表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/42

#16

 結局、失神寸前になりながらもなんとか採寸その他を乗り切り、レイチェルは昼に言った通りにルティアの部屋で一晩を過ごした。

 そして翌日、朝食を食べ終わったところでルティアがこんなことを申し出てきた。

「聖剣の素材を買い出しに街まで行きたいんですが、もしよろしければ護衛をお願いできますか?」

「それは構わないが……そういえば、普段街まで行く時にはどうしているんだ?」

 片道半日足らずの道のりとはいえ、ここからモフトの街までの道はお世辞にも安全な道のりとは呼べそうにない。この村に来る時にすれ違った行商馬車の警戒ぶりを思い出してアレスはそう訊ねる。

「週に一度、自警団が馬車を出してくれるので、街に買い物に行きたいみんなで乗り込むんです。八闘神の人も乗り込んでいるので安心なんですが、あいにく一昨日出たばかりなんです」

「確かに今の状況で五日先延ばしになるのは厳しいな。すぐに出るのか?」

「はい。行って買い物して暗くなる前に帰ってくることを考えると、そろそろ出ないと間に合わないかもしれないので」

「わかった。レイチェルは……」

 連れて行くのと置いて行くのとどちらが安全だろう、と考えるが、答えが出るよりも先にレイチェルが割り込んできた。

「わたくしはまだ体調が完璧ではありませんし、あの距離を一日で往復するのは厳しいのでこのまま引きこもっていますわ。というわけで頑張りなさい」

 そう言いながら、何やら意味ありげな視線をルティアに向ける。

「う、うん。頑張ってみるね」

 何やら二人で通じ合っているらしいが、昨日の夜に一体どんなやり取りがあったのだろうか。

「それでは支度してきます。すぐに済ませてきますから、先に外で待っていて下さい」

「あ、ああ……」


 そしてアレスも出かける支度を整え、言われた通りに待つこと数分。

「お待たせしました。それでは道中よろしくお願いします」

 そう言いながら姿を現したルティアは、これまでと全く違う服装をしていた。

 赤みがかった茶色の髪を頭の後ろでまとめているのは変わらないが、上半身は白いブラウスにピンクのカーディガン、下は若草色のスカートという、季節まで意識したなかなかに気合の入った姿だった。若干袖が短かったり胸のあたりがきつそうに見えないことも無いが、農村の娘がこんな服を毎年買い替えられるはずもないのでその辺は見なかった振りをするべきだろう。

 そして歩き出したところで、すっと左隣に並んできたルティアが、少し戸惑いながらおずおずと右手を出してきて――そしてアレスの左手を握ってきた。

 しっかりと手をつなぐのではなく、指先をちょこんと握るような感じではあったが、それでもアレスは思わず飛び上がりそうになる。

「……とりあえず聞いておきたいんだが」

「は、はい。何でしょうか?」

「一体あいつに何を吹き込まれてきた?」

 右手で頭を抱えながらアレスは嘆息する。

「ええと、その――な、何のことでしょう?」

「ああいや、とりあえず知りたいことはわかったからもういい」

 少なくともレイチェルが裏で糸を引いていることは確定したわけだが、それならばルティアが一体何をどう言われてこうしているのかも大体察しがつく――おそらく『取引相手と手を握り合い、信頼と親愛の意を示すのが王都の流儀』などと、一部の商人同士で行われている古い慣習でも持ち出して伝えたのだろう。しかも『自分が教えたということはバラさないように』などと付け加えたに違いない。

「とりあえず、手を繋いだままだといざという時に動きにくい。近づきすぎず、かといって離れすぎない位置にいてくれると非常にやりやすいんだが」

「あっ、そういう問題もあるんですね。すみませんでした」

「気持ちだけはありがたく受け取っておく。しかし、あまりやり過ぎると変に勘違いされることもあるから、気を付けた方がいいぞ。男が相手の場合は特にな」

 そう言いながら手を放すものの、その感覚の記憶はしっかりと残ってしまっている。レイチェルのものと大して変わらない程度の小さな手だったが、小さくてもしっかりとした作りで、強く握ってもそうそう壊れそうな感じはしなかった。掌の皮がところどころ厚く固くなっていたのはあたかも熟練の剣士を思い起こさせるが、彼らと違ってそれなりに手入れをしているのか、少なくとも表面だけは滑らかに整えられていた。

 その感覚を振り払うべく、アレスは半ば無理矢理に他の話題を振る。

「そういえば、確か前に一度霊剣を作ったことがあると言っていたが……」

「はい。村が山賊に襲われた時に多くの霊剣が壊されて、残り二本になってしまったんです。さすがにこのままでは八闘神の仕事に支障が出るからということで、父が作っていたやり方を思い出して何とか一本作って村に納めたんです。その剣は、今はグレンさんが使っています」

「ああ、あの剣がそうだったのか。あの霊剣も凄かったが、それを抜きにしても彼の強さは尋常ではなかったぞ。捧武会に出られさえすれば、十分に優勝が狙えるレベルだろう」

 捧武会の予選に出場するためには、傭兵ギルドや用心棒ギルドなどの団体か、もしくは高位の貴族などによる推薦が必要となる。しかしその枠は限られているため、まずはその枠をめぐる争いという壁を乗り越えなければならないだろう。

 しかしこの推薦枠、実は歴代の剣聖も一枠ずつ所持しているのだ。もしも全ての事態が片付き、再び王都で捧武会が開催されるようになったら、アレスは彼を推薦しようと心に決めていた。

