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#15

「つまり、アレスさんは本物の――って本名なら本物なのは当たり前ですよね。ええと、つまりあの有名な剣聖にして王国聖剣士のアレス=デュランダル様と同一人物なんですか?」

 ルティアの家に戻ってきた三人は、朝食と昼食を一緒にした食卓を囲んでいた。今日は新鮮な卵と良質なベーコンが手に入ったとのことで、農村の食事としてはなかなか豪勢なメニューとなっていた。

「ああ。しかし今はちょっと訳ありで……というより訳も分からず追われている身なんだ。だからできれば周囲にはあまり触れ回らないで欲しい――と、グレンにも伝えておいてくれないか」

「わかりました。それにしても、そんな偉い方だとは知らずに、いろいろ失礼なことをしてしまっていたら申し訳ございません。何分その、高貴な方に対する礼儀作法とかそういうの全然わからなくて……そもそもこうして一緒に食卓を囲んでいる時点でいろいろダメだったりするんでしょうか?」

「いやまあ、正直言ってここまで心を尽くした歓待とか受けるのって今までの人生で初めてのような気もするが……実はグレンの言っていた通り、俺もレイチェルも生まれや育ちは決して高貴でも何でも無いからな。むしろ変に堅苦しいのは苦手だったりする」

「お兄様はそれで宮廷でもいろいろ苦労されているそうですわ。まあわたくしはブルワージュ学園でそれなりの教育を受けておりますから、あらゆる状況に対応できるという強みがありますけれど」

「あらゆる状況? 宿で夜中に黒い悪魔が出たとかで大声で叫んだ挙句、翌朝まで寝つけなかったりしたのはどこの誰だったかな」

 アレスの指摘にレイチェルが露骨に視線を逸らすのを見て、ルティアも苦笑する。

「あはは……黒い悪魔は私も苦手です。幸い、少し高地にあるせいかこの村ではあんまり見かけませんけれど。そういえばアレスさんは――いえあの、アレス様は――」

「ああ、そこはできれば今まで通りにしてくれないか。むしろ呼び捨てでも構わないが」

「さ、さすがにお客様を呼び捨てというのはちょっと抵抗があるので今まで通りで……アレスさんは、これからどうされるんですか? よろしければ、レイチェルさんが元気になるまでこの村に滞在なさってはいかがでしょうか」

「そのことなんだが、実は改めて頼みたいことがあるんだ」

 アレスは居住まいを正してルティアに告げる。

「先程買い取らせてもらった剣は、実に素晴らしい剣だと思う。しかしそれとは別に一本、作ってもらいたい剣があるんだ。それも可能な限り早く」

「えっ、また依頼を頂けるんですか? スーザン商会の依頼も無くなりましたし、手は空けられると思いますが……もしかしてあの練習剣ですか? それとも新しい聖剣とか」

「前者も興味はあるが、さしあたって至急で欲しいのは後者の方だな」

「聖剣ですか、まだ実際に作ったことはないですが、いつかは作ってみたいと以前から資料を集めていたので理論的には完璧に――聖剣っ!?」

 ルティアは激しく椅子を弾き飛ばしながら立ち上がった。弾き飛ばされた椅子は横倒しに回転しながら壁際にまで飛んで行ったが、彼女は全く気付かぬ様子で顔を真っ赤にしてまくし立てる。

「あの、理論上はともかくとして、成功する確証なんてどこにも無いですよ? 霊剣でさえ失敗したのに聖剣だなんて――」

「その失敗の理由が外的要因だとすれば、むしろ聖剣の方がうまく行く可能性はあるのではないか? 元々精霊よりも天使の方が、周囲の環境の影響を受けずに安定した力を発揮できると言われているからな」

「その可能性は否定できませんね……しかしどちらにしても、ここで手に入る材料では最下位の聖剣しか作れないと思いますが、それでも大丈夫ですか?」

「問題ない。むしろ下手に上位の天使だと、そもそも俺を所有者として認めてくれない可能性も高くなるからな」

 現存する聖剣の多くは、最下位である壱次元天使の宿るものであるが、弐次元、参次元などの上位天使を宿す聖剣も稀に存在する。

 アレスがかつて与えられた聖剣は弐次元天使の宿る極めて強力な代物だったが、その分完全に使いこなすことが難しく、開放状態にしただけで左足と左手の感覚が無くなり、融合状態にまで進むと左半身が完全に麻痺するというとんでもない爆弾を抱えていた。

 これは剣に宿る天使の階位が高いほど、そして所有者の力量が低いほど起きやすいと言われている。といっても完全に制約無しで聖剣を使いこなせるケースというのは逆に稀で、大抵の聖剣士は開放状態あるいは融合状態にまで進むことで何らかのペナルティを負うのが普通である。それは戦闘行動に影響が出ない程度の些細なものもあれば、かつてのアレスのケースのように直接的な戦闘能力低下を招くもの、そして極端な例では命に係わるものまで存在するという。

