#13
結局、その後更に三人が倒されたところで残りの六人はナイフを投げ捨てて降伏し、倒れた男を担いで村から出て行った。
「あー、融合状態にまでなったのは久しぶりだな」
そう言いながらグレンが剣を鞘に収めると、いつの間にか鎧も再び元の革鎧に戻っていた。
「とりあえず、スーザン商会の名前と奴らの特徴はブラックリストに入れておこう。ところでグレン君、奴らまた来ると思うかい?」
門番の男に訊ねられ、グレンは肩をすくめて答える。
「あー、奴らは金儲けに関してはとことんがめついけど、面子とかにはそこまでこだわる連中じゃなかったような気がするから、さすがに命がけで村に戦争仕掛けてくるとか無いだろうとは思うね。用心に越したことはないけど。ところでルティアちゃんと、ええと、そっちの子も怪我は無かったかい?」
「私は大丈夫です。助けて頂いてありがとうございます」
「怪我はありませんが、寝ていたところを下品なノックと怒鳴り声で起こされたせいで、またフラフラして参りましたわ」
その言葉通りに微妙に足元の覚束ない様子のレイチェルは、近くにあった切り株に腰を下ろして大きく息をつく。
「そいつは良かった。まあ今の雰囲気からして、俺がいなくてもそっちの剣士サマが何とかしてくれそうな感じではあったけどな」
そう言いながら、グレンはアレスに視線を向けてくる。
「俺ではここまで綺麗に収められた自信は無いな。正直助かった、礼を言う」
「ま、これが俺の仕事だからな。ところであんた――確か、アレスとか名乗っていたよな?」
何故知っているのか、と一瞬考えたが、そういえば村に入る時に名前を書いた覚えがある。
「良かったら、ちょっとこれから俺と勝負してくれないか?」
唐突に言われ、アレスは思わず目を見開く。
「勝負? 剣のか?」
「そそ。ああ、さすがに真剣とは言わないよ。練習用の剣で――そうだな、捧武会形式って言えばわかるだろ? 何しろ当代剣聖の名を名乗ってるくらいだからな」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
グレンの言葉にそう横やりを入れたのは門番の男だった。
「ええと、剣聖アレスの名前は確かに聞いた覚えがあるんだが、聖剣士アレスなんとかってのとは違うのか? そっちも何か最近聞き覚えがあるだが」
「ああ、その二つは似ているようで全然違うんだ、人物としては同一人物ではあるんだけど。まず聖剣士ってのは、つまり聖剣を使う剣士のことだ。俺が霊剣を使う霊剣士なのと似たようなもんさ。聖剣の方が霊剣よりだいぶレアだし、使い手は更に限られるから、まあそうそうお目にかかれるもんじゃないけどね」
「なるほどなるほど。で、剣聖というのは?」
「王都で毎年やってる、王国捧武会っつー剣術大会があるんだ。王国政府と武天使教会総本山が合同で開催する由緒正しき何とやら、ってやつなんだけど、要は王国全土から選び抜かれたヤバい連中が集まって、試合でその中から最強を決める、って感じかな」
「もしかして、剣聖というのはそれの優勝者の称号か何かかい?」
「正解。基本的に捧武会は一生に一度しか出られないのが通例だから、優勝者も毎年違うんだ。優勝すると剣聖の称号の他に、王様から聖剣がもらえるチャンスがあるんだ。聖剣に主として認められさえすれば、晴れて王国聖剣士に取り立てられるっていう、まあぶっちゃけこの国で一発大逆転を狙う数少ないチャンスってやつだ。優勝まで行かなくても上位入賞者は王軍騎士に取り立てられるから、とりあえずそこを目指す奴も多いけどな」
明らかに熱くなってきているグレンの語りに、門番は少々たじろぎながら訊ねる。
「ええと、王国聖剣士、というのは?」
「そのまんま、王に仕える聖剣士ってやつだ。普通は王軍騎士の中から選ばれるんだが、王軍騎士自体、その辺の貴族に仕えるような騎士とは格が違う、本来なら血筋と家柄と実力を兼ね備えてないとなれないエリート様だからな。王国聖剣士なんて言ったら本物のエリート中のエリートで、一応法的には貴族ってわけじゃないらしいが、実質的にはその辺の下級貴族なんぞよりよっぽど扱いは上なんだそうだ」
「ということはあれか、そのアレスって人が去年の捧武会で優勝して剣聖になって、それで王様に聖剣をもらって王国聖剣士になったってわけか」
「そういうこと。捧武会で上位に入りさえすれば、血筋と家柄を完璧に無視して一気に出世できるわけだ。その剣聖アレスにしたって、噂じゃどこぞの孤児院の出で用心棒やってた奴らしくて、父親はなんか王族を襲った大罪人だったとまで言われてるくらいだしな。まあどれだけ尾ひれがついた話かは知らんけど、そんな奴が王国聖剣士になってもどこからも文句が出ないって時点で、捧武会の権威の凄さがわかるってもんだ」
「あー……ひょっとしてグレン君も出たいのかい?」
門番の男の言葉に、グレンは顔を引きつらせる。
「……今年こそは……どこかで何とかして推薦もらって出場しようと思っていたのに……王様がいなくなっちまうとはどういうことだあああっ!」
グレンの叫びが、青く澄み渡った空にこだまする。
国王が病に倒れて崩御して以来、半年ほどが経とうとしているにも関わらず、次の国王が決まっていない――ソルディランド王国は現在、建国以来の危機的状況に晒されていた。
国王には息子が一人しかいなかったため、その息子が王太子として本来であれば次期国王になるはずだったのだが、何年も前に出奔して以来いまだに行方が掴めていない。
娘は既に皆他国に嫁いでおり、そうなると次の継承権者は孫ということになるが、この孫というのが問題をややこしくしている最大の原因なのである。王太子の若き日の行いが生み出した落胤の数は最低でも数百人と言われており、当局が把握できているのはそのうちのごく一部に過ぎない。
そんな状況であるため、当然このままでは捧武会どころではない。そもそも現状で王軍騎士やら王国聖剣士やらになったところで、一体誰に仕えることになるのかすら定かではないわけだが。
「はぁ、はぁ……まあそんなわけで、歴代剣聖の名前ってのはその道の人間なら、初代から一〇八代までソラで言える奴も少なくはないんだ。だから、本名を捨てたり名乗れなかったりする剣士が、通り名として昔の剣聖の名前を借りてきたりするんだ。一種のゲン担ぎってやつだな。大体はもう本物が現役で活動していないような古い名前を名乗ることが多いけど、腕に自信のありすぎる奴なんかは、あえて現役バリバリの新しい名前を使ったりするのも流行ってるんだと」
そう言いながら、グレンはぎらりとした視線をアレスに向けてくる。
この様子では、おそらく裏は無いだろう。単純に、もしかしたら強いかもしれない相手と戦うことで自らの腕を高めようとしていると考えれば納得がいく。次の捧武会に出ようとしているのならば尚更だ。
「……一応危ない所を救ってくれた恩人でもあるわけだしな。わかった、その勝負受けさせてもらおう」
「そう来なくっちゃ。剣を取りに行くついでに場所も変えよう」
グレンは満足そうに頷くと、先頭に立ってすたすたと歩き始めた。アレスにレイチェルにルティア、そしてついでに門番の男も、慌てて後を付いて行く。