「グレンさんにはいろいろお世話になってるんです。私、元々力とかあまり無い方で、最初の頃はまともにハンマーを持ち上げることすらできなかったんです。それでグレンさんに相談して、身体の鍛え方とか強くなるための食事とかいろいろ教わったんです」

「やはり、あのメニューはそういうことだったのか。だがあんなに普段俺たちが食べていたいわゆる戦士食というやつは、あそこまで手の込んだ代物でもなかったし、当然味など及びもつかなかったものだが」

 実際には魚や豆中心のメニューに頼るのは金の無い駆け出し連中のみであり、二つ星にもなれば値段も高いが効果も高い肉中心のメニューに移行するのが通例である。ルティアの家でご馳走になったような「美味しい駆け出し向け戦士食」などという代物を食べられる店などというのは逆に探すのが大変だろう。

「お口に合ったようで何よりです。私、元々食も細かったので、なんとかして量を食べるために味付けとかいろいろ工夫して、美味しく食べられるように頑張った成果です」

「なるほど、レイチェルがあれだけ食べるのも頷け――と」

 会話の途中でアレスは立ち止まり、左手でルティアに止まるよう合図を出す。打ち合わせなど何もしていなかったが意図は伝わったようであり、彼女は黙って静かに歩みを止めた。

 すると、こちらが気付いたことに気付いたのだろう――少し先の岩陰から、顔に布を巻いて隠した四人の男が歩み出てきた。彼らは皆、抜身の剣を携え、潤いのない瞳でこちらを見つめている。もしもあのまま進んでいたら、四人に囲まれる形で奇襲を受けていただろう。

 アレスは黙って前に進むと、腰の剣に手をかけた。昨日ルティアから買い取ったばかりの、霊剣になりそこねた業物だ。

 正直言って、この剣を使って人を殺す場面をルティアに見せたくないという気持ちはある。しかし、もしも斬り合いになったら手加減する気は毛頭ない。四対一で、しかも万が一にもルティアに危害が及ばないようにと考えるならば、最初の一撃で確実に息の根を止める必要があるだろう。

 できれば戦わずに済ませたいところだが――アレスはそう考えて口を開く。

「目的は何だ?」

「――金目のものを置いて行け。そうすれば命までは奪わない」

 慣れているな、とアレスは感じた。おそらくこの辺りを縄張りとする職業的山賊というやつだろう。

 ここで言われた通りに金目のものを置いて行けば、間違いなくこの場は見逃してくれるだろう――帰り道で別の山賊に出会わなければ、の話だが。しかしもちろん、そんなことをすれば聖剣の材料の買い出しに行くという目的は達成できない。

「断る。そちらこそ、命が惜しければ去れ」

 そう言い切って、あとはいつでも剣を抜き放ちざまに斬りかかれる位置に身体の重心を移動させる。

 しばらくそのまま四人組とにらみ合いが続いていたが――彼らがふとアレスの背後、ルティアの方に視線を向けた気配がした。

 釣られてルティアの様子を伺いたくなる気持ちを我慢しつつ、アレスは四人組に意識を集中し続ける。

「――退くぞ」

 四人組のうちの誰かがそう告げると同時、まるで岩陰の奥に消えるかのように四人の姿が消えて行った。実に見事な足運びで、これを無理に追おうとすればいかにアレスといえど返り討ちは免れないだろう。

「ふう……ひとまず返り血まみれになる危機は去ったか」

 実際には、四対一では返り血どころか自らの血でまみれる事態にもなり得たわけだが、無駄にルティアを不安がらせても仕方ないのであえてそう言葉を選んだ。

「四対一で退却させるなんて……アレスさん、一体どんな魔法を使ったんですか?」

「ああ、今のはおそらく君のおかげだ」

「私の、ですか?」

 さすがに意味が通じなかったようで、ルティアはきょとんとした表情を見せている。

「退却を決める前、奴らは君の方を見ていた。おそらく君が全く怯えを見せていなかったから、よほど俺の実力に信頼を寄せている、と思ったのだろう」

 食い詰めて山賊の真似事をしているような連中ならともかく、それで日常的に生計を立てているプロともなれば、あえて返り討ちに遭う危険を冒して強敵かもしれない相手を無理に襲う必要など無い。

「実はいまだに心臓バクバク言ってます。でもそれを見せたらすぐに襲ってきそうな気がして、いかにも平気な風を装ってました。といっても、昨日のグレンさんとの勝負を見て、アレスさんがすっごく強いってわかってたからできたんですけれど」

「しかし今の連中、はっきり言って相当の猛者揃いだったぞ。まあ今回はそのおかげで逆に助かったわけだが、この辺はあんなのが常日頃から徘徊しているのか?」

 アレスがそう訊ねると、ルティアの表情がにわかに深刻味を増した。

「昔から山賊は多かったですけど……深淵党が彼らのバックに付いて以来、明らかにレベルが上がってるってグレンさんも言ってました。今の人たちも多分その系列です」

「深淵党か……となると、むしろ今逃がしたのはまずかったかもな」

 もしも、ここの深淵党が王都の深淵党と連携しているのならば、ここでアレスの顔を見られた情報が伝わってしまうのは危険かもしれない。もっとも彼らが執心しているのはおそらくレイチェルの方であり、彼女がルティアの家に大人しく引きこもっていてくれればそうそう問題は起きないだろうが――

「急ごう。あまり道中で時間をかけると面倒なことになるかもしれない」

「はい」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