「形状は今日買い取ったものと同じもので頼む。そして契約料は――成功報酬の完全後払いとした場合、いくらならできる?」

「ええと、聖剣の相場というのは有って無いようなものですので……逆に、ご予算の方はいくらくらいまで大丈夫そうですか?」

 ルティアに問われ、アレスは頭の中で計算する。王都にある資産と今後の領地収入を抵当に入れた場合、王都銀行から借りられる額と現在の利率を計算すると――

「……十万。このあたりが限界だ」

 言ってしまってから、さすがにこの金額は無茶が過ぎるだろうかと反省する。完全先払いでこの金額であれば、まだしも妥当な取引にはなるかもしれないが、さすがにそこまで冒険のできる状況ではない。逆に言えば完全後払いということは、失敗時のリスクをルティア一人に負わせるという意味になってしまうのだが。

「十万ですか……わかりました。何とかその予算でやってみます。しかしお恥ずかしい話なのですが、今のままですと材料を仕入れるだけのお金が足りないんです。手形でも構いませんので、そのうちの五千を先払いという形でお願いできないでしょうか? 先程お売りした剣の分と合わせれば、何とかそれで行けると思います」

 手形を現金化するにはかなりの日数がかかってしまうが、それを担保に他から借り入れることは可能であるし、場合によってはそのまま支払いに充てることすら可能なこともある。

「わかった。ではそれで正式に依頼させてもらおう」

「つまり、聖剣が出来上がるまでずっとここに泊まるということですの?」

 アレスが決意したところで、それまで黙っていたレイチェルが眉をひそめて訊ねてくる。

「いや、今からなら街に戻ってそこで宿を取ることも」

「ああ、でも今の体調で下手に山道を歩くのは危険ですわね。仕方ありませんわ、しばらくこの家に泊めていただくしか無さそうですわね。状況が状況ですもの」

「……いやまあ、ルティアさえそれでいいならいいんだけどな」

 いろいろ察した表情で、アレスはため息交じりに呟く。

「もちろん大歓迎です。食事も一人分だけ作るのに比べて三人分作る方が楽しいですし!」

「三人……分? そ、そうだな」

 どう見ても一般的に言うところの六人分くらいはあったような気がするが、それは言わないでおく。実のところ、これまでの逃避行でレイチェルの食が細い状態がかなり続いており、出発時に比べて明らかに痩せて――というよりやつれていたこともあるので、是非ここで取り戻しておいて欲しい、と切に願う所ではある。

「でもお兄様と同じ部屋で寝るのはもう勘弁ですわ。だっていびきがうるさいんですもの」

「な、なんだと……? しかし今まで一度も――」

「なので今日はルティアの部屋で一緒に寝かせてもらえるかしら」

 アレスの言葉を遮るようにレイチェルは告げる。

「私の部屋でですか? それは構いませんが、ベッド一つしかありませんよ?」

「なら逆にするのかしら? わたくしたちが客間で寝る代わりに、お兄様がルティアのベッドで――」

「それはいろいろ死んでしまうから勘弁してくれないか」

 げんなりとした表情でアレスは告げる。レイチェルが一体何を考えているのかがよくわからない。

「それでは仕方ありませんわね。客間と同じサイズのベッドなら、十分に二人並んで寝られるだけのスペースはあるのではないかしら」

 どうやら最悪の事態は去ったらしい、と胸を撫で下ろすアレスに、今度はルティアが訊ねてくる。

「ところで、これから少々時間を頂いてよろしいですか?」

「ああ、特にすることは無いが――一体何をすればいいんだ?」

「採寸です」

「採寸?」

 訳が分からずに訊ね返すと、ルティアは頷いて続けてくる。

「せっかくアレスさん専用に作るんですから、アレスさんの体格や腕の長さや筋肉の付き方、それに関節の動かし方や剣を振る時の重心移動などを確認した上で、設計時点から最適な調整を盛り込んだ上で作りたいんです」

「ということは、あちこち触るのか……?」

 ルティアとはなんとか普通に会話できるくらいには慣れたとはいえ、さすがに身体をあちこち触られるのに耐えられる自信はあまり無い。

「あっ……その、私なんかがあちこち触るのは凄く失礼ですよね、気が付かなくて申し訳ございません。でも、あえて無礼を覚悟でお願いします……どうか、どうか最高の作品を作るために協力して下さい!」

 そう頭まで下げられて懇願され、アレスは思わず助けを求めるような視線をレイチェルに向けてしまうが、レイチェルはただにやにや笑いを浮かべてこちらに視線を返してくるだけだった。


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