな所で何をしているんだ?」

 反射的に腰の剣に手をかけつつ振り向くと、そこにはよく見知った、しかしまさかこんな所で出会うとは思いもしなかった顔が存在した。

「アルンハイム隊長!? 何故こんなところに……」

 剣の柄からは手を放しつつ、しかし警戒は解かずに応対する。

 隊長と呼ばれた男は、肩をすくめながら答える。

「おいおい、せっかく可愛い部下を心配して様子を見に来てやったんじゃないか」

 長い金髪を掻き上げながら、とぼけた調子でそう語る男こそ、アレスが聖剣士隊に入って以来いろいろ世話を焼いてきた先輩であり、現在では名目上の上官であり――そして王国聖剣士の中でも屈指の実力と人気を誇る第一〇一代剣聖・チェイサー=アルンハイムその人だった。

 アレスより十以上も年上であるが、その美貌は二十代の頃と比べてもまるで翳りを見せることなく、むしろ日に日に深みを増しているように見える。そして何より肝心の剣の腕前の方もいまだ絶頂で、正直言ってアレスでさえも十本勝負で一本取れれば御の字だと思っている。

「俺ではなくレイチェルの、ではないですか?」

「いやまあ、そうとも言うな。立ち話もなんだから、その辺の店にでも入らないか?」

「人と待ち合わせをしているところなので手短にお願いします。できれば待ち合わせ場所の目の前の店がいいんですが」

「待ち合わせ? その大荷物と関係あるのか? まあいいや、何でも奢ってやるから店は好きに選びな」

 そう言われてアレスが選んだ店は、ちょうど窓から待ち合わせ場所が見える、ちょっと小洒落た感じの喫茶店だった。革鎧と剣で武装した男が二人連れで入るには明らかに場違いな空気だったが、幸い他の客の姿はほとんど無く、それほど悪目立ちすることも無かった。

 アレスは適当に紅茶を、隊長が紅茶とスペシャルパフェのセットを頼んだところで、隊長は開口一番こんなことを言ってきた。

「宰相派も大将軍派も、お前がこの地方にいることには薄々気づいていた。俺は宰相閣下の特使の護衛兼手伝いとして来たわけだが――まさかこんな形でばったり出くわすことになるとはな」

 半年前に国王が崩御して以来、このソルディランド王国は国王不在のまま、表向きは当時からの重臣たちが力を合わせ、一応は協力して国を治めていることになっている。

 しかしながら、実際には国政の長である宰相レンドンブルグ公を筆頭とする宰相派と、王国内で最大の軍事力を持つ『国軍』総帥である大将軍マクガイヤー率いる大将軍派によって、水面下で血みどろの争いが繰り広げられてきたのだ。

 一カ月ほど前になって、大将軍マクガイヤーが突如として姿を消したことにより双方は休戦状態となり、現在は宰相が実権を掌握する形となっている。しかし相変わらず大将軍派の息がかかっていると思われる者が裏で暗躍しており、まだまだ予断を許せる状況ではない。

「ということは、聖剣士隊は宰相派に与しているのですか?」

「まあ、元々俺たち聖剣士隊の属する王軍と、大将軍が率いていた国軍はお世辞にも仲がよろしいとは言えんからな。我らが総隊長は立場上今のところ静観しているが、大体の連中は表向き宰相に従ってる感じだな。で、だ」

 アルンハイム隊長は紅茶を一口飲むと、アレスに顔を寄せて囁いてきた。

「宰相閣下はいち早く『彼女』を王都までお連れするよう言ってきている」

「それは――」

「もちろん見返りも用意してある。無事にお連れした暁には、お前を部隊長に推薦すると言っている。要するに俺と同じ立場になるわけだな。まあ推薦も何も決定権は宰相閣下が代行されているわけだから、事実上の決定だな」

「入隊から一年で隊長とか聞いたことないですよ」

 呆れ顔で呟きつつ、アレスは紅茶で喉を潤してから続ける。

「その答えを出す前に、一つお尋ねします。学院の寮でレイチェルの命を狙った犯人と、その黒幕は明らかになっているのですか?」

「……いや」

 隊長の返答に、アレスは話にならないとばかりに首をすくめる。

「それでは、今はまだ戻るわけには行きません」

「しかし、こんな逃避行をいつまで続ける気だ? 『彼女』の身を案じるなら、城にお連れするのが最も無難な選択だと思うがね」

「残念ながら、俺はまだ未熟ですからね。あんな魑魅魍魎が跳梁跋扈している、誰が敵で誰が味方かわからないような場所で、あいつを三日以上守り続ける自信はありません。せめて――」

 そこまで言って、ふとアレスの視線が厳しくなる。

「宰相派が全力であいつの命を守る、という保証があればいいんですけどね」

「もちろん守るさ――と言いたいところだが、残念ながらそれを証明する手段は無いな」

「宰相派が最も案じているのは、あいつの命ではなく――大将軍派や深淵党にあいつの身柄が渡ること、だということくらい俺ですらわかります」

 つまり、いつ「敵に身柄が渡るくらいならいっそ殺してしまえ」などと言い出すかわからない、ということである。

 少なくとも、宰相派、大将軍派、深淵党の三勢力が何らかの形でレイチェルの身柄を欲しているのは間違いない。しかしアレスが考える限り、今のところレイチェルの安全を第一に考えて動く勢力などこの世のどこにも存在しないはずだ――唯一、彼自身を除いては。

 一見すると無策に逃げ回っているように見えるが、実のところアレスの目的は時間稼ぎである。現在の情勢から考えて、このまま小康状態が続くとはとても思えない。大きな動きがあってバランスが崩れれば、それこそアレス一人の力でひっくり返せるような隙の一つや二つは嫌でも生まれるだろう――もちろん、そこを突くとなれば聖剣の力は必要不可欠になるだろうが。

 そんなアレスの考えを表情から読み取ったのか、隊長はため息交じりにこう告げる。

「せめて大将軍派や深淵党が『彼女』を狙う理由さえわかればな……そもそも身柄が欲しいのか命が欲しいのかすらはっきりしないというのが非常にもどかしい」


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